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凍結惑星シェフィル  作者: 彼岸花
第八章 星の継承者

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星の継承者17

 胸が、熱い。

 その熱さに続いて、激痛がシェフィルの身体に走った。何が起きた? 困惑しながら、シェフィルはその原因を知ろうと自分の胸に目を向ける。

 すると、右胸から生えている鋭い棘が見えた。

 いや、生えているのではない。鋭い棘が、胸を貫通しているのだ。位置からして恐らく肺を貫いており、肋骨も一〜二本は折られていそうである。

 普通の人間であれば致命傷だ。肺は呼吸で取り込んだ酸素を運ぶため多くの血液が流れており、小さな傷でも大量出血を引き起こす。しかもその溢れ出た血が肺内部に溜まる事で、さながら溺れた状態となって呼吸を妨げる。仮に致命傷を避けていたとしても、衝撃的な怪我を見ればどうしても人間は『興奮』してしまう。興奮すれば血流が増し、出血量も増加。辛うじて致命傷ではなかったのに死んでしまう事もあり得る。

 シェフィルは惑星シェフィルの生物の遺伝子を持ち、身体の機能が大きく変化している。このため呼吸をしておらず、肺が傷付いても呼吸困難の心配はいらない。だが基本構造は人間と同じであり、肺には多くの血液が流れていた。故に肺が傷付けば出血は多い。流石に出血多量は命に関わるため、この傷はかなり危険なものだ。

 しかしシェフィルは冷静さを失わない。


「(これ、一体何処から伸びてきたんですかね)」


 痛みは数値に変換する事で、感覚からは除外。冷静な思考へと切り替え、胸から出ている棘が何処から来たものなのか探るべくシェフィルは背後へと振り向く。

 答えはすぐに得られた。

 床だ。床から鋭い棘が生えており、シェフィル目掛けて何メートルも真っ直ぐに伸びている。太さや角度からして、これが胸を貫いているのは間違いない。

 今になって思い出す。この部屋に辿り着く前の道中、シェフィルは壁から伸びる棘によって攻撃された。この部屋の床にもそうした機能が備わっていたのだろう。最初から使わなかったのは、強化外骨格だけで事足りると考えていたからか。

 状況の分析は完了した。つまり、ダリウスがいよいよ本気を出したという事だ。この認識が正しいと答えるかのように、肺に溜まっていた血液が喉を逆流。どろりとした血が口から溢れ出す。


「ごふ……」


「い、嫌あぁああ!?」


 吐血したシェフィルは大きく仰け反る。その様を見て、アイシャが悲鳴を上げた。

 だが、シェフィルの生命活動は未だ止まっていない。既に胸部の穴は再生を始め、傷口断面の血管を収縮させる事で塞いだ。肺を満たす血は一部だけだが吸収し、新しい血の材料として再利用。傷は既に致命傷ではなく、回復に向かっている。

 戦闘に支障なし。反撃のためシェフィルは拳を握り締めた。が、いくらシェフィルの思考・反応速度が優れていても、傷の応急処置後では後手に回ってしまう。

 強化外骨格が腕を振るい、シェフィルの顔面を殴り飛ばす。シェフィルの身体は床を転がり、ダリウスから遠く離されてしまう。

 どうにか立ち上がり、ダリウスを睨むシェフィル。捕食者よりも敵意と殺意に満ちた眼光だったが、ダリウスはその目と向き合っても怯みもしない。それどころか先程までの混乱など忘れてしまったかのような、冷静かつ嘲笑交じりの眼差しを向けてくる始末。

 挙句、強化外骨格が再生を始めた。

 ナノマシンの集合体である強化外骨格は、その並び方を変えるだけでどんな傷でも簡単に修復してしまう。シェフィルが奮戦して与えた損傷も、ちょっと遠くまで吹き飛ばされ、睨んでいる間にすっかり消えてしまった。宇宙船からのエネルギー供給も再開し、消耗分も回復しているだろう。

 対するシェフィルは、未だ身体の傷さえ治りきっていない。逆流してきた血で口の中がいっぱいになる。


「ふん……この程度で、ぐぶ、死ぬほど、軟ではありませんよ……!」


「しぇ、シェフィル! 逃げて! コイツは――――」


 強がりを言ってみても、血を吐いていては説得力などない。アイシャが泣きそうな顔になりながら、逃げるよう促してくる。

 アイシャという大切な存在がいなければ、シェフィルもそう決断しただろう。普通に考えて、この状況で戦いを続けても勝ち目はない。しかしアイシャを見捨てるなんて選択は、今のシェフィルに選べる訳がなかった。

 仮に逃げるとしても、敵にその気がなければ難しい。


「肺を貫かれてもまだ生きているか。やはりその生命力、素晴らしいものだ」


 ダリウスは光悦とした笑みを浮かべていた。

 そしてその笑みに不気味さを感じる間もなく、ダリウスはシェフィルに攻撃を仕掛けてくる。ただしそれは強化外骨格によるものではない。

 床や壁から鋭く伸びた、棘による攻撃だ! 一本二本ではなく、十本近い数が一斉にシェフィルを貫かんと襲い掛かる!


「ぐ……!」


 迫る棘に対し、シェフィルは回避を選ぶ。道中で襲われた経験から、殴っても簡単には壊せそうにない。

 また電磁波の放出で動きを狂わせる作戦は、消費エネルギーが大き過ぎる。強化外骨格との戦闘を考えれば、消耗は可能な限り避けたい。更に怪我は未だに再生途中。負傷した身体で強烈な電磁波を放つのは、あまりにも負担が大きかった。

 故に回避を重視したのだが……怪我が治りきっていない身体は、道中ほど俊敏には動かせない。八本は掠めるように回避出来たが、二本は腕と足に突き刺さってしまう。棘の太さは三センチ近くあり、悠々と手足を貫通。穴からは出血、それと貫通時に押し退けた肉片が飛び散る。

 この怪我自体は大したものではない。数分もすれば傷跡も残さず再生するだろう。しかし手足を貫かれた事で、身動きを封じられてしまった。

 これでは傍までやってきた強化外骨格の攻撃を、躱すどころか防ぐ事も儘ならない。


「っ!」


 自由な片手で防御を固めようとするが、不安定な体勢で満足な対処が出来る訳もない。強化外骨格が放った足蹴はシェフィルが構えた腕を押し退け、そのまま腹に食い込む。

 強烈な打撃により、内臓が損傷する。腹の中が血で重たくなるような、独特の不快感に見舞われた。

 それでも殴り返す事が出来たのは、シェフィルだからこそと言うべきか。とはいえ弱った身体で繰り出した攻撃は遅く、ダリウスが纏う強化外骨格は颯爽と跳躍。巨体を感じさせない軽やかなバク転の繰り返しにより、瞬く間に距離を開ける。何回転もしていて中のダリウスが酔う事を少なからず期待しても、憎たらしい笑みを浮かべる奴の顔を見れば希望は潰えるしかない。

 シェフィルは両腕を垂らし、今にも倒れそうな前傾姿勢を見せる。目から生気は消え、口と胸から血を垂れ流す。

 しかしこの姿は、半分演技だ。


「(大丈夫……まだ私の身体は動く)」


 宇宙船に乗り込んでから力、即ちエネルギーに溢れている。このエネルギーを用いれば筋力だけでなく、細胞機能も向上可能。再生力を引き上げる事が出来ていた。

 既に肺の穴は塞がり、血の回収も終えている。ただし完治した訳ではない。塞がった傷口は未だ脆弱な状態で、刺されるどころか殴られても穴が開くだろう。そもそも引き上げた再生力にも限度があり、破れた血管や筋肉の再生はまだ完了していない。完全回復にはもう少し時間が必要だ。

 だから如何にも疲弊している演技をし、少しでも時間を稼ぐ。それがシェフィルの作戦だ。幸いにしてダリウスが纏う強化外骨格も、シェフィルとの戦いでエネルギーや装甲を消耗している。向こうも一旦休憩を挟みたい筈。

 そんなシェフィルの読みは、半分だけ当たっていた。ダリウスはシェフィルへ接近する事はなく、一定の距離を保っている。強化外骨格の状態回復を優先しているのは間違いない。

 しかし攻撃自体を止めるつもりはなかった。

 睨み合いをする中、不意に強化外骨格の胸部が開く。胸部を形成していた装甲が左右に動き、中にある小さな穴を見せてきたのである。

 その穴を目にした瞬間、シェフィルは悪寒を覚えた。

 何故? 疑問は抱くものの、考えるよりも先にシェフィルの身体が動く。大きく身体を捻り、頭の位置を強引に変える。直感的に『射線上』にいてはならないと判断した末の行動だ。

 もしも動かなかったら、シェフィルは頬を掠めた『何か』によって頭を貫かれていただろう。


「なっ……!?」


「む。今のを避けたか。地上で使った時よりも速い筈だが」


 驚きながら傷付いた頬を抑えるシェフィルの姿に、ダリウスもまた心底驚いたと言わんばかりに独りごちる。

 「地上で使った」という物言い。そして何時の間にか背後の壁に突き刺さっていた一本の、長さ五センチ程度の『針』を見てシェフィルは気付く。

 これは銃だ。

 地上でダリウス達人間が用いていた、銃から撃ち出していた針。あの針を強化外骨格の胸部から放ったらしい。しかも惑星シェフィルで使われたものよりも高速で。


「秒速三キロの針が見えていたとは思えない。一体どうやって躱した?」


「ふんっ! 随分と自信過剰ですねぇ! 私ほどになると、あんなウスノロな攻撃は目で追えるんですよ!」


 私を甘く見るな。威嚇の意味合いを込めた雄叫びは、ダリウスを怯ませたようには思えない。

 むしろ好奇心を刺激されたと言わんばかりに、彼は一層楽しげに笑う。


「ほう。本当なら、実に羨ましい身体能力だ。どれ、本当か確かめるために一つ実験をしてみるか」


 ダリウスがそう言うのと同時に、強化外骨格から唸るような音が鳴り響く。

 続けてシェフィルの身体にまた悪寒が走った。

 直感のまま、シェフィルの身体が動く。そして強化外骨格も続けて、銃撃を行ってきた!

 今度の銃撃は、本能だけではなく理性の方でも理解出来た。何しろ一秒で数十発にもなる猛烈な連射攻撃。しかも絶え間なく攻撃が続いている。一発では見えない痕跡も、何百何千と重なれば空間に軌跡が残り、シェフィルでなくても見えるようになっていた。

 尤も、軌跡が見えた次の瞬間、針はシェフィルに命中している。見えたところで回避のしやすさにはなんの影響もない。

 避け方は変わらず本能頼り。しかしいくらなんでも針が多過ぎる。こうも連射されたら的確に身体を逸して、なんて真似は出来ない。全力で走り、射線から逃げる以外に躱し方がない。

 されどその射線を、強化外骨格は身体の向きを変えるだけで変更出来る。大きく円を描くように走らねばならないシェフィルよりも、機体をちょっと横向きに動かす方が遥かに早い。

 シェフィルは逃げ切れず、ついに銃弾に追い付かれてしまう。


「ぐぅぅぅ……!」


 足に針が一発突き刺さり、シェフィルは苦悶の声を漏らす。骨と筋肉、神経が損傷した。だが痛みで足を止めれば、次の瞬間今度は全身が穴だらけだ。

 幸い銃撃の針は細く、刺さったところで致命傷には至らない。演算思考で痛みを無視して走る。

 それでも、傷付いた足は今までほど軽やかには動かせない。即座に二本目の針が足を打ち抜き、間もなく三本目四本目にも当たってしまう。


「ちぃっ!」


 ここまで損傷したら走り続けるのは不可能。そう判断したシェフィルは、銃撃を防御しようと顔や胴体の前で腕を構えた。片足も前に出し、盾のように用いる。

 強化外骨格の放つ銃弾は、容赦なくシェフィルの身体を撃つ。無数の針がシェフィルの腕や足、それらで守りきれていない腹などを貫いた。頭や足先などを掠めたものは切り傷を与え、全身から血を噴き出す。

 幸いだったのは、銃撃はほんの一秒ほどで終わった事。弾切れになったのか、シェフィルがどれだけ傷付いたかを見るためか。

 恐らくは後者だと、ニヤニヤと笑うダリウスを見てシェフィルは思った。


「おやおや。自慢げに話していた割に、随分と派手な化粧になったじゃないか」


「……ふんっ。この程度、掠り傷でしかありませんね。針が細過ぎるんじゃないですか?」


 煽ってくるダリウスを、シェフィルも煽り返す。とはいえ肉体的な余裕はあまりない。

 派手な化粧と言われるほど、シェフィルは全身から血を流していた。

 頭からも腕からも足からも、少量の血が滴る。襲い掛かる針によって全身が穴だらけになった結果だ。一つ一つの傷口は小さいものの、それが全身に何百と出来れば軽傷(掠り傷)とは呼べない。

 傷が小さいので穴は既に塞がっているが、再生に費やしたエネルギーは少なくない。呼吸の必要がないシェフィルは息を乱すような真似はしないが……身体に力が入らず、腕が垂れ下がり、背筋が曲がってしまう。こちらの疲弊ぶりはダリウスにも伝わっているだろう。


「(どうしたものですかねぇ)」


 このままでは勝ち目がない。

 アイシャを攫った輩に負けるのは癪だとは思いつつ、シェフィルは事実を受け入れる。感情はあっても、現実は無視しない。

 現実を前提にして、対処法の演算を行う。

 そもそもシェフィルの目的はアイシャを助け出す事。ダリウスと遊んでやる必要はない。無理に戦う必要はなく、アイシャをあの鉄格子から出し、船から脱出出来れば問題はない。

 アイシャの力ではあの鉄格子を破れないようだが、彼女は惑星シェフィルに来てまだ日が浅い。力はシェフィルよりも遥かに弱く、彼女に破れないからといってシェフィルにも出来ないとは限らない。シェフィルなら、檻を破ってアイシャを逃がす事も可能かも知れない。

 ……殆ど願望同然の考えだ。檻の強度が分からない以上確実性はない。それに人類文明の装甲の強度を考慮すれば、檻も相当頑強だろう。壊せたとしても果たして何十秒掛かるか。

 ダリウスがその間何もしない筈がない。檻の破壊が成功する確率はかなり低いが、このまま強化外骨格に戦いを挑むよりはマシか。檻の強度を確かめるためにも、一度は破壊を試みるべきだ。

 腕一本でその情報を得られれば御の字か。

 方針と覚悟を決めたシェフィルは、全速力で檻目掛けて走り出す! 向かうでも避けるでもない動きに、ダリウスと強化外骨格の反応はほんの一瞬遅れた。


「む……」


 ただしあくまでも一瞬だけ。シェフィルがアイシャを目指している姿を見れば、狙いがなんであるかなど一目瞭然だ。

 無防備な背中を撃ち抜くためか。強化外骨格は胸部の銃口を再びシェフィルに向け、即座に針を撃ち出す。高速かつ背面からの攻撃だ。見てから躱すのは不可能である。

 だが回避自体は可能だ。


「(撃ち出すタイミングはさっき見ました!)」


 強化外骨格は銃撃を行う前、ほんの一瞬だけ空気の振動――――音が鳴る。

 それは針の装填と発射機構の稼働に伴うもの。人間の耳どころか強化外骨格のセンサーでも捉えられない小ささ故に、今まで『改良』されずに残されていたノイズだ。

 しかしシェフィルの感覚器は、ハッキリとは分からずともそれを違和感として認識出来た。違和感(ノイズ)を信じれば、発射の瞬間を捉えられる。

 そして発射直前に横へと動けば、たとえ針が見えずとも避けるのは容易い。何故なら強化外骨格はシェフィルの動きを予測して撃ち込んでいるが……あまりにも精度が高い。極めて正確な予測だからこそ、ほんの少し動きが変わるだけで外れてしまうのだ。

 勿論シェフィルが回避したと分かったら、強化外骨格は身体の向きを変えて再び狙いを定める。単純な加速の繰り返しでは、向こうもそれを予測するだろう。針の射撃も連続可能なため、そのまま後を追えば良い。

 なのでシェフィルは突然停止する動きも混ぜた。針は寝そべるぐらい低く伏せる事で躱す。或いは高く跳んでもみせた。決して同じパターンでは繰り返さず、可能な限りランダムな変化も加えておく。

 複雑な動きを織り交ぜ、次の行動を予測させない。戦闘の『基礎』ではあるが、基本だからこそ効果的だ。シェフィルの動きを強化外骨格は予測出来ず、銃撃は尽く外れていく。その間もシェフィルは前へと進み、アイシャが囚われている檻へと迫る。

 あと少し。もう少しでアイシャに届く。

 そこまで進むと、強化外骨格は射撃を止めた。理由はシェフィルにも察しが付く。射線上に、檻に囚われたアイシャの姿があるからだ。貴重なアイシャを傷付けてはならない。強化外骨格はその指示を忠実に守っているのだろう。

 ダリウスが強化外骨格の動きに気付き、目を見開く。しかしその時にはもう遅い。シェフィルの速さであれば、ダリウスが状況を理解するまでの間に鉄格子の傍まで移動出来る。

 もう少しで鉄格子に手が届く。このまま格子を掴み、渾身の力で破壊すれば――――


「ふむ、やはり念のため罠を張っておいて良かった」


 行動を思い描いた直前、『現状』を認識したダリウスがそう独りごちた。

 ……冷静に考えれば、すぐに分かる事だった。アイシャを連れ去ればシェフィルの勝ち。ダリウスや強化外骨格を負かす必要はない。それはダリウスも理解している筈であり、対策をしていてもなんらおかしくない。

 檻に接近したシェフィルを貫こうと、床を形成するナノマシン達が待ち構えていても不思議ではなかった。


「(……これは、躱せませんか)」


 前のめりになった身体は、横に跳ぶ事も捻る事も出来ず。真下から伸びてくる棘に対し、なんの対処も出来ない。

 勢いよく伸びてきた棘がシェフィルの腹を貫くのは、必然の結果だった。


「あ、あああああああああっ!?」


 腹で受けた棘が背中から飛び出す様を目にして、青ざめたアイシャが悲鳴を上げる。

 棘が身体を貫通し、前に進めなくなったシェフィルは……一旦両足を床に付けた。そして両手で棘を掴み、額に青筋を立てるほどの力を込めて、床からほぼ垂直に伸びた棘をボキリとへし折る。

 折った棘は引き抜き、適当な場所に投げ捨てた。こうしなければ前に進めない。だが当然、棘を抜けば腹に大穴が開く。直径は十センチ以上。断面からどぼどぼと血が流れ出す。更に逆流してきた血が、シェフィルの口から溢れた。

 怪我がこの大穴一つだけなら、問題なく再生出来た。しかしここまでの闘いでシェフィルは幾つもの傷を負った。再生にエネルギーも資源も使い過ぎている。それを物語るように、腹から広がる『熱さ』で意識は急激に混濁し、身体の自由が利かない。


「ふむ。腹を貫かれてもまだ生きているか。いよいよ化け物染みているが……もう限界だろう」


 ダリウスの指摘に、シェフィルは反論も出来ない。散々身体を貫かれ、殴られてきた。何処からが『致命傷』であるかは、母の遺伝子を組み込まれて以来死んだ事がないシェフィルには分からない。だがこの傷は流石に死んでもおかしくないと感じる。こうして立ち続け、くるりと振り返って相手を睨む事が出来ているのが不思議なぐらいだ。

 ――――再会した時のアイシャの言葉に従い、逃げていれば助かったのだろうか。

 そうかも知れない。母は人間達に勝利する気満々で、母達が計算を間違うとは到底思えない。だから惑星シェフィルに逃げ帰れば確実に生存出来た筈だ。アイシャを助けようとしたから、自分は生命の危機に瀕している。

 しかしシェフィルは後悔などしていない。アイシャが人間達に連れ去られるのを許したら、そのまま星の上で死んでいたに違いないから。どうせ死ぬのなら、やりたい事をやった上で死ぬ方が合理的ではないか。

 それに、まだ自分は死んでいない。

 意識は朦朧としている。身体はろくに動かない。だが生存していれば、何かは出来る。何か出来れば、ほんの僅かでも目的を達成できる可能性は残る。非力なウゾウゾでも、捕まった後に蠢く事でほんの僅かに生存率が上がるのと同じように。

 諦めの悪い本能に従い、シェフィルはふっと笑みを零す。力の入らない両腕をだらんと垂れ下げ、足腰に力が入らない身体を正面に向けて、ダリウスと向き合う。未だ闘争心を失わず、命乞いも恐怖もしないシェフィルにダリウスは僅かに顔を引き攣らせる。


「これで終わりだ」


 ダリウスの纏う強化外骨格がシェフィルの頭部目掛けて拳を振り下ろしたのは、余程『顔』が気に入らなかったのか。

 大きく振りかぶった動きから、今までの打撃と比にならない運動エネルギーを宿している事が窺える。拳の周りには白い靄……圧縮された空気の層があった。それは音速以上の速さが出ている証拠。これまでで最大最強の一撃だ。

 直撃は不味い。しかしまともに動けない身体では回避なんて不可能。シェフィルはどうにか腕を構えようとするが、身体は言う事を聞かない。

 強化外骨格の拳は、シェフィルの側頭部を容赦なく殴り付けた。

 言葉を失ったであろう、アイシャの息を飲む音が聞こえる。ダリウスが憎たらしく口を歪め、粘ついた涎が糸を引くような音も聞く。

 そしてシェフィルは、もう殴られた痛みを感じなかった。

 ……そう、感じなかった。痛覚さえも働かないぐらい、身体が傷付いていたのか。思っていた以上にダメージを受けていたのかと考えるシェフィルだったが、ふと違和感を覚えた。

 ならば、どうして自分は今、二本足で立っているのだろうか?


「悪足掻きなどしないで、そのまま死んでほしいものだ。標本は綺麗な方が良いからな」


 もしも敵がこんな想定外の状態を見せたなら、シェフィルであれば『悪寒』を覚える。しかしダリウスは悪足掻きと判断し、警戒せずに更なる攻撃を行ってきた。

 攻撃といってもやる事は単純。ひたすら殴る事。

 いや、仮に大人しく倒れても殴るつもりだったのだろう。倒れただけでは死んだ事など分からないのだから。強化外骨格が繰り出す拳は一秒に一発以上。頭だけでなく胸や腹にも喰らわせてくる。何度も何度も、執拗に打ち込んできた。床から棘を生やさないのは、シェフィルの身体がこれ以上損傷するのを気にしての事か。

 何発も、何十発も、シェフィルは打撃をその身で受けた。今までの戦いとは比にならない衝撃が身体中を駆け巡り、運動エネルギーが全身を破壊しようと襲い掛かる。

 ところがシェフィルは、その攻撃で倒れない。痛みも感じない。シェフィル自身、何かがおかしいと思う。


「……なんだ……?」


 ここにきて、ダリウスも違和感を覚えたようだ。強化外骨格はじりじりと後退。シェフィルの様子を注意深く観察する。

 やがてダリウスの目が大きく見開かれた。

 彼は目の当たりにしたのだ。今のシェフィルの身体に、何十と殴って与えた筈の傷が()()()()()()()()()事に。棘で貫かれた腹の大穴も、何百と撃ち込まれた針で出来た切り傷も、全てが塞がっている。血による汚れはあるというのに、身体はまるで戦う前であるかのように無傷。

 シェフィルの生命力・再生力は凄まじい。しかし腹の大穴が数分で完全に塞がるほど、卓越したものでもなかった。それは散々攻撃してきたダリウスも理解している筈。檻の中にいるアイシャも、今までの日々でシェフィルの生命力がどの程度か知っている。今のシェフィルが普通でないとすぐに察するだろう。

 そしてシェフィル自身も気付く。尤も、己の再生力が今までにないほど向上している事に、ではない。

 体表面が揺らめくほど自分の身体が発熱している事に、だ――――

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