戻らない
「はい。うちは宿を経営していますが、綾香さんが来られております」
「あいつ、何でそんなとこに居んだよ! 俺の飯も用意しないでよお! 早くあのゴミを連れて帰ってこい!」
「それが……お子さんと共に、帰りたくないとのことで……」
「ガキ共はうるせえから要らねえけど、あの女は居んだよ。飯誰が作るんだよ。ちっ、連れて帰るか。連れ帰ったらお仕置きしてやんねえとな。どこの宿だ?」
「こちらです」
父親はあっさりと莉世に釣られて、外に出る。
電車に乗り継ぎ、山奥へ案内する。
だが、電車での移動中に父親は莉世の肩を掴み、自分の元に引き寄せようとする。
「あんた、地味だが、顔自体は悪くねえな。遊ばねえか? あいつは後でいい」
それを見た俺達が恐怖に包まれた。
「主様! まずいですぞ! 莉世なら公衆の面前でも奴を真っ二つにします」
「……もういいんじゃないか?」
ばれないだろう、多分。
だが、莉世は俺達の想定を超える我慢強さを発揮した。
「お断りします」
莉世は軽くその腕を弾くだけにとどめたのだ。
俺は拍手を送りたい気持ちでいっぱいであった。
莉世は電車を降りると、山奥へ向かっていく。
「こんな田舎にあんのかよ。あの馬鹿、なんでこんな所に来てんだ」
と文句を言いながら、付いて来ていた。
だが、やがて流石に父親も違和感を感じ始めたようだ。
「おい、本当にこんなところに宿があるんだろうな! それとも……俺と二人になりたかったのか?」
父親は下卑た笑みを浮かべ、莉世の胸元に手を伸ばす。
その瞬間、父親の伸ばそうとしていた腕が切断される。
「があああああああああああ!」
父親の絶叫が響く。
腕を失い、膝をつく父親を莉世は冷たい目線を送る。
「ゴミが……灰も残さず、殺してあげるわ」
その目は人を見る目ではなかった。
「お前がやったのか? どうやって……腕を返せ。殺すぞ、くそが!」
「お前如きゴミが私に触れて生きて居られる訳ないでしょう?」
莉世はそう言いながら、元の美しい姿に戻る。
「なっ……姿が……⁉」
莉世の姿が代わったことに驚きを隠せないようだ。
「莉世、耐えてくれてありがとうな」
俺は真と共に姿を見せる。
「ガキ……後ろの犬は妖怪⁉ なら、この女も⁉ お前、陰陽師か!」
ようやく状況を理解したようだ。
「もう終わりだよ、お前は」
「ふざけるなああああ! 陰陽師がこんなことしていいと思ってんのか! 絶対に後で警察に突き出してやるからな! さっさと俺を解放しろ」
こいつ、馬鹿だな。
「後があると本気で思っているのか? ここでお前は死ぬんだよ」
俺は淡々と告げる。
「なんで俺が……少し子供と妻を教育してやっただけだ! 綾香に金をもらったのか? それ以上出す! だから……」
あまりにも醜いな。
「黙れ」
このクズの口を閉じさせたのは、俺ではなく真だった。
突然言葉を開いた真に、クズが固まる。
この一言には真の怒りを感じさせるには十分だった。
「子を……親は、親だけは誰よりも子を大切にするものであろうが! そして番いを誰よりも慈しむものであろうが。お前の様に……苦しめるために一緒に居るものでは、断じてない!」
真がその前足を振るうと、クズのもう片方の腕で切断される。
「ぎゃあああああああああああ! 痛てえええええよおおおおおおおお!」
とクズは叫びながら、地面の転がる。
「分かった! もうしねえ! 子供にも、綾香にも暴力は振るわねえ! 約束する! だから命だけは……!」
と必死に媚びるように命乞いを始めた。
「もう……全ては遅い。お前の番いは既に命を絶っている。消えた命はもう戻らない。その薄汚い命で、償え」
真の言葉と共に、奴の首が飛ぶ。
死んだか。
「あら。真に先を越されてしまいましたね。私が首を刎ねるつもりだったのですが」
「すまないな……我慢ができなかったのだ」
「珍しいですわねえ。人には比較的甘い貴方が。処分だけは私がしてあげましょう」
莉世の言葉と共に、奴の全身全てが炎に包まれる。
すぐに全てが灰となって、風と共に消えた。
「主様、このゴミを消しましたが、子供達をいかがなさいましょうか?」
「俺に考えがある」





