後悔の跡
図書館に入り、私は図書館でいつも座ってる席に行こうとした。
この学院に入ってから何度も訪れた図書館。私は慣れた足取りで特等席の方へ進んでいく。
私の特等席は奥まった場所にあり、高い本棚の影になっていてぱっと見気付かれにくい席だった。
人数も3、4人くらいしか座れない位の狭い席。日当たりも良好で実は学院の近くにある小さな森がよく見える場所なのだ。
そんな見つかりにくい場所なのにアルバート殿下はよく訪れてたなぁ…と考えたところで頭を振り思い出した人物を忘れようとした。
奥の方へ進もうとしたところで男女の話声が聞こえた。
私の特等席の方ではなく今自分が立ってるところの本棚の向こう側にある席からのようだ。
別に見る気はなかったのだが本棚の前を通り過ぎざまに見た瞬間、私は目を見開いた。
4人掛け用の席にアルバート殿下と例のご令嬢が親し気に楽しく話していた。
アルバート殿下がご令嬢の方に体を近づけて何やら小さな声で話す。小さな声だったのでこちらまでは聞こえなかったが、ご令嬢は頷きながら机の上に置いてあったプリントをアルバート殿下に見せながら何かを話した。
そして再び見つめ合って微笑む2人。
ジクジク痛む心だが、でも待って、とふと思いとどまる。
机の上に何枚もプリントがあるのが見えた。
本当に公務のようなものなのではないのか?と自問する。
…というか待って、私ここで隠れる必要ないよね?普通に出てって何してるのー?って聞いても問題ないのでは?と更に自問する。
…でもこんな近距離の2人を見て流石に割って入るなんて勇気は出なかった。完全に人の恋路を邪魔するポジションになってしまう…。
考え事をしていた私は再び視線を元に戻す…その時早く帰ればよかったと猛烈に後悔することになった。
何やら話し込んでいた2人、その時アルバート殿下のお顔がご令嬢のお顔に重なった。
いや、もしかして…もしかしなくても…キス、してますよね?
「………!!」
悲鳴をあげそうになったけど何とか堪えた私を褒めてほしい。
でももう駄目だ…ここにいたくない…一刻も早くこの場を立ち去りたい…。
そう考えた私は足早に図書館を出た。
「シア!!」
図書館を出て教室に向かってる途中で腕を引っ張られた、アルバート殿下に。
「今図書館から出てったの、シアだよね?」
…見られていたとか、迂闊だった。私は後ろに顔を背けたまま何も答えなかった。
「俺も今から帰りなんだ、一緒に帰ろう?」
いつもと変わらぬアルバート殿下。それが余計つらかった。
「…今日は帰りません」
「…え?」
「ですから、今日は帰らないのでアルバート殿下は先にお帰りください」
「え、ちょっと待ってくれ!どういうことだ!?」
焦った様な声色で私の腕を強く握る。
「シア、頼むからこっちを向いてくれ!」
そう言ってアルバート殿下は私を振り返らせた。
「……!!」
あぁ…だから顔を見たくなかったのに…見せたくなかったのに…。
私の顔は今涙でぐちゃぐちゃになっているから…。
目を見開き呆然としているアルバート殿下の手をすり抜けて私はその場から姿を消した。
背後で私の名前を叫んでる声が聞こえたような気がした…。
「セーラ!急に押しかけてごめんね!!」
私は今ドゥオンヌ家のタウンハウスにいる。
私はアルバート殿下の目の前から文字通り姿を消した…、まぁそれは『テレポート』というかなりレベルの高い魔法でだが。
そして以前一回来たことのあるドゥオンヌ家のタウンハウスの入り口の目の前に飛んできたのだ。
門番にはめちゃくちゃ驚かれたが私の顔を見てこの家の主達に連絡を入れてくれたようだ。
私のいきなりの訪問にとても驚いてたセーラにここにテレポートで来たことと今日一晩泊めてくれとお願いしたら快く承諾してくれた。
ドゥオンヌ伯爵夫妻にも挨拶を、と思ったのだが、今このタウンハウスにいるのはセーラだけとのことで。セーラの許可を得られれば良いらしい。
本当にありがたい話だ。
私の様子が明らかにおかしいのに気づいてか…いや訪問の仕方で既におかしいが…セーラは私の為に温かい飲み物を出す様にメイドに指示を出した。
「セーラ、色々ありがとう」
「良いのよ、大体何があったか予想がつくし…でもあなたは王宮に住む人間なんだし本来は許可が無ければここにいちゃダメな立場なんだからね?」
「うん、分かってる。泊まるのは今日だけよ。明日の夕方までここにいていい?」
「それは全然構わないけど、あの…言いにくいんだけど明日から週末よ?…ルシアはその、予定は大丈夫なの?」
「それは大丈夫…」
そうだ、明日アルバート殿下と王都へ出かける予定だったんだ。
ドタキャンして申し訳ないけど、代わりに仲良くしてる彼女と良い感じに過ごしてくれって思う。…というより彼女いるのに私とそんな過ごし方をするのは不誠実ではないのか?自分の彼氏が休日他の女性と過ごすなんて良い気分ではないだろう。
…なんて色々良い訳してるけど私が明日の王都行きを免れたいだけだ。
思えば少しずつ芽生え始めた気持ちがあったと思う。
もっと早くに気付けば違う未来があったかもしれないが、今更言っても仕方のないこと。
恋というものに前世も前前世も縁等なかった私はこの手の話は空っ切りで、自分の気持ちに蓋をしておくことがいつの間にか得意になっていた。
心はどんなにボロボロでも物分かりの良い人間であるように見せて全然なんてことない、っていう風に。
大丈夫、次アルバート殿下と会う時はきちんと対応できる。
今や不要となってしまったこの想いに蓋をすることなんて簡単なことだ。
だから私は穏やかな笑顔で「大丈夫だ」とセーラに言ったのだが、セーラは悲しみを押し殺したような笑みを浮かべて私を見る。




