対峙
「本来ここにはいないはずなのに…どうして…」
聖女教育で習ったのだろう。ソフィアが小さな声で呟いている。
「ど、どういうことなのよ!?」
大きな声でケルベロスを刺激しないようになのだろう。イザベラ様は小さな声でソフィアに詰め寄った。
「え、えっとその…」
「この人間界と魔界の間には大きな壁のようなものがあり、全くの別世界と思ってもらってかまいません。弱い魔物はこの人間界にも存在するのですが、力のある強い魔物は魔界にしかいません。なのでこのケルベロスがここにいることは本来あり得ない事なんです。次元を超えるかはたまた魔界から魔物や魔獣を召喚しない限りは…」
恐怖で話せなくなっているソフィアの代わりに私がイザベラ様に説明した。
「…しかし魔獣の召喚というのは本来それぞれの世界の自然な姿を犯す訳ですからこれは禁忌にあたるのです…。魔獣が自らこちらにくることはまず考えられない…とすればこのケルベロスを呼んだ人間がいると考えられるのが妥当でしょうね」
「そうなのですか…しかしこの禁忌の話は一部の者しか知らない…というより一部の高位貴族か聖職者しか知らないはずなのに…ルシア様はよくご存じでしたね」
クリスが驚きの表情で私を見る。
「ふふっ私は魔力が皆無で実技はほぼ絶望的なので座学を今まで頑張ってきた…というだけですよ。それよりも…」
私はケルベロスを見る。
魔物の中ではかなり高位の存在で知能も高い為か、牙をちらつかせ唸り声をあげてこちらに敵意を向けるがすぐに襲ってくる気配はない…が油断はできない。
…今のうちに問題は解決すべきでは?と思いアルバート殿下に目を向ける。
アルバート殿下は何も発さずただアイコンタクトで返事をした。
「……禁忌ね…ところでひとつ気になることがあるのだが」
そう言うと彼はある人物に目を向けた。
「ずっと気にはなっていたんだけど、その手袋は一体なんなんだい?
ロゼリア嬢。」
するとみんなが一斉にロゼリア様の方へ目を向けた。
ロゼリア様はいつもの様に堂々と気品のある佇まいを崩さず、微笑みながら首を傾げた。
「アルバート殿下、こちらは貴族令嬢が身に着けるドレスグローブですわよ?私とて公爵家の長女、このようなドレスグローブを身に着けていてもなんら不思議ではなくて?」
うふふと笑ってる様はまさに次期王太子妃に相応しい優雅さと貫禄だった。
「確かに貴族のご令嬢、しかもあなたのような高位貴族のご令嬢が身に着けていてもなんら不思議ではないね?だがドレスグローブとは本来パーティーや茶会といった催し物で身に着ける物では?少なくともこのような合同合宿で身に着けるものではなかろう?」
アルバート殿下はアルバート殿下で朗らかにまるで世間話をしているような話し方でロゼリア様に話しかける。
「それは…申し訳ございません、私の配慮が足らずこの様な所へドレスグローブを身に着けて参りましたわ…」
ロゼリア様は申し訳なさそうにアルバート殿下にお辞儀した。
「いや良いんだよ、責めているわけじゃないんだ。……そうだ、そういえばとある令嬢がロゼリア嬢が『手の甲に』怪我をしていると言っていたことを思い出した…すまない、もしかしてそれを隠していたものだったのかな?」
アルバート殿下が眉を下げて申し訳なさそうにした。
その時一瞬だったがロゼリア様の笑顔が消えた気がした。
「まぁ…そうだったのですね…いろんな方にご心配をおかけして…」
ロゼリア様も眉を下げながら微笑んだ。
「そのご令嬢が薬に詳しいというから薬を預かってきたんだ、これを君に…」
そう言ってアルバート殿下が懐から取り出したのは小さな小瓶で中に橙色の液体が入っていた。
それをロゼリア様に渡そうとしたら急に顔色を青くしたロゼリア様が「いやっ!!」と叫びながらアルバート殿下の持っている小瓶を叩き落とした。
ロゼリア様の急な態度の変化に驚くソフィアとイザベラ様。
震えるロゼリア様を冷めた眼差しで見るアルバート殿下は口を開いた。
「ロゼリア嬢は何と勘違いしてるのかな?…それともソフィアの靴に入れた毒とそんなに似てたかい?」
「毒…?えっ靴…?」
ソフィアが驚きながらわたわたしだした…と思ったらあの時私がソフィアの靴を奪ったことを思い出したのだろう。「もしかしてあの時の…え、んじゃあソレをやったのは…」と今度は再び驚きながらロゼリア様の方へ向き直った。
「ふふふ…」
俯いたロゼリア様の表情が見れなかったが、少し間をおいて急に笑い声をあげるロゼリア様。
「何の話でございましょ?私はなんのことかさっぱり分かりませんわ?大体毒の件はアイリーン様がやったと噂で聞きましたわ」
「噂…?それはおかしいな」
アルバート殿下は首を傾げる。
「ソフィアの靴に毒が入っていたことは本人すら知らなかったことだが?一体あなたはどこからその話を聞いたんだい?」
そう言った瞬間ロゼリア様の顔から完全に表情が無くなっていた。




