聖女に伸びる魔の手
「靴に何かが入ってること自体特に不思議ではありません。土や砂利が入ったりすることもあるでしょうが…最初発見した時ほんの一瞬ですけど何か光った様な気がしたんです。それって針ですよね?」
私は靴を睨みながら喋り続けた。
「一応それなりにではありますが薬学をかじっておりますので、何かあれば協力します」
どこの誰がこんなことをしたのかは知らないが、仮に嫌がらせの類であったとしてもやって良いことにも限度がある。
「君に協力を仰ぐということは君も危ない目に遭う可能性もあるんだよ? 怖くないのかい?」
先程から驚いた表情を見せているアルバート殿下が恐る恐るといった感じに私に尋ねてきた。
「怖いというよりも…今はこんなことをした人間がいるってことに腹が立っていますからちょっと感覚が麻痺してるんでしょうね、それよりも」
苦笑いしながら私は続ける。
「知らない間に自分達の周りに危険が迫っていて、それの対処に遅れることの方が怖いですね」
私の言葉にアルバート殿下は「分かった」と頷く。
「分かったことがあればルシア嬢にも伝えよう」
「ありがとうございます」
ソフィアの靴のことはアルバート殿下にお任せすることにした。
公正で聡明な彼ならばきちんとした対応をしてくれるだろうし、王宮お抱えの学者達ならばすぐにこれが何の毒か分かるだろうから。
私は「失礼します」と一礼し、ソフィアとセーラの後を追った。
ソフィアとセーラはそれぞれお迎えの馬車に乗ろうとしている所だった。
私の姿に気付いたソフィアが「あ、ルシア様…ご用事はお済で…?」と聞いてきた。
「えぇ、用事は済んだわ。」
「あの靴は何かあったのですか?」
「んーー…最近靴のいたずらが多いらしくてね、聖女であるあなたの靴もいたずらされてないか見てみたいってアルバート殿下が」
「なるほど…」
流石にソフィアの靴に毒が仕込まれてるなんてはっきり言えなかった私は誤魔化した。
ソフィアを見送った私も馬車に乗り込もうとしたらセーラに声をかけられた。
「ルシアの予定大丈夫ならうちのタウンハウスで一緒にディナーはいかがかしら?」
恐らく先ほどの話を聞きたいのだろう、私は頷き迎えの御者にセーラの家に行くことを伝えセーラの家の馬車に乗せてもらった。
「そういえば私の家には初めて来るわよね?ルシア?」
なんとなく気分が重かった私を気遣ってセーラは明るく話しかけてきた。
「そういえばそうね、ドゥオンヌ家のタウンハウスかー楽しみだわ」
「普通のタウンハウスと変わらないわよ」
クスクス笑うセーラはとても気さくで付き合いやすいが、ちょっとした所作がとても上品でドゥオンヌ家の格の高さが分かるようだ。
それから家に着くまで他愛もない話をしていた。
夕食ができるまでセーラの部屋の方に案内された。
少し待っていると制服からワンピースに着替えたセーラがソファーに座った。
濃い目の青いワンピースが上品で大人びたセーラにとても似合っている。
夕食までのつなぎにちょっとしたお菓子と紅茶を出されて、紅茶の匂いを楽しみながら「さてと」とセーラが真面目な顔でこちらを見た。
「一体何があったの?」
私はソフィアの靴に異物が仕込まれていたこと、それは毒の可能性があったことを話した。
「毒…」
セーラも事の重要性が分かって難しい表情をして考えていた。
「ソフィアに嫌がらせをしていたイザベラ様の最近の様子は?」
「どうだろう…最近は前ほど派手なことはしていないと…思う…今はそれよりもマーキュリー嬢に対して過激になっているような気がするわ」
私も考えながら答える。
ソフィアの様子も最近は特段変わったことはなかったし、平和に過ごしていたと思う…だからこそこの靴の事件はとても驚いたのだ。
そこで私はふとあることを思い出した。
「マーキュリー嬢…マーキュリー領といえば確かアロマやお香で有名な領地よね?」
アロマは貴族等の上流階級向けに作られて嗜好品として用いられている。
お香は聖なる力を持った道具の1つと言われていて、魔除けの効果もある。前前世でいうとこの線香みたいなものだろうか。
マーキュリー領の領民達は信仰深い人間が多く聖なる力に重きを置いていてお香の産地であることに誇りを持っている。
またお香の力の恩恵なのかマーキュリー領出身者の神官もそれなりに多いらしい。
私はあることに気付きハッとした。
しかしそうなってくると矛盾も生じてくる…その矛盾の考察やら他の可能性やらも視野に入れるべく、私は気づいたことを一旦保留にし、目の前の料理に舌鼓をうった。




