全ては突然の出来事で(クリス視点)
僕は今、とても機嫌が悪い。
そもそもの発端が我が主からの急な帰国命令。
いや、帰国命令といっても実際の帰国までは少しだけ猶予があったから百歩譲ってまだ良しとしよう、百歩譲って。
しかしその少しだけの猶予でできるだけじゃがいもの栽培について知識を深めてこいという訳の分からない命令が下った時にはさすがに素で「は?」と言ってしまった。
いや僕はここに国の運営の知識を更に深めようと思って留学に来ているのだが…何故じゃがいもの栽培方法がここで出てくるのか意味が分からない。
余談だがそもそも僕はこの国ではなくもう一つグランバニアの国に隣接しているサザンローナという国に留学する予定だった。
しかしその国の王族の…第一王子に雲行きの怪しい情報があったので、静観したいグランバニア的には次期宰相の僕を深入りさせたくないとしてフリシティに変更した。
そんなわけで当初多少バタバタしはしたが今は穏やかにフリシティの学園で生活を送っていたところに、この様な訳の分からない指令が届き学園を休学しあちこちの農家へ視察に行き大慌てで帰国したという訳だ。
無表情ではあるが明らかに機嫌の悪い僕に我が主にして我が友…アルバート殿下は最後に見た時と変わらない笑みを浮かべて「ご苦労様、早速だが紹介したい者がいる」と王宮の廊下をズンズン進んでいった。
僕は知っている。
彼は穏やかそうな顔をしながら実は腹黒で自分の目標を達成するために手段を選ばない男だということを。
次期国王としては無くてはならない素質の1つで主としては頼もしいが、手段を選ばない為僕やロイドを振り回すこともよくあることで迷惑を被ってる。
ふとロイドの方を見れば乾いた笑いを浮かべ「おつかれ」と心の声が聞こえてきた。
たしか僕の記憶が正しかったらそちらには王宮の聖堂があった気がする。
紹介したい者とは誰か?と一瞬思ったがたしか聖堂の方には幼いころに聖女として連れてこられたソフィアがいた気がする。
ソフィアに関連した人物だろうか?
紹介されたのはルシア・シュレーゼン嬢というシュレーゼン伯爵のご令嬢だった。案の定ソフィアの友人らしい。
確かシュレーゼン嬢といえば魔力無しだと風の噂で聞いたことがあった。それを恥じて社交界から遠ざかっていたとも。
そんな彼女がソフィアの友人と言えど何故王宮にある聖堂にいるのかがよく分からなかった。
しかしその僕の謎はすぐにアルバート殿下の発言で解けることになる。
…どうやら僕がフリシティで急遽農地に赴きじゃがいもの育成方法を学んできたのは彼女の為らしい…。
そんな一介の令嬢の為だけに自分の将来の右腕になるかもしれない僕の勉学を阻害し留学を中止させるな!と再びイラつきが湧いてきた。とは言っても表情は無を貫いていたが。
シュレーゼン嬢はシュレーゼン嬢でその事実を知った時、同じことを思ったのか、顔が真っ青になっていた。その表情を見て僕のイラつきもほんの少しだけ収まったが、彼女の方はまともで良かったとも思った。
それに彼女自身が僕の留学予定が自分と王太子殿下のせいで変更になったと知らない可能性もあるわけだから、僕のイラつきは彼女に対してもあるけども王太子殿下に対しての方が割合を占めていた。
しかしシュレーゼン嬢は申し訳ないと思いながらも本当のところはとても嬉しかったのだろう。
すぐに満面の笑みを僕やアルバート殿下に向けてお礼を言ってきた。
シュレーゼン嬢は…女性にこう言うのもどうかと思うが…平凡な顔立ちの女性だが、笑顔は大変愛らしかった。
今まで立場上計算や裏があったりするご令嬢をそれなりに見てきた。
はっきり言ってしまえば女性という生き物にはどちらかと言えば苦手意識がある。
ソフィアは幼い頃からの付き合いもありアルバート殿下やロイドのいうように妹の様に見てきたからそこはノーカウントとして、初めて女性の裏の無い純粋な笑顔を見たような気がする。
ほんの一瞬だけ僕は彼女の笑顔に見惚れてたがふと隣に立っている人物のオーラが違うことに気付き、そちらに目を向けた。
…あのアルバート殿下が目を見開いて顔を真っ赤にしていた。
数々の貴族と渡り歩き、自分の父親である国王陛下よりも年上の貴族相手ですら三枚も四枚も上手で、常に冷静沈着で決して弱みを見せることがなく完璧である様を穏やかな仮面で隠すあの殿下が…。
令嬢の対応だって僕より場数はこなしてる分、慣れているだろうし女性の汚い部分は僕よりも遥かに多く見てきているはずだから女性に対する苦手意識は僕よりひどそうだ。
社交界で見目麗しい王太子殿下にたくさんの令嬢が寄ってくるのも日常茶飯事で、それを軽く受け流すのも日常茶飯事だった。その時も常に完璧な王子スマイルだ。
何が言いたいかと言うと誰が相手でも常に冷静沈着で決して自分のスタイルを崩さない、あのアルバート殿下が……
初めて完璧な仮面が外され冷静さを失っていた。
あぁ…これはまた大変なことが起こりそうな予感がする…たしかロイドの妹がアルバート殿下の婚約者候補を観察していたな、そういえば…。
そう思いロイドに目を向ければロイドも苦笑いを浮かべていた。
それから色々と会話をし…と言っても主に会話が弾んでいたのはアルバート殿下とシュレーゼン嬢だが…アルバート殿下の雰囲気は明らかに変わっていた。
熱を帯びた眼差しをシュレーゼン嬢に向けているのが僕にも分かったし、時折僕にじゃがいもに関してシュレーゼン嬢が色々質問してる姿を慈しむように見ていた。
いや、アルバート殿下がシュレーゼン嬢を想い始めたのは今日ではないな。
恐らく本人も気付かなかったんだろうが、僕に今回の一件を頼んだ時点で既に彼女のことを深く想っていたのだろうと。
だが悲しいことにシュレーゼン嬢が今一番想っているのは完璧な王子様ではなくじゃがいもの様だった…。
色々と規格外なこの令嬢との関係性が今後どうなっていくのか、僕は不安でもあり楽しみでもあったりする。




