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大団円と、本物の『アトラス・シトラス』について

「なあ佐紅。あたしは処女だけど男好きだ。多分」

「は、はい」


 付け根まで露になるホットパンツでソファに胡坐をかいたシアンが、長居睫毛をたたえた双眸で私を見据える。

 私はソファの隣に正座しし、神妙に彼女の告白を聞いていた。


「いいか、あたしと佐紅は、同じ女で同い年で、日本……いや片親チェコ人だからちょっとちゃうかな……まいっか……とにかく! とにかく、同じ女で日本育ちで、関東出身でさ。大体似たカテゴリにいるじゃん?」


 相変わらずメーテルのような容姿とのギャップが酷い口調だ。私は黙って頷く。

 部屋の主である佑白はDVDを準備しながら静観している。

 テーブルの上には缶チューハイから麦茶、ポテトチップスまで様々なつまみと飲み物が準備されていた。


 中心にはクリスマス商戦売れ残りのホールケーキもあり、ところどころつまみ食いで欠けていた。


「で、だ。あたしと佐紅は似たカテゴリにいるじゃん? でもあたしは男好きで、あんたは女好きで……似てても違うっしょ? 難しいことはわかんねーけど、地元の連中だのサークルの連中がだ、佐紅が女好きだからってドン引きしたってさあ、そいつらと似たカテゴリにいるあたしも同じようにドン引きするかどーかは、そりゃ言ってみないとわかんねーだろ」

「ごもっともです」

「……でも、言うのって怖かっただろ。ドン引かれたら傷つくもんな」


 シアンはふっと眉をさげ、私の肩を叩く。


「正直……シアンのこと、すっごい友達として好きだから……シアンに引かれたら、怖いと、思ってた」

「よく信じてくれたね、あたしのこと」

「シアン……!」

「話したからには、今夜はコイバナぜーんぶ吐いてもらうよ!」


 そこでシアンが指を鳴らすと、佑白が缶を回してくれる。よく冷えてて喉がなる。


「よかった、これからは失恋話、全部シアンちゃんに言ってね。俺は聞かないから」


 私はプルタブに指をかけつつ、


「佐紅とシアンちゃんの友情を記念して?」


 凪いだ眼差しで小首をかしげる佑白。


「おいおいー、佑白っちオマケ扱いじゃダメじゃん。ここ佑白っちの部屋だよ」


 シアンが歯を見せて笑う。


「とにかく、色々すっきりしたってことで」


 私は二人を見た。


「乾杯!」


---


「よかったね、想像してたより簡単にすんで」

「シアン相手にびくびくするのも、おかしな話だったんだよね、きっと」


 ――シアンへの告白を兼ねた飲み会から数日後。

 私は帰郷の荷物のキャリーケースを引き、喫茶麝香堂へとカツサンドを食べに来ていた。

 今年最後のカツサンドは、ちょっと粒マスタードの味が強い。ちらりと書生姿の佑白を見ると肩をすくめられた。


「やっぱり味、違う?」

「佑白、フードも作るようになったんだ」

「うん。覚えてソンはないし、マスターも二号店の準備に忙しくなってきたし」

「……もうこのまま店長になっちゃうんじゃない? 佑白」

「どうだろうね? でも個人経営の喫茶店でこれだけ景気がいいのは働いていて気持ちいいよね」

「うん。私も通ってて気持ちいい」


 レトロな店内からはクリスマスのオーナメントも消え、代わりに年末年始の営業についての張り紙がしてある。もうすぐ新年、私も来年は三年生だ。


「でも、あの夜だれも来なかったらどうするつもりだったの」


 三つ並んだビームヒーターにフラスコを設置しながら佑白が尋ねる。

 彼が言うのはノート事件の夜の事だ。私は当然のように答えた。


「宣言してた通り、サークルやめるつもりだったよ」


 俺も?と己を指し示す佑白に、「もちろん」と私は頷く。


「本当は私たち、あのまま退部してたほうがよかったかもしれないけど。トラブルメーカー的な意味でさ」


 望月先輩はそのまま退部し、合わせてぞろぞろと先輩の友達女子グループも退部してしまった。

 もう少しで卒業する四年生がわざわざ辞めなくても、と思ったのだが、卒業追い出し映画祭に出席するのは居心地が悪いと思ったのだろう。

 ノート事件も解決し、私を悪く言っていたグループがごっそり消えることになり、結果として私に対する悪評は自然と消えてくれた。


 いくら表だって発表していないとはいえ、「私の噂を広めた人たち」が「ノートの出現とともに退部した」のであれば――誰だって、大体察する。


 私の『秘密』に関して露骨に噂する人は消えたものの、「風の噂」程度としては未だ残っていた。

 広まった噂は仕方ないと、私は割り切って気にしないようにした。

 噂は消えない。けれど、私の気持ちを切り替えて生きていくことはできる。生きていかなければ。

 高校とは違って、大学は多少、人間関係の風通しがいい。

 否定されてもまあ、シアンと佑白がいるのだからいいか――と思える程度には、私は気楽になったのだった。


 磨き上げられたカウンターで、スマートフォンがブルブル震える。


「あ、みすずっちからだ」


 私がいそいそと返信を打ち込んでいると、佑白はコーヒーを運びながら通りすがりに覗き込んでこようとする。


「やめてよ」

「すっかり仲いいじゃん。何その、映画レシピ同好会ってグループ」

「しっかり読まないでよスケベ。……みすずっちすっごく料理上手でさ。うちのサークル入ったのも実は、好きな料理家が監修した映画で語れる友達作りたかったんだって。んで、勧められた映画どれもすっごくよくて。そしたら、再現レシピのランチ会を月いちでやろうよって事がきまって」

「佐紅、料理できたの?」

「……今どき、ネット見たらなんでも作れるでしょ」

「……………………」

「あ、なに、ちょっと、そのかお」


 佑白に話した通り、最近私はみすずさんグループとも親しくなっていた。

 穿って見ていたフィルターが取れると、みすずさんはただの天然ちゃんだった。

 私の悪評もどうでもいいと思っていたらしく、次回作は彼女たちと一緒に作る相談もしているほどだ。もちろん料理にまつわる映画を。


 大変なこともあったけれど、結果的にはなんでも、気楽な方向に物事が進んでいる。

 そういう意味では、きっかけをくれた望月先輩に、少しは感謝してもいいかもしれない。


「いや、でもやっぱり感謝したくないし。くそー」

「汚い独り言は店の雰囲気を壊すのでお控えください」

「うう……あ、そういえば、最近先輩とはどうしてる?」


 あの後、佑白は約束通り望月先輩と付き合ってやっていた。

 勝手にしろと、特に口出ししないでおいたが、今はどうなっているのか知らなかった。


 佑白は他の客の応対を済ませたのち、彼はけろりとした顔で言った。


「あっちから別れてきた」

「はあ?!」


 困惑が思わず声に出てしまう

「あんなに、私を陥れてでも手に入れたがってたくせに!?」

「佐紅、声おおきい」


 唇に指を向けられ、私は押し黙る。


「イメージと違ったんだって」


 最初から判っていたことじゃないか。思いつつ私は続きを聞く。


「イメージって、何よ」

「どうもディズニーデートとかそういう関係を楽しみたかったみたいだね。怒るから適当に相槌打ってたら、そのまま別れ話になった」

「……ちなみに、付き合ってた日数は」


 佑白は指を四本立てる――『四日』。


「うち、……その、家に連れ込んだ日数は」


 指は一本だけ引っ込む。つまり『三日』。

 私は頭痛がした。


「ディズニーくらい付き合えばいいじゃん……」

「奨学金で仕送りなしで入学してる俺が散財できるわけないでしょ」

「……そうだね、たしかに」

「そしたらおうちデートになるのは当然ってことで」

「…………あんた、前も言ったけど、絶対いつか痛い目あうんだからね」

「だから遭ってるって。痛い目」


 彼は少し悲しそうな眼をして私を見た。


「なによ、その被害者っぽい目は――」


 と口にしたところで、彼の言う『痛い目』の意味を悟る。


「……もう諦めたんだと思ってた」

「諦めてはいるけど、ね」

「……ごめん」

「謝ることじゃないよ」


 私は気まずい思いで珈琲を口につけた。

 苦い。

 砂糖を入れ忘れていたことに気づき、急いで砂糖を入れる。


「だからって、女の子食いまくっていい理由にはならないし」

「食われてるって言い方をするなら、俺のほうが食われてる側だよ」


 佑白はティーソーサーを丁寧に磨きながら呟いた。

 その言葉は――なんとなく、それ以上訊ねにくい気配をまとっていた。


 佑白とアトラス・シトラスの関係はどうなったのだろうか。

 あれから変化があったのだろうか。

 思いつつ、私は今日まで訊ねずにいた。

 彼女と佑白との関係は他の女たちとは違う、何か触れてはいけない理由がありそうだからだ。


 黙り込んだ私に、佑白は凪いだ眼差しを向けた。


「佐紅はすっかり立ち直っちゃったよね」

「なによその、立ち直ってほしくないみたいな言い方」

「俺はまだ立ち直ってないから」

「…………」

「冗談だって」


 佑白は小さく笑う。

 授業がない時はずっとバイトをして、年末も帰省することがない佑白。

 部屋には似つかわしくないピカピカのテレビ。

 彼には彼の事情があるのだろう。

 私は悟らない振りをして、わざとおどけて胸を張って見せた。


「ふ、ふん。私は、あんたみたいにフラれ慣れてない人と違うの」

「納得」


 彼は苦笑いして、ビームヒーターを灯した。

 次第に湧き上がってくる橙色に染まったあぶくが、佑白の童顔を橙に照らす。

 眼差しを手元に向けたまま佑白は言った。


「男で試してみたくなったら言ってね。俺以外を選ばないでよ」

「冗談。試したくなっても、絶対あんたは選ばないから」

「ひどい」

「当たり前だし」

「あとくされないよ、俺」

「それは他の女の時の話でしょう」

「ちゅーした仲なのに?」

「え」


 私は固まる。


「いつ!?」


 ガタン、と音を立てて立ち上がる私を、奥に引っ込んだマスターが暖簾越しに覗く。

 私はペコペコと頭を下げた。


 私を眺めながら、ハロゲンランプに眼鏡を輝かせ、佑白は珍しく破顔した。


「思い込みって怖かよなぁ」

ここまでお読みいただき感謝です。

一ヶ月に渡る更新のあいだ、目を通してくださった皆様、ブクマ・評価・ランキングクリック・誤字脱字ご連絡くださった皆様、本当にありがとうございました。


数年前に書いた作品なので、キャラの倫理観もストーリーも、もっと改善の余地があったのではと恥ずかしくなる作品ですが、それでも誰かの目に触れる場所にこの作品を置けたことは満足しております。


次回の長編連載は今年度じゅうにスタートしたいと思っております。

準備中ですので、そちらの方もお目通しいただけると嬉しいです。

また、現在その他短編も公開しております。軽く読めるものばかりですので、よかったら名前クリックからどうぞ!

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