そしてコタツの中から現れる。
講義やレポートをこなしている間に一日はあっという間に終わった。
私は今、柔らかな布団の中で丸まっていた。
柔らかくて心地よいものの、ちょっと湿っていて臭いが鼻につく。
そろそろ洗わないと、と心に誓う。
コタツ布団の中は結構息苦しい。
時間の感覚が判らなくなるが、眠る訳にはいかない。
私はスマートフォンを見て意識を覚醒させる。
コタツの外からコードを引っ張り、充電は出来ているので安心だ。
シアンからメッセージが届いていた。次のレポートに関する相談だった。
返信を書いていると、続いて部長からのメッセージが届く。
文章はなく、可愛いイラストの横に『Good LUCK』と書かれている。
私のことを信じて動いてくれた部長に感謝だ。
上手くいかなければサークルごと色々終わってしまう土壇場だというのに、私は不思議と穏やかな気持ちでいた。すでに数週間の間に喜怒哀楽、感情をすり減らしすぎていて残された感情のストックがないのかもしれない。それでもよかった。
布団の外、鍵が揺れる音がする。
私はスマートフォンを伏せ、耳を澄ませる。
静かにドアが開き、足早にこちらに近づいてくる気配。
その人物は棚の前で立ち止まった。
私はちらり、と布団をめくって足許を覗く。
覗いて溜息を吐く。やっぱりこの人だったかと。
「ハハハハハハハハ!!!」
怨霊宜しく、私はコタツから這い出す。
気配に気づいて振り返った人物はぎゃっと悲鳴を上げて手に持ったものを取りこぼした。ノートだ。
「私と副部長が困ってるのは楽しかったですか? ――望月先輩」
ざんばらになった髪をかき上げた私に気づくと、彼女は少し我にかえったようだった。
彼女は取りこぼしたノートをそのまま、腹這いになったままの私を見下ろしている。
見慣れたフレアスカートから伸びる足は可愛らしい靴下を履いていて乙女なのに、その表情は恐ろしかった。
「一度目のノート持出だけでも大騒ぎになったのに、さらに持ち出した二度目の人は、一度目と違って明らかな悪意があって盗んだ。理由を考えてみたら、『この騒ぎが最悪の結果になってほしい人がいるんだ』という事に思い至ったんです。副部長と私が困って喜ぶ人は誰かなあって……ねえ、先輩?」
「どうして? 副部長は彼氏だけど、あなたはただの後輩でしょう?」
「先輩、佑白に惚れたんでしょ」
僅かに目元が見開いたのを、腹這いの間抜けな格好からでも私は見逃さない。
「最近副部長を振りましたね、先輩。
九日前にお二人そろってお話してくださった時は、まだ一応お付き合いされてたみたいですけど、あの時も先輩はほぼ冷めてましたよね。ちょうどそのとき、副部長の責任問題になるノート持出事件が起きて……立場が無くなってオロオロしてる副部長を見て、先輩は思いついたんですよね。これを別れるきっかけにしようと。
世間の風当たりが私に厳しくなってきたのは、二度目のノート持出事件あたりからでした。あの時なぜ、佑白ではなく私の悪評のほうが広まったのか気になっていたんです。言い方は悪いですけど、悪評が立つなら普通、佑白の方ですよね。でも私だった。
私はその後も散々でした。秘密をバラされたり、犯人扱いされたり。それは私がノートを探し難くするためと、同時に、私と副部長の無能さを皆に知らしめるためだったんです。
ノートが見つからなくても、平部員の佑白は、私と副部長ほど責任は問われない。退部させられる訳もないと思われていたはずです。……でも現実は違った。佑白は自分も退部すると言い出した。佑白までいなくなっては元も子もないと、今夜ノートを返しに来てくれたんですよね?」
コタツに寝そべったまま話しているのに他意はない。
単にスカートがひっかかって出られないだけだ。
そんな間抜けな格好の私を、望月先輩は怖い顔で見下ろしていた。
「まあ――先輩が犯人じゃなくとも、女犯人だったら、佑白を使えば大体釣れると思ってましたけど」
いい加減に腰が痛くなってきた。
スカートに絡んだコタツの足やコードを外しようやくコタツから出た頃、望月先輩は一転、明るくけらけらと笑った。
「最上さんが何を言おうが、想像しようが無駄よ。私は偶然、ここに忘れ物を取りに来ただけなんだから。全部最上さんが悪いのよ」
「え、私が?」
「人探しの為に勝手に持ち出して、その罪を佑白くんの不注意だなんて押し付けたのはあなた。レズストーカーなんだって、みんな知ってるんだから」
開き直られたらどうしようもない。私はぽかんとして彼女を見上げた。
「ひ、酷いですよ先輩! 素直に認めてくださいよ」
「認めないわよ、だって私、悪くないんだもの」
「こんなにノートをぐちゃぐちゃにした犯人だなんて思われたくないですよ、ひどいなあ、まるで私が暴力女みたいじゃないですか」
「失礼ね。ノートをこんなにしたのは私じゃないわよ」
「先輩って優しそうな振りをして、結構荒っぽいんですね。紐もちぎれかけてるし、靴底の痕までついてる……結構DV女だったりするんじゃないですか?」
「だから言ってるでしょ、最初からノートはボロボロだったのよ!」
先輩は声を張り上げる。
「あたしがこんな事するわけないじゃない。ったく、あんたって常識もないんだから」
ヒートアップしたところで我にかえったのか、先輩は私を見下ろし、余裕の笑みを作り直す。
髪をかきあげると甘い香水の香りがこちらまで漂った。
「第一……私とあなたが無実を主張したら、どっちのほうをみんな信じると思う? どっちがノートをめちゃくちゃにしそう? あなたの方よね?」
「う……」
まっすぐ指さされるとぐうの音も出ない。
「大人しく犯人扱いされてなさい」
望月先輩はゆったりと腕を組み、勝利の笑みを浮かべた。
確かに人望の面を突かれると反論できない。
私は友達は少ないし、女好きのストーカーという状況証拠も女子の間でじわじわ浸透してしまっている。優しくて大人っぽい、大手企業内定を決めた望月先輩と比べられたら、明らかに私の方が犯人らしい。
「そ、それを突かれると痛いですけど……」
ちょっと凹みつつ私は立ち上がり、落とされたままのノートを拾い上げる。
「どうして最初から、ボロボロなんて『嘘』をついたんですか?」
先輩は虚を突かれた顔をした。
「どういうこと?」
「最初から、と先輩おっしゃいましたが、先輩の言う『最初』とはいつのことですか?」
「いつも何も……」
反論しかけた先輩の言葉を遮り、私は続けた。
「先輩は立場上、ノートが新品同様に綺麗だったことはご存知のはず。なのにどうして、『最初からボロボロ』なんて言っちゃうんですか?」
先輩は私を凝視したまま唇を噛み結ぶ。
「それは――」
「『ノートを持ち出したとき最初からボロボロだった』って意味ですよね。佑白がいない隙に、ノートを持ち出した六日前」
平静を装いつつ、望月先輩の視線はノートと私の顔を行き来する。
スカートの端をぎゅっと掴んだ仕草が、いつもの彼女より幼げだった。
「私カメラマンばっかりしてたから。今までノートなんて見てなかったのよ。ボロボロかどうかなんて、覚えているわけないじゃない」
「四年生で役員、更にノート管理の義務がある副部長が彼氏だったあなたが、知らないなんて冗談でしょう。それに――」
私はノートをめくり、ある一ページを指す。
「ノートの書き込みの最後のほう、先月の日付で先輩の書き込みがあります。これが第一の証拠。そして……先輩、古い話ですが、覚えてますか? 十三日前、一度目のノート持ち出し事件が起きた前の日、先輩はノートをご覧になっていた。ご自分でおっしゃっていましたよね?」
先輩の目が見開く。
「先輩は一度目のノート持ち出し事件の前日に、綺麗だった頃のノートをちゃんと見ているんです。なんなら、先輩のお友達にも予備知識なしにこのノートを見てもらいましょうか? きっと皆さんこういう風に言うはずです――『盗難事件の間にボロボロになったのね』って。最初からボロボロなんて、誰も言わない」
自分が墓穴を掘っていたことにようやく気付いた先輩は、焦る表情から一転、開き直ったように声を出して笑う。腰に手を当てて胸を張ると、窓の外から入る街灯の光でネックレスが光った。
「無駄よ。この話を聞いているのはあなただけじゃない!」
悪あがきをする望月先輩をみていて、私はだんだん悲しくなってきた。
「先輩、もうあきらめてくださいよ……私、結構先輩のこと憧れてたんですよ。大人っぽくて優しくて、副部長みたいな面倒な人も上手に扱ってて……」
「あんな奴なんか知らないわよ」
望月先輩は吐き捨てる。
「懐いてくる可愛い後輩だと思ってたら、だんだん俺がー俺が、で調子に乗っちゃって。ロクな内定取れないうちから亭主関白ぶって滑稽なあんな男なんか。それに引き換え、佑白くんってば優しいし柔らかいし、落ち着いてガツガツしてなくて。あんないい男を気軽に振りながら、よく言えたもんね」
「ああ……佑白にたいそうなフィルターかけちゃって……」
憎々しげに睨み上げられ、私は途方に暮れるしかない。佑白と付き合ったって、たぶん副部長以上に面倒なことにしかなりませんよ――と進言しても多分聞いてもらえない。
「あの、先輩」
「何よ」
「つまるところ、先輩が持ち出したって事は認めるんですね」
「そうよ。だから何だっていうの。あなたが皆に言いふらしたところで――」
「私が一人で、ここにいる訳ないじゃないですか」
「え」
「ばっちり録画してますよ」
唐突な佑白の声に望月先輩は腰を抜かす。
録画ランプが灯ったスマートフォンをかざしながら、佑白は暗闇の中ゆっくりと部室内に入ってきた。
「はい、御開帳」
パチンと明かりをつけると、書生姿の上にダッフルコートを羽織った佑白の姿が露になる。
バイトが終わってからすぐ、部室の外に待機してもらっていたのだ。
私をコタツに入れた状態で、外から鍵をかけてくれたのも彼だ。
「ありがとう佑白。寒くなかった?」
「佐紅がホッカイロたくさんくれたから平気」
「あ、あ……」
のんきに会話をする私たちの間で、望月先輩はへたり込んだまま佑白を見つめる。
「あ、……ゆ、佑白、くん、」
「俺のこと、そんなに好きなんでしたら、言ってくださればいいのに」
彼女は言葉を失っていたが、すぐに急いで私を指さす。
「違うのよ。最上さんが犯人なの。あたしはそれを見つけたの」
「鍵を開けてるところから、動画撮っちゃってるんですよね。廊下の非常灯のおかげで、先輩の姿もバッチリ」
佑白はスマートフォンをかざしたまま肩をすくめる。
「う……うう」
ついに彼女は泣きだした。泣きだされてもどうしようもないのだが。顔を見合わせる私たちの間で彼女はしゃっくりをあげて顔を覆う。
「佑白くん、ごめんね。ダメな先輩でごめんね。あたし……あなたが好きでどうしようもなくなっちゃったの。まるであたしがあたしでなくなっちゃうみたい……ごめん……」
この時、私は完全に蚊帳の外になった。佑白といると日常的な光景が今夜も起きている。電気がついたことで、カーテンも閉めずにやっているこの茶番はきっと、特別許可をくれた警備員のおじさんたちの良い見世物になっているだろう。
「望月先輩」
私は心から同情した声を出す。
「あの、本当にこいつはやめたほうがいいですよ。傷つくだけだから――」
佑白はというと、カメラを構えて泣き顔を映しながら、
「俺は付き合ってもいいですよ」
などと、いつも通りの適当な事を抜かしていた。
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