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既読:ずっと真剣に付き合ってくれていた佑白を疑って、私本当に馬鹿だった。ごめんなさい。

「この間の質問は、犯人捜しだったんだ?」


 みすずさんの強張った笑顔、底の知れない疑念色をした瞳。

 この瞬間、私はすべてを悟る。

 ああ、彼女への質問の仕方が悪かったのだ。犯人扱いされたと思って、不愉快になった彼女は――


「あ、いや、えっと」


 私は無駄なあがきとわかりながら慌てて首を振って否定の言葉を探す。


「犯人扱いしたりしたわけじゃないよ。ただ、あの日の部室の出入りを聞きたくて。ごめんね」

「あ、ううん。私は気にしてるわけじゃないから。ノート探し頑張ってね」


 言い訳を遮るように、彼女は作り笑顔を残して去って行った。

 甘いシャンプーのような残り香だけ漂う場所で、私は胸をぐっと掴む。

 息が苦しい。


 もしかして、私が犯人だという噂の出どころは――


「佐紅」


 佑白が後ろから話しかけてきた。


「何があったの」

「ううん。なんでもない」


 私の気にしすぎだろう、足が震えそうになる嫌な感覚を無理やり押さえこみ、私は笑う。

 次の授業まで時間があまりない、気持ちを切り替えなければ。


 サークル棟を早足で出てしばらくしたところで、佑白が小さく「ごめん」と謝った。


「俺が目を離したせいで、佐紅が困ることになった」

「…………珍しいわね、あんたが」


 女から罵られようがバイトがどんなに忙しかろうが、絶対顔色を変えない佑白がしょげていた。

 メガネの奥で睫毛の濃い瞼を伏せる。

 佑白がこんな表情を見せるのは貴重だった。

 沈んだ横顔はいつもより童顔が目立って、より幼く感じる。


「佑白が悪いとかじゃないよ。悪いのは、勝手に持ってった奴よ――」


 言いながらふと思う。

 今回のノート事件をすべて動かせるのは佑白だけだ。

 最初の持出事件の日にも部室にいて、今回も他人が見る前にノートを隠しやすい唯一の人間。

 何らかの理由でノートを隠したものの、一旦私に中身を確認させ、再び隠した。


 ――でも、何のために?


 思った瞬間、私は先程の苦しさを思い出す。


「……佐紅、どうしたの?」


 立ち止まった私を佑白は不思議そうに見下ろす。

 彼を見上げながら思った。

 私の事を受け入れてくれる友達ができるなんて、夢なんじゃないのか。

 私が一方的に仲良しだと思っているだけで、本当はただの親切でつきあってくれているだけなんじゃ――


「佑白」


 佑白は首をかしげる。


「どうしたの?」

「まさか。まさかだけどさ。佑白が犯人じゃないよね?」


 一瞬時が止まった気がした。

 佑白の目の色ががらりと変わったからだ。

 ブロウフレームの奥、暗い海色の瞳を見開く佑白。瞳に込められた力に、彼の本心が込められていた。


「なんで俺が、佐紅を困らせるようなことすると、」


 いつにない低く抑えた声音で早口で言うと、


「……思うの」


 熱くなった自分に気づいたかのように、小さく最後にいつもの声音で付け加えた。

 私が脅えた顔をしてしまったのか、瞳はいつもの凪の眼差しに戻っていた。

 佑白は気まずそうに唇を引き結び、視線を逸らした。


「ごめん」


 私は素直に謝罪を口にした。

 罪悪感と後悔が溢れて来る。

 ああ、こういうことを言うから、私は余計に友達ができないんだ。


「部長やみすずさんに何を言われたのか知らないけど、俺がノートを盗む理由なんてないでしょ」


 佑白は疲れ交じりに肩を竦める。

 彼も強い言い方をしたことに後悔しているようだった。


「疲れてるんだよ、佐紅。……もちろん、俺もだけど」

「そうだね……うん。次は講義だし、少しリラックスしてくる。本当にごめん」

「いいよ。じゃあ、また」


 笑顔で手を振り別れ、私は次の講義がある教室に滑り込む。

 大学は人が多い分、サークルの人間関係とまったく違う関係を教室で作れるので気楽だ。

 今日会うのが二回目のシアンが、教室に滑り込んだ私の顔をみて奇妙な顔をした。


「どーしたの、さっきめっちゃ機嫌よかったのに、すげー顔色じゃん」


 相変わらず美貌と口調のズレがひどい。

 なんだか悩んでいる自分が急に小さく見えて来る。

 へらりと笑うと、彼女はコンビニの袋から二つくっついたアイスを取り出した。


「ダルいときは甘いものっしょ。ほら、はんぶんこしよ」

「……ありがとう」


 綺麗なネイルが施された指からアイスを受け取る。

 食べるとチョコレート味のあどけない甘さがじんわりと染みて体がしびれるほど美味しい。

 ――それほど疲れていたということだ。

 講義が始まる前に急いで、スマートフォンから佑白に謝罪のメッセージを入れる。

 返事はすぐに帰ってきた。


『もういいよ。怒ってないから。佐紅は気にしすぎ。

 謝ってくれたんだからそれで終わり。ノートを見逃した俺も悪かったんだしね。

 気にし過ぎはある意味、無頓着より毒だよ。』


 優しさに思わず涙がにじみそうになる。

 疑うような馬鹿な私に、本当に佑白は優しい。

 

 たしかに――気にしすぎたから佑白に余計な事を言ってしまったのだから、気にしすぎは毒、間違いない。



---


 そしてアトラス・シトラスと出会った夜からもう、八日目になる。

 午前のまだ人が少ない喫茶麝香堂にて、カウンターに入った書生姿の佑白を前に私はうめいた。


「噂のせいで……調査しにくい。最悪…………」

「友達作っておかなかったことが裏目に出たね、佐紅」

「好きで友達少ないんじゃないし……」

「あっそ」


 彼の着物は微妙に毎日ローテーションで変化しているようで、女物ほどの華やかな違いはないものの日々目新しさを感じさせた。

 あまり着物に詳しくないのでわからないが、今日は紺に青みがかった灰色の袴を着ている。

 中のシャツは私物らしいデニムだ。


 昨日、部室で他の男子学生らが私の噂話をしているのを佑白が聞いていた。

 容疑者だという話に尾ひれが付き、より一層具体的なストーリーが出来上がっていた。


ここまでお読みいただき感謝です。

いつもブクマ・評価・ランキングクリックいただきありがとうございます!


また明日更新いたしますので、よろしくお願いいたします。

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