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立場を失う

 私は彼にノートを預け、そのまま講義へと向かった。

 そして講義の後は定例会議があるのを思い出し、私は教室についてすぐ役員全員にメッセージを送った。

 ノートが見つかったので佑白の居る部室に置いているという内容だ。


 全員に送り終えたあと私は大きく溜息を吐いて思い切り伸びる。

 ノートを持出騒ぎの犯人は不明のままだ。

 しかし見つかったのだからしつこく犯人捜しする必要はないだろう、きっと。

 個人情報流出の可能性なんて、私が一人で気を揉むには荷が重すぎる。


 徒労感を溜息で吐き出したところで、かわって胸いっぱいにアトラス・シトラスへの期待がふくらんでいく。

 ノートは見つかった。

 きっと連絡先は書いてある。もうすぐあの人に再開できる。

 よっぽど顔に出ていたのか、やってきたシアンが私を見るなりにやにや笑う。


「佐紅ー。どーしたんだよ。なんか機嫌よくない?」

「ふふふ。サークルの面倒事が、やっと解決しそうでさ」

「ああ、こないだ佑白くんと相談してた話? よかったじゃん」


 彼女は笑い、さっそく昨日観たテレビの話題を始める。

 私も一緒になって盛り上がる。盛り上がりながらふっと、佑白の声がよみがえってくる。


『そこまで神経質に隠れなくても別にいいんじゃないの』


 佑白の声に重なるように湧き上がるたくさんのさざめき声。


『ばらして結局どうすんの、黙ってりゃいいのに、迷惑考えないのかな?』

『今までずっとそういう目で観られてたとか、ちょっと引くわ』

『何で自習期間なのに、毎日学校きてるの?』

『あてつけじゃない――それとも、思い出作りってやつ?』


 目の前のシアンが、さらさらとした髪を揺らして首をかしげる。


「ん、どしたん? あたしの顔ぼーっと見ちゃって」

「ああ、なんでもないの。髪の毛綺麗だなと思って」

「まじ? みとれてたの? 嬉しい!」


 シアンは無邪気に歯を見せて笑う。

 それから彼女の使うシャンプーの話になり、講義が始まるまでの時間はあっという間だった。

 美味しいスイーツバイキング、昨日の長編ドラマ。

 大丈夫、今の私は甘ったるくて平和な会話を楽しめる。もう二度と失敗はしないから。


---


 定例会が始まる前、部室に戻った私に佑白が深刻な面持ちで私に近づいた。


「佐紅、ごめん」

「どうしたの」

「ノートが消えた」

「え」


 部長が準備を始めたので、私たちは指定の場所に戻る。

 部長も釈然としない苦い表情をしている。


「一週間ほど前から無断で持ち出しされていた名簿ノートが、今日の午前中に部室に返却されていた。しかし、定例会にふたたび部室から持ち出された」


 反射的に佑白を見ると、彼は力なく首を振る。部長は続けた。


「一度目は悪気ない持ち出しだと思っていたから、あまり大事にはしなかったけれど……二度目は確実に故意に無断持ち出しされたようだ。これからノートが見つかるまで、役員が部員の皆に質問をしに行くこともあると思うけれど、部の為にも協力してほしい」


 部長が話している間、私はノート持出事件(一回目)の日に部室にいたメンバーの顔色を見ていた。

 副部長とランラン、そしてみすずさん――副部長は唇を真一文字にしたまま身動き一つしない。

 ランランはわかりやすく、顔面蒼白になって下を向いたままだ。


 続いてみすずさんを見ると、彼女とばっちり視線がかち合う。

 彼女はすぐに視線はを逸らし、隣に立つ女友達にひそひそと耳打ちをする。

 その後こちらへ視線が向くことはなかった。なんてことないことのはずなのに、私の心臓が大きく脈打つ。静まれ。私は自分の体に言い聞かせ、浅く深呼吸を繰り返した。


 会議が終わった後、役員と佑白だけが残って輪を作る。

 副部長は酷い顔色をしていた。


「どうしてくれるんだ、斎灯!」

「申し訳ありません」


 神妙に頭を下げる佑白に副部長は更に声を荒げる。


「せっかく事が片付きそうだったのに、最上も最上だ、どうしてお前が肌身離さず持たなかった」

「それは俺が頼みました」

「どうして、そんな」

「最上が持ち出していれば、事情を知らない部員から『最上が無断持出した』と疑われかねません。今日は幸いにも定例会でしたし、部室に置いておくのが一番かと思いまして」

「盗まれといて一番もくそもあるか」

「斎灯をなじるのも結構ですけどね、副部長」


 前回事態を厳しく見るよう主張していた会計は、露骨に苛立った眼差しで副部長を睨む。


「噂によるとどうも、副部長がノート捜索を最上に丸投げしていたから斎灯が手伝っていたそうじゃないですか。偉そうに叱れる立場なんですか?」


 役員の視線を一斉に浴び、副部長は言葉を詰まらせる。


「誰から聞いたんだ、そんな根も葉もない」

「寝も葉もない、ねえ……」


 顔を真っ赤にして怒鳴る副部長を鼻白むと、会計は部長に向き直る。


「これからどうしますか」


 部長は私と佑白を見た。


「最上、斎灯は引き続きノート探しを。今回は二人だけに任せず、他の役員にも総出で働いてもらう」

「副部長は勿論、外すんですよね?」


 会計から露骨な揶揄を受け、副部長は露骨にそっぽを向く。

 他の役員らも口を出さないものの、明らかに呆れと諦めが混じった眼差しで副部長を見ている。

 書記――望月先輩がまあまあ、となだめた。


「まあ、こんなことになるなんて誰も思ってなかったでしょうし、喧嘩はもうやめにしましょう? 私たちが仲違いしても、ノートが出てくるわけでもないですし」


 にこやかに話しているだけなのに、先輩の声は刺々しくなった場の空気を容易く柔らかくほぐしてしまう。声に柔軟剤が入っているようだ。


「ね、部長?」

「起きてしまったことはしょうがないからな。月末のサークル委員会議までに見つけないと、それこそ会計が言うように廃部になる可能性だってある」


 サークル内での処理後ならまだしも、処理できないまま事件を委員会に正式に報告してしまえば、確実に今後のサークル活動に大きな制限が課せられる。


「役員は手分けして部員に聞き込みする。その結果は部長である俺と、最上に送ること。見つかるまでは昼休み、役員は出来る限りここに集合すること。集合できない者は事前に俺に連絡すること。いいね」


 あと、と部長は低く続ける。


「副部長にはこのあとじっくり話を聞かせてもらうから」


 俯いた副部長の体がこわばる。


「じゃあ、解散」


 副部長の件もあるので、役員は一斉に足早に会議室を出る。

 目が合った望月先輩が、私を応援するようにウインクしてくれた。


「あ、最上」


 不意に背中を部長に呼び止められ足を止める。


「どうしました?」


 しばらく逡巡する様子を見せたのち、部長は私に顔を寄せ、声を潜めた。


「役員は勿論、佐紅を信じているんだ。それを踏まえた上で話を聞いてほしいんだが」

「どうしました」

「どうも、部員の一部が佐紅を犯人だと噂しているらしい」

「え」


 とんでもない寝耳に水だった。

 ノートが無いからこそ、アトラス・シトラスを探すためにわざわざ捜索していたというのに、だ。


「どこで疑われるのかよく分かりませんけど……」


 困惑する私に「俺もわからないよ」部長は肩をすくめた。


「俺は否定しておいたけれど、噂が枷になって捜索しにくいときもあるかもしれない。気を付けろよ」


 何にどう気を付ければいいのか。

 途方にくれながら会議室を出れば、まだ十数人の部員が廊下でだらだらと立ち話をしていた。

 グループ群をよけながら階段まで歩いていると、ぱっとマカロンカラーの柔らかい色合いのグループが目に入る。みすずさんたちだった。

 目が合うと案の定、みすずさんはまるで何も目に映らなかったかのように目を逸らした。


 そのとき、景色が高校時代とオーバーラップする。

 私は嫌な予感を振り払うようにみすずさんに声をかけた。


「みすずさん。このあいだは話をきいてくれてありがとう」


「あ、ああ……」


 みすずさんは張り付いた苦笑いを向ける。他の女子が、窺うような視線で私を遠巻きにする。


「あのさ、佐紅さん」

「なに?」

「この間の質問は、犯人捜しだったんだ?」


更新が遅れて申し訳ありません;


ここまでお読みいただき感謝です。

いつもブクマ・評価・ランキングクリックいただきありがとうございます!

また12/28内に更新いたしますので、よろしくお願いいたします。

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