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既読:みすずさんの件よろしくね。でも手は出しちゃだめだよ!お願いだから!!

 講義を終え、チャイムと同時に私とシアンは大きく伸びる。

 一日で最後の講義のためか学生たちは終了後も教室に溜まらず、自然と駆け足で教室を出て行く。

 このままサークル活動に向かったりバイトに行ったりそれぞれ忙しいのだろう。

 茶髪に鮮やかな服に、大学生はみんな冬でも明るい色をしている。

 暗くて重たい制服と、無機質なリクルートスーツの狭間の束の間の春なのだろうか。


 私も早く帰ろうと、筆記用具を詰めているとスマートフォンが震える。

 佑白からメッセージだ。


『みすずと少し話したよ。その件に関してこれから喫茶店で話せる?』

『もちろん!』


 私はすぐに返信し、コートを着て立ち上がる。

 シアンが話しかけてきた。


「佐紅、これから用事ある? 暇なら一緒につまみ食いして帰ろーよ」


 小首をかしげるシアンを彩るように、長くて綺麗な髪が華奢な肩を滑る。

 今日の彼女の装いは、真っ白でふわふわのニットワンピースにピンクのコート。

 目の前でにっこり笑っているのに、周到な画像加工を施した誰よりも可愛い。


 ――しかし。

 私は顔の前でパン、と両手を合わせた。


「ごめん。今佑白から呼び出し受けちゃって。大事な話があるから」

「え、佑白っち?」


 佑白の名前が出た途端、シアンの表情がぱっと明るくなる。

 しまった、と思ったが遅かった。


「デート? デートじゃないならあたしも行きたい!」

「ごめん、今回はどうしても無理なの」

「えー」


 私は拝むように合掌して詫びる。


「サークル部内の面倒事の打ち合わせだから。ほんとごめん」


 ノート犯人捜しがなくとも、なるべく佑白とシアンは会わせたくないのが本音だったが。

 断って不快な思いをさせたらどうしよう。

 ひやひやとしながら恐る恐る目を開けて顔を伺えば、シアンはあっさりと了承してくれた。

 指でおっけーを作ってにっこり笑う。


「おーけーおーけー、いっそがしいんだし、しょーがないよ」

「まあね……」

「んじゃ、三人で今度遊ぼうね。佑白っちによろしく!」

「ほんとごめん! ありがとう!」


 恐縮しながらシアンと別れた後、私はすぐに喫茶麝香堂まで向かった。


---


 夜の喫茶・麝香堂は特に綺麗だ。

 店内に入らずとも、店の窓辺を彩るステンドグラスが七色に光る様子は、窓越しにもとても美しい。

 照明を落とし気味にした店内は喫茶店としては少々ほの暗いので、一見小さなバーのようだ。


 佑白は今夜も書生姿で働いていた。

 彼は皿を磨きながら、ビームヒーターで沸騰する珈琲に細やかに意識を向けている。

 マスターは奥に引っ込んでいるらしい。


 私は店内に入るとカウンターに座り、ホットの黒糖ラテを注文した。

 手際よく用意する佑白から受け取りながら、私は声を落としぎみに話しかけた。


「佑白ってバイトなんだよね。それにしちゃ、すごく任されてない?」

「まあ、長いからね」


 店内では仕事帰りの会社員やカップルが、ジャズのBGMで密やかに言葉を交わしている。


「店員さん、いいかしら」


 時折、テーブル席に座ったマダムが佑白を呼び、小さなささやき声で何かを頼む。


「――かしこまりました」


 佑白の低い声が小さく聞こえた。

 彼の背中を縁取る着物の独特のラインが、幾つもの間接照明を受けてとろりとした影を描いている。

 佑白が動くたび、袴の折り目も襷に締められた袖の皺も、まるで計算した魅力のように美しく動く。

 遠目から見るだけの佑白は純粋に鑑賞物として好きだ。

 彼の働く様子を見ていると頭の中に作品の構想が浮かんでくる。


 事務処理を済ませるマスターに代わってカウンターに立つ佑白はタイミングを見計らい、小声で私に今日の首尾を伝えた。


「みすずの件だけど、問題なく聞き込みできたよ」

「そ、そうなの……?」

「佐紅の聞き方が悪かったんじゃない?」

 みすずさんのあの日の頑なさは何だったのか。脱力したまま私は続きに耳を傾けた。


「ノートに関しては、朝からフックに無かったような気がするってさ」

「ふむ」

「でもどうだろうね、信用できるかと言えば微妙かな」

「どうして?」

「ノートにつけられてた紐、安いプレゼントに結んであるようなピンクの紐だったじゃない。なのに話を聞いてる限りではどうもそれも知らない感じだったから」

「まあ、あまりサークル活動興味なさそうだしね……」


 みすずさんも私たちと同じ二年だが、彼女は映像制作に関しては興味が無いらしく、ほぼエキストラ出演しかしていない。

 映像制作サークルとはいえ熱意は一枚岩ではない。

 映像制作に本腰を入れる部員が4割として、残りの6割は「映画が好きだから入部した」程度のライトな部員だ。

  本気の製作者ばかりが入ってしまえば部内で衝突が増えるのは必至なので、彼女たちのような和やかな存在も大切なサークルの構成員といえる。


「ノートについては分からなかったけど、代わりにアトラス・シトラス捜索については、喜んで協力してくれたよ」

「マジで!?」

「女友達を色々当たってくれるってさ。さっそく女友達たちにメッセージで聞いてみてくれたんだけど――とりあえず現時点ではいい情報は入ってきてないみたい」

「す、すごいね……」


 佑白がさらりと話したことに、思わず私は顔をあげる。


「ん、まって。メッセージ?」

「うん」

「佑白、ラインのID教えてあげたの?」

「まさか」


 佑白は凪いだ眼差しで否定する。


「バイト前に偶然あったから、立ち話で現状報告を受けただけ。その後の首尾については、後日学食でも食べながら結果報告してもらう約束にしてる」

「だよね……」


 彼は最低限の連絡用にしかスマートフォンを使わない。

 しかもネット回線に至っては、Wi-Fiがなければ一切つながらないという徹底ぶりだ。

 それで現代の大学生をよくやれるなと思うが、バイト先のWi-Fiや学内Wi-Fiさえあれば十分だそうで。

 女子との面倒が多い彼は、特定の友人や最低限の人間関係としか連絡を取らないようにしているらしい。


 ――佑白の連絡先という牙城をみすずさんが打ち崩した訳ではなかったらしい。

 しかしちゃっかり、彼女は佑白のランチを取り付けている。つまり、


「また狙われてるのね」

「どうだろうね。知らない。――でも、」


 佑白は雑な返事をしながら、拭いていた皿を棚へと戻す。

 背中で結ばれた蝶々結びの襷がひらりと揺れる。


「いきなり夜誘うわけでもないし、頭は悪くないんじゃない?」

「……その言い方」


 普通なら「何を言ってるんだこいつ」と思われる発言だ。

 だが事実、佑白は女子に夜の食事を誘われることがものすごく多い。


「君がごちそうしてくれるなら、どこにでもいくよ」


 甘い言葉と笑顔一つで、女子大生の財布が開く。そういう男だ。

 しかしこういうときは、本当に頼りになる。


「……とにかく。みすずさんや女の子の情報は佑白に任せるね。私友達いないから佑白に頼るしかないの」

「友達はちゃんと作りなよ」


 振り返った佑白は口の端で小さく笑う。


「女の子は横のつながりを大事にできないと生きるのに苦労するよ」

「……もう苦労してるよ」


 口元で笑いながら、その目は嘲笑に近い。見透かしいても敢えて見ない振りをしているような、そんな含みのある黒々とした佑白の眼差し。

 この男のこういう眼差しは、こういうとき余計に嫌味だ。

 私はあったかくて美味しい黒糖ラテを飲みながら苦々しく思う。


「佑白。みすずさんに手をだしちゃだめだからね」

「だめ?」

「駄目に決まってるでしょ。部内の人間関係が面倒なことになるから、絶対だめ」

「今までの所平和だよ?」

「そういう問題じゃないの。サークルクラッシャーになりたいの?」

「……まあ、一応頭には入れておくよ、うん」


 信用できない曖昧な返事をして、佑白は着替えるために奥へと引っ込んだ。

 バイト上がりの時間だ。

ここまでお読みいただき感謝です。

いつもブクマ・評価・ランキングクリックいただきありがとうございます!


また明日更新いたしますので、よろしくお願いいたします。

良いクリスマスイブイブをお過ごしください!

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