既読:好きで一緒になったカップルなのに、決定的な亀裂が入ってるのを見るのはちょっとつらい。
私とランランは立ちあがって挨拶した。
「副部長も来てくださったんですか」
副部長はむっつりとした顔で、望月先輩を顎で示す。
「こいつがどうしてもって言うからな」
「二人で思い出したほうが、きっとしっかり思い出せると思ってついてきてもらったの。最上さん、あの日撮影に来ていた人を探しているのよね?」
「はい。よろしくお願いします」
先輩はテーブルに着くと、売店で買ったらしいカフェラテを取り出した。
ストローを食んだ唇がピンクのグロスで柔らかそうだ。
副部長は何も口にせず腕を組んで座った。
二人に向かい私は話を切り出した。
「副部長の作品を撮った日にいたエキストラについて、もう一度確かめたいんです」
「だから、俺が話したろう。覚えてないって」
露骨に嫌な顔をする副部長を望月先輩はまあまあ、となだめてくれた。
「少しくらい付き合ってあげましょうよ。ね?」
こちらを安心させるように望月先輩は微笑む。
私は話を切り出した。
「副部長作品の撮影でランランが見たらしいんです。私が探している女性に似た人を」
「どんなひと?」
先輩は髪をかき上げ、ランランにゆったり視線を移す。
仏頂面の副部長と目を合わせないようにしながら、貴重な証言者は身振り手振りを交えて説明した。
「髪の毛がこれくらいのショートで、華奢なお姉さんです。黒っぽい服を着た。えっと、ちょうど主人公――副部長が屋上で叫ぶラストシーンの撮影の日にいました」
カフェラテを飲みながら、緊張症なランランが話しやすいように、望月先輩は柔らかくうんうん、と相槌を打ってあげている。
聞き上手な先輩のおかげか、次第にランランの言葉の滑りが良くなってきた。
「副部長の雄叫びに合わせて、一斉にエキストラを校舎の近くにぎゅうぎゅう集めて撮った時です。カメラに映らない位置まで下がっていた女性がいたんですけれど、覚えてらっしゃいませんか。屋上から見てかなり目立っていたと思うんですけど……」
「俺はエキストラの社会人全員に名刺を配ったが、そんな人いなかったぞ」
半ば威圧的に副部長が否定した。
それでもランランは弱弱しい声で続けた。
「す、すみません。撮影終了して副部長が名刺交換されていたときは、もういらっしゃらなかった……です。はい」
「つまり、彼と私と君が降りた頃には、彼女は帰ってたってことね」
丁寧に確認する望月先輩にランランは頷く。
「そうねえ……ちょっとまってね、思い出すから」
「思い出すまでもないだろう」
自分の主張を無視されているようで嫌なのだろうか、副部長はご機嫌斜めだ。
しばらくストローを唇で弄んで考えていた望月先輩は、はっと弾かれるように目を大きくした。
「あ、ああ! いたわ」
言いながら、むっつりとした副部長のスーツの袖を引っ張る。
「いたわよ。ずっと参加する気がなさそうに立って眺めてた女の人。私がカメラを向けたら、顔を隠すようにして逃げていたわ」
「俺は思い出せないな。役柄に夢中だったからだろう」
副部長は頑なだった。
望月先輩は私たちに向かって申し訳なさそうな苦笑いを作る。
私は望月先輩に言った。
「私、その女性にもう一度会いたいんです。でも名前も連絡先も、どういう縁でエキストラ出演しにきた人なのかも知らなくて。望月先輩は何か見ませんでしたか。例えば彼女が誰かと話してたとか、撮影の日以外に見たとか」
彼女はカフェラテを飲みながらしばらく遠い目をする。
真摯に何かを思い出そうとしてくれている彼女の隣で、副部長は貧乏ゆすりを始めた。
後輩と彼女の手前、トイレを我慢してむずがるような、率直な不快感が一刻ごとに増しているような気配だ。
「力になりたいけど……」
結局、望月先輩はゆるく横に首を振るだけに終わった。
「私が思い出せるのは撮影から逃げていたところだけね。それもランラン君に言われて思い出したくらいだし……」
「あんまり油を売ってる暇はないぞ」
副部長が口を挟む。隣でランランが脅えているのが分かる。
「お忙しい所すみません」
頭を下げて私が言うと、副部長はわざとらしく溜息を吐く。
機嫌が相当悪い。
「行きましょうか。思いつめたから頭が働くって訳でもないし」
潮時と読んだのか、望月先輩はコートを片手に立ち上がる。
「ごめんね、力になれなくて」
副部長は「じゃあ、お疲れさん」とおざなりに言いのこし、足早にカフェテリアを出る。
「ああ、義隆くん待ってよ」
コートを着るのに手間取る振りをして時間を稼ぎ、望月先輩は私たちに向かって小声で謝った。
「ごめんね」
おいたをした子供の粗相を詫びる母のように、声音に呆れと諦めが混じった謝罪だった。
「いえ、私の方こそ、お忙しい時にお呼びしちゃって申し訳ありません」
「義隆くん――副部長ね」
望月先輩の表情がかげる。
「あの撮影の日、エキストラの人に難癖付けられたみたいで。よっぽど言われたくないこと指摘されちゃったのかしら」
私は昨日、副部長と話をした時を思い出す。
言われれば確かに、早く話を切り上げたくて堪らない様子だったように思えた。
ランランが声をひそめた。
「どんな難癖なんですか?」
「義隆くん、バカみたいに青臭い作品作るでしょ。その辺をエキストラの人に、鼻で笑われたらしくて。本当のこと言われて怒るなんてまだまだよね。……まあ、他にも色々面白くないことがあるみたいで、最近バカみたいに不機嫌」
言葉尻になるにつれて、望月先輩の目が遠くなる。
リクルートスーツの肩をいからせて外に出た恋人の背中を見つめながら、表情に乗せた『先輩としての顔』がふっと消えた。
「ほんと、ガキなんだから」
厳しい双眸に熱はない。
ただ感情のこもらない残酷で冷たい表情が、ほんの一言に凝縮されていた。
すぐに先輩の顔は戻る。
申し訳なさそうに眉尻を下げ、私たちへ微笑んだ。
「力になれなくてごめんね。なにか思い出したら佐紅ちゃんにメッセージするわね」
「ありがとうございました」
「あの人が不愉快な思いさせてごめんね。二人とも頑張ってね」
私たちを励ました後、先輩は小走りで出口に待つ副部長の元へ向かう。
二人の姿が完全に見えなくなった頃、示し合わせるまでもなく私とランランは自然と顔を見合わせる。
「二人とも、なんだかちょっと怖かったですね」
「……まあ、色々あるんじゃないのかなあ」
「ずっとイライラしてた副部長もですけど……その、」
言い難そうに言葉を濁す彼に、私は同意を込めて頷いてやる。
「わかるわ」
無意識に、望月先輩の笑顔に懐かしい笑顔を重ねた。
――私が告白した同級生。
風に乱れるセーラー服を押さえながら、優しく受け止めてくれた笑顔の底に一旦しまいこまれた本音。
舞い上がらせて十分な高度から突き落とすために、すぐには気づかせない柔らかな死刑宣告――
「まあ、今日たまたま機嫌が悪かっただけかもしれないし、気にしてもしょうがないよ」
男女のいざこざは見ない振りをするのが一番だ。
気を取り直すように立ち上がり、私はカフェテリアのパックジュースを二人分買う。
地方物産コーナーの限定みかんジュースだ。
ランランに渡すと、恐縮しつつ嬉しそうに受け取ってくれた。
「ねえ、そういえばなんで私は平気なの?」
「へ?」
「女子と話すの苦手なんでしょ?」
ランランが思い出したように私を直視する。
数寸遅れて、彼は気まずそうにぎこちなく視線をさまよわせる。
「先輩はなんというか、その、あんまり怖くない感じですし。なんかこう、ちょっと僕と似てる感じがしますし、あ、もちろん僕が勝手に思ってるだけなんですけど」
つまり女として見られていないらしい。
顔を直視して気づいたが、いよいよランランの顔色が悪くなっている事に気づいた。
ジュースを持った手が震えている。
「大丈夫? 医務室行ったほうがいいんじゃない?」
「すみません、先輩。帰って寝るので大丈夫です」
ランランは手早く荷物をまとめ目元をぬぐう。
目が赤いのは体調不良の為ではないのだと悟る。
私は気づかない振りを決めこみ、意識してカラッとした笑顔を作る。
「付き合ってくれてありがとう。助かったよ」
挨拶して荷物を抱えカフェテリアを去ろうとしたランランが、不意に立ち止まり私を振り返った。
「先輩はどうして、その人を探しているんですか?」
「ちょっと会いたい人なんだ、その人。でも名前も何も知らなくって」
少し間を置いて付け加える。
「……変かな」
ランランは首を横に振った。
「気持ち、僕も分かります。……それじゃあ」
「うん、おつかれ」
見送って一人残り、私はゆっくりとパックジュースを飲む。
カフェテリアも昼が近づき学生が続々と集まってきた。
想像よりも酸味が強いみかんジュースを飲みながら、ランランが泣かずに家まで帰れることを祈った。
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