2.やらなければならないこと
蘭樹に連れられ、彼女達が通されたのは軍議の間だった。
彼が招集をかけ、桜樹軍の重鎮がずらりと顔を揃える。
「……といった具合です。レデュエータへ向けて嶺禅の増援が向かったとなれば、我が国に救援要請が来るのも時間の問題でしょう」
ルシェから得た情報を説明すると、場違いにしか見えない少年が一つ頷いた。
「夜の内に全ての準備を整えさせましょう。早ければ七日で船が着くはずです」
細く柔らかな白い髪のその子供はそう発言する。
「ええ、お願いします冬嵐。当日の後方部隊の指揮は貴方に任せて良いですね?」
「はい! この冬嵐、必ずやお力になってみせましょう」
まだ十歳程にしか見えないこの少年に指揮を任せるとは、とティエラ達は内心大きく驚いた。
すると、彼女達の様子に気が付いた冬嵐が蘭樹に目配せした。ああ、と蘭樹は小さく笑い言う。
「紹介致しますね。彼は糸魚川冬嵐。我が軍期待の軍師なのです」
「ぐ、軍師? まだこんなに小さい子が、ですか……?」
「お初にお目にかかります、紫乃様。先月より正式に軍師として所属になりました、冬嵐と申します。見た目はこんな子供ですが、本来の僕は二十代なんですよ」
「に、二十……!?」
翡翠色の瞳を優しく向けながら、彼ははにかんだ。
「昔、古代の呪いを受けて成長が止まってしまったのです。中身は普通の男ですから、この外見を活かした策略で必ずや勝利に導いてみせますよ」
「え、ええ。頼りにしているわ」
──この外見で私より歳上……
成長を止めてしまう呪いがあるとは初耳だったが、彼のこの落ち着き様を見るにそれは真実なのだろう。
明け方近くまで続いた軍議の末、作戦の大筋が決まった。蘭樹は船で三万の兵を率い、レデュエータへと向かうことになった。
援軍として駆け付ける旨を記した書簡はティエラと乱麻が、ルシェの転移能力でロディオスへと届ける。レイとマリシャ、リリシャは蘭樹達の船で後から合流することで纏まった。
昼には出港出来るということで、ティエラ達は空が明るくなってきた頃、準備を整える為屋敷に戻って来た。
「ちょっとー!」
屋敷に帰ると、門の前で待ち構えていたライラがぷりぷりと怒りながら、ずんずんと近付いて来た。
「何でみんな急に居なくなっちゃったのよー! わたしがライムちゃんとお散歩に行ってる間にお城に行っちゃったって梅さんに聞いて、ずっと待ってたんだからね!?」
「ごめんなさいライラ。あなたもその場に居れば一緒に来てもらいたかったのだけれど……」
「……って、何でルシェさんがこんな所に?」
「訳なら説明してやるから、さっさと荷物を纏めるぞ」
事情を知らないとはいえ、あまりにもいつも通りの様子のライラに呆れてしまう乱麻。そのまま彼女の横を素通りして玄関へと歩いていく彼に続いて、レイとルシェがついて行く。
「な、何なのよ……何か嫌な感じのことでもあったの?」
どことなく疲れた様子の乱麻達を見て、瞳に不安の色を見せるライラ。
食事の用意に向かった双子を除き、ティエラは政春と波音も呼んで全員を広間に集めた。
これからレデュエータの国境近くへ向かうことや、嶺禅国が戦力を増やしたことを伝えると、二人の顔が曇った。
「そうか……遂にそんな事態になってしまったんだね」
「昼にはあちらへ向かいます。しばらく戻って来れませんが、どうかお許し下さい」
「緊急事態だもの。きっとレデュエータ王国はあなたの力を必要としているはずよ」
「無事で戻って来てくれれば構わないよ。紫乃だけじゃなく、君達全員がね。お兄さんに宜しく頼むよ」
「はい」
ティエラは力強く頷く。
すると、隣に座っていたライラが彼女の着物の袖をちょんちょんと引っ張った。
「どうしたの、ライラ?」
「あの……ね。わ、わたしも、みんなと一緒に行って良い? こんな状況だし、ついこの間まで居た場所が危険なことになってるなんて落ち着けないし……! それに何より、ティエラが行くならわたしも行く! どこにだってついてくもん!」
縋るように叫んだライラに、ティエラはその小さな手にそっと手を重ねる。
「勿論よライラ。あなたの魔法、そしてライム達も頼りにしているわよ」
「ティエラ……!」
「むしろ、私の方からついて来てくれないかお願いしようと思っていたんだもの。蘭樹陛下に頼んでみるわ」
「ありがとうっ! わたし頑張るわ!」
そのまま朝食を済ませた後、マリシャからライラも同行させたいと要望を出すとすぐに許可が下り、船が出る正午までにティエラと乱麻は魂集武具の調整の為、以前世話になったあの店へ足を運ぶことにした。
そして他に必要な物を揃える為、ライラとレイとルシェは買い出しに行くことになった。
「行くわよレイ! メモはちゃんと持ってるわよね?」
「え? 乱麻殿から渡されたあれはライラ殿が預かっているのでは?」
「わたしじゃないわよ!」
「メモなら私が預かっていますから、早く買い物に向かいますよ。遅刻なんて恥ずかしい真似は出来ませんからね」




