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転生準備し過ぎて死ねない件 ~異世界転生せずに、駅前の英雄になってた~  作者: ななよん


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2/5

第2/13話 刃物系イベントは台詞選びが重要

挿絵(By みてみん)

 異世界転生チャンスは、そう簡単には訪れない。


 それは俺も理解している。


 トラック、火災、水難事故、通り魔、土砂崩れ、エレベーター落下、謎の発光現象、古代遺跡での転移事故。


 どれも条件が揃えばチャンスになる。


これを俺は異世界の種と呼んでいる。


 ならば、チャンスに出会えなかった時間をどう使うべきか。


 答えは簡単だ。


 自らからを鍛える。これが一番だ。


 朝五時半。


 俺は住宅街を軽く走っていた。


 背中には非常用装備を詰めたリュック。中身は水、携帯食、救急セット、簡易ライト、ホイッスル、ロープ、手袋、携帯浄水器、折り畳みナイフ、アルミブランケット、モバイルバッテリー、その他もろもろ。


 突然、森や荒野や無人島へ異世界転移しても、最低限生き延びられる構成である。


 もちろん現世の災害時にも役立つ。


 つまり無駄がない。


 走りながら、軽く拳を出す。


 ジャブ、ジャブ、ストレート。


 通学路の死角を確認し、用水路の柵を見て、古いブロック塀の傾きを目に入れる。


 歩道橋では周囲を見渡し、交通量と人の流れを把握する。


 これは近所のパトロールではない。


 断じて違う。


 転生イベントの発生予測地点を重点的に巡回しつつ、異世界用の身体能力を維持しているだけだ。


 ただ、近所の人間からはそう見えないらしい。


「おはようございます。今日も早いですねえ」


 犬の散歩をしている老人が、にこにこと頭を下げてくる。


「おはようございます」


 俺は速度を落とし、軽く会釈した。


「この前も、そこの交差点で自転車の子を助けてたでしょう。いつもありがとうございます」


「たまたま通りかかっただけです」


「いやいや、なかなかできることじゃありませんよ」


 老人は感心したように頷いた。


 違う。


 感謝されるようなことではない。


 転生チャンスの発生しやすい地点を探しているだけだ。


 しかし、それを説明するわけにはいかない。


 俺は曖昧に笑って、再び走り出した。


 今日も平和だ。


 「チッ」


 もっと世界は危険に溢れていても、良いのでは?


 トラックは先日失敗したばかりだから、今なら別系統が望ましい。


 火災なら火属性ルート。


 水難なら水属性適性。


 落下物から子どもを庇うパターンなら守護者系。


 そして、刃物。


 通り魔による刺殺系イベント。


 これは、かなり奥が深い。


 ただ刺されればいいわけではない。


 刺される位置、庇う対象、倒れる方向、死に際の台詞。


 すべてが転生後の初期ビルドに関わる可能性がある。人気の資料でもここで発した言葉で初期ビルドが完成している例があるのだ。


 たとえば背中から刺されるパターン。


 女性や子どもを庇い、背中で刃を受ける。


 自己犠牲ポイントは高い。守護騎士、盾職、聖騎士ルートなんかが期待できる。


 悪くはない。


 だが、本命ではない。


 正面から腹部を刺されるパターン。


 恐怖に背を向けず、刃を真正面から受け止める。


 勇気、不屈、正面突破、剣聖、勇者適性。


 こちらのほうが、俺の理想に近い。


 さらに重要なのは、その後だ。


 刺されて終わりでは弱い。


 致命傷を負い、動かない身体を引きずりながら、それでも救うべき人の前に立ち、最後の力で通り魔を倒す。


 そこまでやって初めて、女神面接で「この者には勇者の資質があります」となる...はずだ。


 そして死に際の台詞。


 これが難しい。


 逃げろ。君だけは、生きてくれ。


 これは守護者系に寄りすぎる。


 俺は倒れない。誰かを救えるなら、何度でも立ち上がる。


 不屈と自動回復は狙えるが、剣術補正が薄い。


 見える。まだ救える道があるなら、俺はそこへ手を伸ばす。


 鑑定、未来視、危機察知、救助補正。


 万能型としてはかなり良い。


 だが、刺されて意識が遠のくなかで、噛まずに言えるだろうか?


 そこが問題だった。


 要練習だな。


 俺は小さく頷いた。


 そのときだった。


「きゃああああああ!」


 駅前の空気を、鋭い悲鳴が裂いた。


 俺は反射的に振り向く。


 歩道の先。


 人混みが割れていた。


 若い女性が尻もちをつき、その数メートル先に男が立っている。


 乱れた髪。


 血走った目。


 右手に握られた、鈍く光る包丁。


 世界が、静かになった。


 通り魔。


 刃物。


 女性。


 駅前。


 朝。


 人混み。


 逃げ惑う群衆。


 条件が揃っていた。


 あまりにも、綺麗に揃っていた。


 俺の心臓が、静かに跳ねる。


 このシチュエーション。


 この風景。


 このタイミング。


 くっ、まだセリフの練習が出来ていないが、仕方ない!!


 俺は顔には出さず、地面を蹴った。


 周囲の悲鳴がさらに大きくなる。


 俺は女性と男の間へ飛び込んだ。


 まずは女性を庇う。


 男の突進速度、包丁の握り、刃の角度。


 狙いは胴体。


 よし。


 このまま背中を向ければ、腰の少し上あたりを刺される。


「下がってください」


 俺は女性へ短く告げ、彼女の前に立った。


 背中を男へ向ける。


 女性が息を呑む気配がした。


 男の足音が迫る。


 刃が来る。


 背中刺されパターン。


 成功。


 そう思った瞬間、俺の脳裏に電流が走った。


 待て。


 背中ではない。


 背中刺されは盾職寄りだ。


 俺の本命は勇者、剣聖、魔法剣士、万能型主人公。


 ならば正面だ。


 正面から腹部。


 恐怖から逃げず、刃を受け止める構図。


 さらに刺されたあと、動かない身体を引きずって犯人を倒す。


 それだ。


 それが理想形だ。


 俺は急いで振り向いた。


 その瞬間。


 ぐしゃっ。


 右肘に、嫌な感触があった。


「ぐぼぁっ!」


 通り魔の顎が跳ね上がった。


 俺はただ、刺される向きを修正しようとしただけだった。


 だが、半身から正面へ戻る動き。


 腰の回転。


 踏み込み。


 相手の突進速度。


 それらが奇跡的に噛み合い、俺の右肘は完璧なカウンターとして男の顎を撃ち抜いていた。


 男の身体が宙に浮く。


 足が地面から離れ、肩から半回転。


 きりもみするように吹っ飛び、歩道に転がった。


 包丁が男の手から離れ、金属音を立ててどこかへ滑っていく。


 静寂。


 次の瞬間、駅前が歓声に包まれた。


「うわっ!」


「今の何だよ!」


「倒したぞ!」


「すげえ……」


「大丈夫ですか!」


 違う。


 違うのだ。


 俺は口を開けたまま、倒れた男を見下ろした。


 刺されていない。


 血も出ていない。


 痛みもない。


 女神も来ない。


 やっちまった。


 俺は内心で頭を抱えた。


 近くにいた女子高生が、感動したように呟く。


「自分のことより、犯人を倒しちゃったことにショック受けてる……優しいんだ」


 違う。


 そうじゃない。


 いや、犯人を倒したことにショックを受けているのは合っている。


 合っているが、理由が違う。


 だが、まだだ。


 まだ終わっていない。


 男は倒れたが、完全に無力化されたとは限らない。


 包丁がある。


 包丁さえあれば、第二次刺殺チャンスが残っている。


 俺は倒れた男へ走った。


「まだ動くかもしれません。離れてください」


 周囲にそう告げながら、男の右手を見る。


 ない。


 包丁がない。


 どこだ。


 刃物はどこだ。


「あの人、包丁を探してる!」


「離れろ、危ないぞ!」


「警察呼んだ!?」


「今呼んでる!」


 違う。


 冷静ではない。


 かなり焦っている。


 俺は視線を走らせた。


 あった。


 倒れた男を跨いだ先。


 街路樹の根元近くに、包丁が転がっている。


 刃が朝日に光っていた。


 俺は男の向こう側へ行こうとした。


 包丁を確保する。


 そう見えるだろう。


 実際には少し違う。


 犯人がもう一度起き上がり、包丁を拾う可能性を残すため、俺は位置取りを調整しようとしていた。


 頼む。


 起きろ。


 包丁を拾え。


 そして今度こそ正面から来い。


 腹だ。


 腹部を狙え。こう両手で支えて腰だめに真っ直ぐだ。


 俺は心の中で祈りながら、男の身体を跨ごうとした。


 その瞬間。


「う、ぐ……」


 男が上半身を起こした。


 完璧なタイミングだった。


 完璧すぎた。


 俺が上げた右膝の軌道上に、男の左頬が入ってきた。


 べぎゃっ。


 鈍い音がした。


 男の顔が真横へ弾ける。


 首がしなり、身体がもう一度地面へ沈む。


 今度は完全に動かなくなった。


 俺は片足を上げたまま固まった。


 違う。


 これは違う。


 誰も聞いていない。


 周囲は一拍遅れて騒ぎ出した。


「うわっ、また入ったぞ!」


「すげえ……」


「犯人、動かないぞ!」


「下がって! まだ危ないかもしれない!」


「警察! 警察呼んで!」


「もう来てる! みんな離れて!」


 そのざわめきの中で、誰かがぽつりと呟いた。


「手応えから、まだ動くのを予想してたんだ」


 違う。


 俺は、犯人にもう一度チャンスを与えようとしただけだ。


 そのための位置取りだった。


 決して、起き上がりを膝で狙ったわけではない。


「私を、守るために……」


 背後から、震える声がした。


 さっきの女性が、涙目で俺を見ていた。


「ありがとうございます。本当に、ありがとうございます……!」


「いえ」


 俺は反射的に否定しかけて、口を閉じた。


 説明できない。


 俺は言葉を選んだ。


「まだ危険が残っていると思っただけです。あなたが無事でよかった」


 女性の目に、さらに涙が溜まった。


「そんな……ご自分は一歩も退かなかったのに……」


 違う。


 退かなかったのではない。


 刺される位置を探していた。


 しかし、それは言えない。


 やがて警察が到着した。


 男は救急車で運ばれた。


 顎と頬に深刻なダメージがあるらしいが、命に別状はないという。


 通り魔としては未遂。


 俺としては、転生も未遂。


 完全な痛み分けである。


 いや、俺だけが負けている。


 事情聴取は長引いた。


 警察官は防犯カメラの映像を確認しながら、何度も俺を見た。


「あなた、格闘技か何かを?」


「多少は」


「多少で、ああはなりませんよ」


「たまたまです」


「たまたま肘が顎に入り、たまたま膝が頬に?」


「はい」


 警察官は黙った。


 かなり疑われている。


 だが事実である。


 俺は刺されようとして、たまたま二回とも犯人を倒しただけだ。


「犯人へ向かっていった理由は?」


「まだ刃物が残っている可能性があったので」


 これは嘘ではない。


「危険だとは思わなかったんですか」


「危険だとは思いました」


 むしろ、危険でなければ困る。


 しかし、それも言えない。


 警察官は小さく息を吐いた。


「あなたがいなければ、被害はもっと広がっていたと思います」


「いえ。自分は、できることをしただけです」


 現世でできることはした。


 異世界へ行くことはできなかった。


 その日の夜。


 俺は自宅で《異世界転生失敗反省会》を開いた。


 机の上にはノートパソコン。


 画面には、駅前の防犯カメラ映像。


 ニュース番組が流した映像も保存済みだ。


 俺は自分の動きを何度も見返した。


 背中を向ける。


 振り向く。


 右肘が入る。


 犯人が飛ぶ。


 包丁を探す。


 跨ぐ。


 膝が入る。


 犯人が沈む。


「敗因は、迷いだ」


 俺はホワイトボードに書いた。


『背中刺されパターンと正面刺されパターンで迷った』


 これがすべてだった。


 最初から正面腹部で受けると決めていれば、右肘カウンターは発生しなかった。


 さらに、死に際の台詞も未完成だった。


 もし予定通り刺されていたとして、咄嗟に何を言えたか。


 せいぜい「危ない」か「逃げろ」だろう。


 台詞が弱過ぎる......。


 序盤は《危機察知》や《庇護》で乗り切れるかもしれない。


 しかし中盤以降、火力不足で詰む未来しか見えない。


 刃物系イベントでは、刺され方だけでなく、死に際の台詞が初期ビルドに直結する可能性がある。


『俺は倒れない。誰かを救えるなら、何度でも立ち上がる』


 不屈、自動回復、限界突破。


『この刃が届く限り、誰も傷つけさせない』


 剣術補正、間合い把握、迎撃。


 かなり良い。だが、銃刀法違反だな。


『見える……まだ救える道があるなら、俺はそこへ手を伸ばす』


 鑑定、未来視、危機察知、救助補正。


 万能型。


 俺は腕を組んだ。


 うーん、どれもちょっと違うなぁ。


 刺された直後に言えるかどうか問題もある。


 腹を刺され、出血し、呼吸が浅くなり、意識が遠のく。


 その状態で自然に言える長さでなければならない。


 欲張ってはいけない。


 俺は反省ノートを開いた。


 今回の結論を書く。


『刃物系イベント発生時は、最初から正面腹部を選択』


『刺されたあとは倒れず、動かない身体を引きずって犯人を制圧』


『死に際の台詞は、万能型を基本とする』


 最後に、赤ペンで大きく書いた。


『振り向くとき、肘を畳む』


 これが重要だ。


 肘が出るからいけない。


 膝も不用意に上げてはいけない。


 刺されるためには、刺される技術が必要なのだ。


 俺は椅子にもたれ、天井を見上げた。


 今日も女神は来なかった。


 魔法陣も出なかった。


 代わりに、スマホが震えた。


『駅前通り魔を一撃制圧 男児救助の会社員か』


『またも名乗らず 被害女性「命の恩人です」』


『ネットで話題 駅前の英雄、今度は通り魔から女性救う』


 俺はスマホを伏せた。


「違うんだよなあ…」


 深く息を吐く。


 だが、収穫はあった。


 刃物系イベントの課題は見えた。


 次はもっと上手くやれる。


 次こそは、正面から刺される。


 致命傷を負ってなお立ち上がる。


 動かない身体を引きずって、相手を倒す。


 そして、完璧な死に際の台詞でスキル構成を決める。


「次の異世界転生チャンスこそ、必ずものにする」


 俺は反省ノートを閉じた。


 翌朝も、俺はいつも通りリュックを背負って家を出た。


 ジョギングコースを少し変更する。


 駅前は警察の巡回が増えるだろう。


 ならば、次は川沿いか、古い商店街か。


 転生イベントは、いつどこで発生するか分からない。


 俺は今日も走る。


 まだ見ぬ異世界を目指して。


 なぜか、この世界の治安を少しずつ良くしながら

異世界転生する前のお話は、ジャンルだと異世界転生でいいのだろうか?(・ω・* 三 *・ω・)キョロキョロ

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