Round50 夏の合宿へ
気が付くと、学園生活はあっという間に過ぎていく。
本来イベントまみれのはずの一年生の前半は、思った以上に静かに過ぎてしまっていた。やはり、いろいろとシナリオを変えてしまった影響で、起こるはずのことが起こらないといったことが増えたのだろう。
そのおかげで、学園ではバトリシア様と、家ではファブニールと拳を交えて、私はゲームのフィストニーナとは違った感じで成長を遂げていた。
そして、迎えた期末試験。
もちろん拳の成長を見る試験はあるけれど、さすがに学園ということもあって、普通に座学の試験だって存在している。
拳にばかりかまけていると、座学がおろそかになってしまうというのはよくある話。残念だけど、私には抜かりはないわよ。うっかりグリフィス殿下の婚約者候補にされてしまった私にはね。
ブクリナ様という見るからに座学の得意そうな方ともご友人になったのでね、今の私は完璧超人に近いわよ。
試験の結果、私の成績は『良』。
優・良・可・不可の四段階の上から二番目。まさか異世界でこんな評価を見ることになるとは思ってもみなかった。
このゲームを考えた人って、考え方ちょっと古くないかしらね、本当に。まあ、いいんだけどね。
しかし、この夏のイベントはこれからが本番。
二か月ある夏休みの三分の一が潰されちゃうけれど、これからは近くの自然豊かな場所での夏合宿が行われる。
一部の貴族を除けば、こういう場所に出向くことはそうそうないので、みんなは楽しみにしていたりするのよね。
だけど、困ったことにこの夏合宿では、こういう類では定番のトラブルが起きるというもの。しかも、私のストーリーだけで発生するのよね。育成時間を削んなよとはよく思ったもの。
詳細は不明なんだけど、この合宿のトラブルでは、正気を失ったネイリア様が私たちに襲い掛かってきて、なぜか私と戦うというもの。
ゲーム中では接点は特になかったし、本当にぽっと出の中ボスなのよね。
やたらとステータスは高いし、対人扱いなんで一対一だし、育成は思うようにさせてもらえないし、本当にひどい。強いもんだから負けイベと思って負けたら、普通にゲームオーバー。人の心とかないんか。
今のネイリア様は、私の友人の一人なんで、正直なところ戦いたくはない。でも、イベントが発生したら戦わざるを得ないんだろうなぁとは思う。
というわけで、私たちは夏合宿へとやって来た。
「ようこそ、バッカス侯爵領へ」
合宿の地に到着した私たちにそう声をかけてくるのは、合宿の準備のために一足先に向かわれていたスイケーネ・バッカス侯爵令嬢。
ゲームの中では片目を失っていて、眼帯をつけて登場するキャラなんだけど、どういうわけかこの世界のスイケーネ様はケガをしている様子もなく、しっかりと両目がある。
ゲーム中での描写では、グリフォンに襲われて片目を失ったという風に描かれていたっけ。
うん? グリフォン?
いや、まさかねぇ……。
そういえば、小さい頃にグリフォンの子どもを親元に返しに行った時に向かったのは、この近くだったわ。ということは、……いや、やっぱり考えないでおこう。
私は考えることを放棄した。それより合宿だわ、うん。
こうして始まった合宿だけど、特に問題が起きる様子もなかった。
ただ、グリフィス殿下とソニア様に時々絡まれるので、周囲の目もあってかなかなか気が休まらない時があったくらいね。そうよ、婚約者候補なのよ、私は。
そんな状況でありながらも、大自然の中で和気あいあいと時間は過ぎていっていた。
ところが、もう明日には帰ることになった合宿の最終日前日のこと、いよいよ事件が起きてしまう。
朝に起きると、合宿の参加者が一名足りないことが判明する。
イベントが来ちゃったかと思って、私もその足りない参加者を探しに行くことにする。
その時、誰がいないということを、私は確認しなかった。あのイベントなんだから、いないのはネイリア様だと思い込んでいた。
「ネイリア様、どこですか!」
捜しながら、私は叫んでいる。
「はい、私はここですよ、フィストニーナ様」
「え?」
すぐ真後ろから返事があって、私は驚いて振り返ってしまう。
そう、私と一緒になって、ネイリア様は行方不明者の捜索を行っていた。
ネイリア様がここにいるということは、一体行方不明になっているのは誰なのよ。私は思わず立ち止まってしまう。
(そういえば、このイベント、一定の条件を満たすとボスが変わってたっけ?)
ネイリア様じゃないということで、私はひとつの可能性を思い出していた。
それは育成が上振れした時に、一定の確率でネイリア様からボスが変更になるというものだった。
ネイリア様よりもさらにステータスが強いのだけれど、滅多に出てこないからあんまり話題に上らなかったご令嬢。その名前というのが……。
「スラステア・シュトーレゼン伯爵令嬢か」
「はい、その方です。行方不明になられている方は」
ビンゴだった。
よりによってそんなレアイベを引き当てるか!
私が頭を抱えていると、近くでがさがさという草をかき分けるような物音が聞こえてくる。
「フィストニーナ様、何か来ます!」
ネイリア様の声で、私はそっちの方へと振り向く。
「ガアアアアッ!」
化け物のような声が聞こえてくる。その直後に姿を現したのは、ドレスを着た全身が見にくい化け物だった。
「あれは、スラステア様のドレスです!」
「なんですって?!」
目の前に現れた化け物。それはもしかすると変質してしまったスラステア様かも知れないという。
私たちが戸惑う中、その化け物は、私たちが身構える前に襲い掛かってきた!




