Round43 対人の戦いに慣れなくちゃ
「聞いたぞ、フィストニーナ」
屋敷に戻ってきた私は、ファブニールにそんなことを言われてしまった。
「何を聞いたのよ、ファブニール」
「ケンカを売られたらしいな」
「……どこから聞いたのよ、それ」
今日の学園で起きたことで、まだ誰の口からも外に出ていないはずなんだけどね。まったく、これがドラゴンというものかしら。
「お前のことなら、大抵のことはお見通しだ。どうやって知っているかは、教えてやらんかな。絶対お前は怒る」
「そりゃそうでしょ。プライバシーの侵害もいいところだわよ」
ファブニールの言葉に対して、私は少々ばかり怒りを漏らしている。
だってさ、人のことをどこかで監視しているんだもの。誰だって普通は怒るでしょ。
心配だとか、怪しいとかならまだしも、思春期真っただ中に入った私を興味本位で見てるっているのなら、ストーカーってやつよ。
ああ、この世界にはストーカー規制法がないから、こいつを罰する方法がないわ。それこそ私刑しかないわよ。ああ、腹立たしいったらありゃしない。
「で、週末のお休みの日に、ケンカを吹っかけてきた令嬢と戦うのだろう? はたして、今のお前にその令嬢を殴れるのかな」
「ぐっ……」
痛いところを突かれて、私は言葉に詰まる。
そうなのよね。私はまだ対人戦には慣れていないのよ。ファブニールとの特訓はしているものの、こいつはドラゴンだからか殴りやすいのよね。なので、正式の対人戦というのは、あんまり経験がないのだわ。
それに、力の加減を間違えると、最悪の事態だって想定できるだけに、私はとにかく頭が痛い。
決闘だから、私だけではなく、家の名誉も背負うことになる。なので、余計のこと面倒なことになっているのよね。どうしてこうなったのかしら。
「さて、エルも一緒に特訓をしようか」
「はい。お嬢様のためでしたら、僕は頑張れます」
ファブニールに声をかけられたエルは、ものすごく素直に返事をしている。
どうやら、命の恩人である私に、相当の恩義を感じているらしい。なので、私のためになると言われれば、多少の無茶をもしてしまう傾向がある。ちょっと忠義が重い。
だけど、エルとの特訓は、対人戦を経験する上ではちょうどよさそうだ。
「エル、私ともちょっと拳を交えてみましょうか」
「しょ、承知致しました。お嬢様と拳を交えるだなんて、至極光栄でございます」
あららら、ずいぶんガッチガチになっているわね。
いろいろと思うことはあるんだけど、とりあえず私たちはいつものように庭へと移動する。
なぜ、庭で特訓をするのか。
一応、私の家にも訓練場はある。でも、そこは騎士たちの拳を鍛える場所。だから、私たちは邪魔をしないように庭に移動してきたというわけ。
でもね。私たちは庭で特訓しても特に問題はないの。理由はファブニール。
彼はドラゴンなので、かなり強力な力を持っている。だから、私が全力で風魔法を発動させても、ファブニールの展開した防壁はびくともしない。さすがは宝物を蒐集して独り占めにしようとするだけのことはある。
そんなばっちりとした安全対策が取られた結界の中で、私とエルは向かい合っている。
「さあ、エル。獣人の力を見せてちょうだい」
「はい、お嬢様。しっかりと戦わせていただきます」
エルはそういったかと思うと、早速動いている。
思ったよりも速い。さすが獣人の脚力だわね。姿を追うにも肉眼では捉えられない。
「ここっ!」
だけど、私はその動きをしっかりと見抜いていた。
「なっ!」
死角からの右ストレートのつもりだったんでしょうけれど、その右ストレートに、私は同じように右ストレートをぶつけていた。本来なら力の差もあるんでしょうけれど、私は魔法に関してはかなりうまく扱えるようになっているから、身体強化でそんな弱点なんてものは簡単に補える。
「さすがはお嬢様。少し甘く見ておりました」
「ありがとう」
エルの率直な感想に、私は素直にお礼を言っている。
でも、特訓をするわけなんだから、そんな悠長なことをしてられないわ。
「エル、もうちょっと本気で来てちょうだい」
「承知致しました。それがお嬢様の望みであるならば」
私がお願いすると、エルは少し速度を上げてきた。やはり目で追うのは無理。
どんな攻撃を仕掛けてくるのだろうかと、私はその動きを注視している。うん、追えないんだけどね。
そして、エルの攻撃が私に放たれる。今の主人である私に対しても、まったく手加減のない攻撃だった。多分、直撃すれば地獄だったでしょうね。
だけど、今の私が少し頑張れば、エルの攻撃は簡単に躱せてしまう。
「左斜め前!」
「なっ?!」
私がエルの位置を叫ぶと、明らかに動揺した声が聞こえてくる。
バキッ!
拳が命中した音が響き渡る。
「うわっ!」
次の瞬間、エルが吹き飛んでいた。
私はエルの攻撃を躱しつつ、クロスカウンターをお見舞いしていたのだ。
まともに当たってしまったので、エルは相当の距離の間、空中に舞っていた。
「だ、大丈夫、エル」
「このくらい、平気ですよ、お嬢様」
大きく吹き飛んだものの、獣人の身のこなしで地面に叩きつけられるのは回避できていた。
だけど、拳がまともに当たったことに、私は少々慌ててしまっているというわけだ。
エルは心配しないでいいというので、私は特訓を再開させることにした。
献身的なエルのおかげで、私はだいぶん対人の戦いに慣れることができたと思う。
それでももっと場数が必要だろうと思うので、決闘当日まで、私はエルを相手にやれるだけやってみることにしたのだった。




