Round38 イベントは身代わりに
私は学園の中を走り抜けていく。
ここで私が警戒するのは、ヒロインである私が選択肢次第で見舞われる初日のイベントだった。
本来のフィストニーナなら、あんまり社交経験がないために、上位爵位のご令嬢からいいカモとされていた。
ちなみにこのイベント、攻略対象の一部を攻略するためには必ず起こさないといけないイベントなのよね。胸くそイベントなんだけどさ。
爵位は男爵家、身長は低い、どことなくおどおどとしている。ええ、意地悪なご令嬢たちの格好の攻撃の的というわけよ。
入学式を終えた後で学園を散策しようということになって、そこで三択が出るの。もちろん、家に直行するという選択肢もある。
その中の一つ、庭園に向かうという選択肢を選ぶと、この胸くそイベントが起きる。
(いや、まさかねぇ……)
そうはお思いつつも、私は学園の庭園へと向かっていく。
頼むからいないでねと、それこそ祈るような気持ちだった。
ところが、現実は甘くなかった。
「男爵家のくせに、調子に乗っていないかしら」
「どうか言ったらどうなのよ」
やっぱりだわ。
学園にある庭園の中から、ご令嬢の声が聞こえてくる。
庭園の物陰に隠れながらひょっこりと顔を出すと、そこにはネイリア様がいた。絡んでいるのは、伯爵令嬢と子爵令嬢の二人ね。
それにしても、育成モードで見た二人はそんな風に見えなかったけれど、メインストーリーのシルエットだけのモブになってたのかぁ。多分、ガチャヒロインの印象に影響を与えないためなんだろうな。そのために、シルエットだけにして誰か特定できないようにしていたのね。
「あ、あの。私って、何かしましたでしょうか」
ネイリア様が困っている。
私もまったくいじめられる理由に心当たりがない。だって、ネイリア様は私たちと普通に交流していただけで、特に問題を起こしたようなことがないんだもの。
もしかして、この方たち、勘違いをしているのでは?
なんといっても、乙女ゲームのおかげで顔こそ知っているものの、お茶会で会ったことがない相手だもの。
仲裁しようにも、もうちょっと状況を見守る必要があるかしらねってことで、私はもう少し様子を窺うことにした。
「とぼけるんじゃないわよ。殿下の婚約者候補になったんでしょ?」
「たかが男爵家の分際で、本当に生意気ですわ」
ああぁ、私と勘違いしてるぅっ!
もしかして、朝の話を聞いていたのかしらね。
あの時の私とネイリア様は同時に同じ場所にいた。そこにソニア様が話し掛けてきて、少し簡単に話をしていた。どこから見ていたかによっては、勘違いを起こしそうになるわよね。
「あ、あの、それは私じゃないです。フィストニーナ様と私を間違えていらっしゃいませんでしょうか」
ネイリア様も一方的に言われるだけではなく、きちんと釈明をしようとしている。
だけど、相手の方が聞く耳を持たない。ネイリア様に向けて拳を振り上げようとしている。
(ちょっと待ってよ。何をどうしたらそう短絡的に動けるのよっ!)
あまりにも軽率な行動に出ようとしているので、さすがに見ていられなくなった。私は物陰から颯爽と飛び出そうとする。
その時だった。
「君たち、何をしているのですか」
男性の声が聞こえてきた。
ええ、それはとても聞き覚えのある声だった。
「ぐ、グリフィス王太子殿下……」
ネイリア様に殴りかかろうとしていたご令嬢たちが、動きを止めて顔を青ざめさせている。
だけど、それは序の口。この後、二人にはさらなる衝撃が襲い掛かる。
「その子は、ネイリア・フィンガルス男爵令嬢です。僕の婚約者候補でも何でもない。勘違いした挙句に殴りかかろうとは、淑女としてどうなのでしょうかね」
「えっ……」
二人は拳を振り上げたまま、ネイリア様を見ている。そうかと思えば、再び殿下へと顔を向けている。振り上げた拳が下せないで困っているようだ。
そうなれば、もっと困らせてやるべきね。
「ネイリア様、こちらにいらっしゃったのですか。御者の方が探していらっしゃいましたよ」
「フィストニーナ様!」
「えっ?!」
そう、颯爽と私登場!
捜していて、今しがた到着したようによそいながら、現場に来たばかりを装う。
「さぁ、君たちはどうするのかな。人違いで言いがかりをつけて、さらには拳を振り上げたんだ。どうすべきかは、分かっているでしょうね?」
「あ、あ、あ……。すみませんでした!」
二人はなぜか、殿下に頭を下げて謝ると、そのまま走り去ってしまった。
ちょっと、謝る相手が違うでしょうが。
ちなみにだけど、これはイベントと同じ顛末。
男爵家で背が小さく、おとなしい性格のフィストニーナを、モブ令嬢があれやこれやと悪口を言った挙句に手を出そうとして、それでグリフィス殿下に咎められる。これがグリフィス殿下とその周辺の人物たちとのフラグの発生になるのよ。
それにしても、なんでネイリア様が私の立場になってしまったのやら。勘違いをしたにしてもよく分からない。
「フィストニーナ嬢、どうしてここに?」
「殿下にご挨拶を申し上げます。理由は先程の通りです。校門まで出向きましたら、フィンガルス家の御者の方がネイリア様が来られないと困っておいででしたので、こうして友人として探しに来たわけでございます」
「なるほど、そういうことでしたか」
殿下は納得してくれた。
ちなみに殿下の方は、迎えが来るまでの間、学園内を見て回っていて、たまたまここにやって来て出くわしたとのことだった。そこは偶然なんだ。
まあ、なんにしてもネイリア様に何もなくてよかったわ。
私は殿下と挨拶をすると、ネイリア様を校門まで送り届けることにした。その途中でソニア様とばったり会ったので、何の問題もなく下校できそうだわ。
しかし、私の代わりにネイリア様が他の令嬢に絡まれるとは思ってもみなかったわね。
これをきっかけに、もはやゲーム知識がほとんど役に立たないのではないかという疑念を、私は強く抱くことになったのだった。




