Round36 学園生活が始まる
いよいよ、学園へと入学する日がやって来た。
この学園への入学には、試験なんてものはない。なぜなら、王国貴族の義務だから。貴族に生まれたというだけで、全員13歳を迎える年になると入学をしなければならない。
それはもちろん、男爵令嬢でモブヒロインな私とて同じこと。なので、私は颯爽と馬車に乗り込んで学園へ向かうことになる。
義務であるためか、学園での入学式には、両親はついてこれない。
私は玄関の前で馬車に乗り込む前に、両親とファブニールやエル、それに使用人たち全員から見送りを受けていた。フィストニーナって、家族には恵まれているのよね。
「気を付けてらっしゃい、ニーナ」
「そうだぞ。何かあったら、私に相談しなさい。男爵とはいえど、この鍛えられた肉体で、黙らせてあげようじゃないか」
「ははは、お父様ってばご冗談を」
背広姿でポージングをする父親の姿に、私はとにかく笑うことしかできなかった。
とまぁ、こんな感じでみんなから見送られつつ、私は学園へと向かう馬車へと乗り込んだ。
学園内では使用人を連れて入ることはできないけれど、サクルが私の登下校には同行してくれる。おかげで、道中は退屈をしなくて済みそうだわ。
学園に到着すると、私はサクルに手を引かれて馬車を降りる。
「ありがとう、サクル」
「いえ、この程度、大したことではございません」
私がお礼を言うと、サクルは真面目に答えながら、馬車の中へと手を伸ばしてカバンを取ってくれた。うっかり自分で持つことを忘れていたわ。
馬車から降りた私は、改めて目の前の光景をしっかりと見つめる。
ここがあの乙女ゲーム『Grip Fist Graffiti』の世界だということを改めて認識させられる。だって、目の前にあるのはゲーム画面で見慣れた、あの学園の姿なんですからね。
(ああ、懐かしいわね)
初めて立つ場所なのに、前世の記憶のせいでとても懐かしく感じてしまう。
私が学園を前に棒立ちになっていると、サクルが声をかけてくる。
「では、お嬢様。私はここまでしかついていけません。ここからはお嬢様一人ですべてを行うことになります。とても心苦しいのですが、どうかお気をつけて」
「ええ、サクル。私は大丈夫よ」
私はそういうと、サクルを帰らせる。本当はついてきてもらいたいけれど、学園のルールである以上は破れない。それに、いつまでも馬車を待機させていると、あとの人の迷惑だ。ええ、これでいいのよ。
それに、この学園内の見取り図は、私の頭の中にしっかりと入っている。ゲームの通りであるならば、一切迷う心配はないわ。
(よしっ、とにかく大丈夫。大事な学園生活の第一歩よ。しっかりと決めるんだから)
私は右手の拳をしっかりと握りしめて、学園の中へと入っていく。
学園に足を踏み入れた私は、こういう系統のヒロインにあるドジは一切踏むことなく、とにかくゆっくりと進んでいっている。
最初に向かうのは校舎の入口となる玄関よ。
なんでかって? そこにはクラス分けの掲示がされているからよ。一年間を過ごすことになるクラスを把握するのは重要なことでしょうに。
そうやって学園内を進んでいく私だけど、さすがに男爵家の令嬢ともなれば、そんなに注目を集めることもない。
うん、注目を……。
おかしい。なぜか私はやたらと見られている気がする。
服装はサクルにもしっかりとチェックをしてもらったので、ボタンが外れているとか、裏表、前後ろといったことだってないはず。
だというのに、なんで私はこんなに見られているのだろうか。不思議でしょうがない。
視線を集めてしまっている理由は分からないけれど、これじゃ落ち着いて歩いていられない。
そうしている間に、私は校舎の入口までやって来る。
既にそこには多くの学生が詰めかけていて、掲示物を見ようにも、とてもじゃないけれど見られるような状態じゃなかった。
フィストニーナの身長は、この世界の平均的な女性よりもちょっと低い。となると、当然ながら、こういう状況になった時は相当に不利だ。
「あっ、お久しぶりです、フィストニーナ様」
人だかりの後ろの方にいた令嬢が、急に私の方に振り返って手を振っている。誰かと思えば、ネイリア様だった。
私はその呼び掛けに返事をしようとしたのだが、同時に周りの令嬢たちが一斉に振り返ってくる。
「ひっ!」
その視線に、私は思わず顔を引きつらせて声を上げてしまう。
だって、その時の令嬢たちの目といったら、ものすごく私を睨みつけてくるんだもの。なんなのよ、その殺気に満ちた目は……。
私が思わず後退ってしまうのだけど、私は思わず誰かにぶつかってしまった。
「わっ、ご、ごめんなさい!」
つい前世の影響か、私はぶつかった瞬間に体を反転させて謝ってしまっていた。
「いいえ、構いませんのよ、フィストニーナ様」
「えっ……」
私が顔を上げた先にいたのは、ソニア様だった。その微笑みを見て、私は一気に冷静さを取り戻す。
「ふふっ、どうやらフィストニーナ様は、わたくしと同じクラスのようですよ。ネイリア様も確か同じですわよね、一緒に参りましょうか」
「は、はいっ。ソニア様」
突然現れたソニア様のおかげで、私は令嬢たちから向けられた恨みがましい視線から逃れることができた。
それにしても、入学早々これでは先が思いやられる。はたして、私は無事に学園生活を送れるのだろうか。
いきなり大問題にぶつかってしまったようだった。




