Round24 山から戻れど山がある
ファブニールとのお出かけを無事に済ませて、私は王都に戻ってくる。
拳で魔法を使う感覚というものがどういうものか分かりにくかったけれど、とりあえず魔法が使えるようになったことは喜ばしい。ゲームだと、最初に使える魔法は一切ないんだからね。どんなに頑張っても、最初のネイリア様との対決までに覚えられる魔法はひとつだけ。
それはなにか。ステータスを全体的にちょこっとだけ上昇させるコンセントレート。HPを除くステータスが一時的に5%だけ上昇する魔法よ。はっきりいって序盤では誤差である。誤差ではあるものの、あるとないとではネイリア様との戦いでは結構勝敗に結び付く。思ったより重要な魔法だったわね。
だけど、今の私はそれよりも強力な魔法を身につけている。これならば、ゲーム本編の最初の戦闘で詰むことはないはず。没落が回避できるのなら、これで万々歳だわ。
ファブニールの背に乗って戻って来る間、ファブニールが戸惑うくらいにずっと私は上機嫌だった。
「ただいま戻りました」
王都へと無事に戻ってきた私たちは、家の中に入って両親に丁寧に帰宅の挨拶をする。
「ああ、ニーナ無事だったのだね」
「一人で外泊だなんて、私たちはとても心配したのよ」
「魔法の先生がいましたので、私は特に気にしておりませんでしたよ」
私はファブニールをとりあえず持ち上げておく。この分なら当面どころか長い付き合いになりそうだからね。
というわけで、今の私にとってファブニールは攻略対象ではなく、ただの魔法の先生ということに落ち着いてしまっている。
ついでにいえば、いざという時の高速移動手段でもある。ドラゴンを手懐けるなんてまずありえないことだものね。拳と魔法の世界じゃ、ドラゴンライダーなんてありえない話だわ、うん。
さて、帰宅の挨拶を終わらせた私は、ファブニールに視線を送ってお土産を出してもらうことにする。
それはもちろん、実戦の稽古として戦うことになったビッグディアーの素材。
両親の目の前に出させると、両親はそろって驚いた表情を浮かべていた。
そりゃまあ、驚くわよねぇ。どこからともなくでっかいビッグディアーの素材が出てくるんだもの。
「私くらいの魔法使いともなれば、空間を操って物をしまっておくことも造作もないものですよ。その空間へとしまい込むことで、こうして持ち運びをしたのでございます」
ファブニールは淡々と説明をしている。
だけど、両親ともに驚いて固まっているので、この説明を聞いているかどうかは微妙なところね。
「こ、これはうわさに聞くビッグディアーではないのか? こ、こんなのが生息する場所に行っていたのか」
「はい」
「どうやってたった一日で行き来ができるのですか。生息域までとても距離がありますよ」
ああ、そりゃそうか。かなり山の中だものね。両親はなんともいえない表情でファブニールを見つめている。
「ふふっ、私ほどの魔法使いともなれば、その程度のこと造作もありません。ですが、魔法は秘匿してこそ神秘。さすがに、移動方法についてはお話しできませんね。素材はお譲りしますので、これ以上の詮索はおやめ下さいませ」
ファブニールは普段の口調とはまったく違う、とても丁寧な言葉づかいで両親に説明をしている。さすがの両親も、質問をこれ以上行うことはなかった。これほどの人物が私の魔法の先生としてついているのだ。怒らせて帰らせてしまった方が損だと踏んだのだろう。
ちなみに、そんなところまで出向いた理由は、強い魔物がいた方がより強力な魔法を見せられるからということにしておいた。私の実戦稽古だなんて、言えるわけがないものね。そんなことを言ったら、さすがにファブニールは追い出されてしまう。
さすがは長く生きるドラゴン、処世術のようなものはしっかりと持っているようだった。
どうにかこうにか、両親への帰宅の報告は無事に終わることができたので、私はほっとひと安心である。
それにしても、短い間だったとはいえど、対魔物の経験を積めたのはよかったかな。魔法が使えれば、多少の危険な魔物でも余裕で相手ができると分かったんだもの。
不遇なモブヒロインとはいえど、その基本スペックは高いことが分かったので、これが一番の収穫だと思う。
だけど、まだ問題があるとすれば、やはり対人経験がないことだと思う。魔物を相手にするのと、人間を相手にするのとではわけが違う。
人間相手だといろいろ複雑な状況が絡んでくるし、どうしてもいろいろな気持ちが働いて手を出しにくくなる。こちらも早くどうにか経験をしておきたいものだわね。
ゲーム本編の最初の戦う相手がネイリア様だからこそ、なおさらさっさと経験を積んでしまっておきたい。
対人の実戦経験という不安要素を消し去るには、騎士団の鍛錬に参加するのが一番手っ取り早いだろう。
だけど、男の子ならまだしも、私はまだ九歳のご令嬢。そう簡単に許してもらえるとも思えないので、なかなかに問題だと思う。
この国では男女関係なく、すべてを拳で解決するとはいっても、まだ子どもである私には早いと言って断られる光景が目に浮かぶわ。
「はあ、どうしたものかしらね」
私はため息が止まらなかった。
学園に入るまでにはまだ時間があるとはいえど、できれば早いうちに慣れておきたい。
考えを巡らせた私だけれど、さすがにちょっと疲れがあったのか、考えこんでいる間に寝落ちをしてしまったようだった。




