Round2 やり方を変えるのよ
フィストニーナとして生きることになった私は、本編が始まるまでの間に、とにかく鍛えることに決めた。
だけど、母親との特訓中に滑って転んで失神という失態を犯したことで、しばらくの間は特訓を受けさせてもらえないことになっていた。
特訓が行えないのなら、それ以外の方法で鍛えるしかない。
幸いながら、私には前世の知識がある。一人でも鍛えられる方法はそれなりに知っているから、それで頑張るしかないわね。
ただ、この先には問題があるのよ。
その乙女ゲーム、物語は13歳の時から始まるんだけど、それより前の描写がほとんどないのよ。だから、幼少時の対処がまったくできない。
一応、攻略サイトなどをチェックした記憶はあるんだけど、そういった記述があった記憶がないのよねぇ……。
(はあ、とりあえず学園に入るまでに、たっぷり鍛えるしかないわ)
というわけで、私は部屋の中で一人体を鍛えることにした。
「いーちっ! にぃーっ! さーんっ!」
私が始めたのは腕立て伏せ。
この体でもできそうな筋トレをやるのが一番だと思うの。正直なところ、5歳なんていったら体ができてもいないから無茶だと思うわ。それでも、母親と一緒に特訓なんてやってたんだから、この世界じゃ小さい頃から鍛えるのは当たり前っぽい。
というわけで、私は腕立て伏せを続ける。
しばらくすると、扉が叩かれる。
「お嬢様、今よろしいでしょうか」
扉の外から聞こえてきたのは、私の専属侍女であるサクルの声だった。
(うわぁ、ゲームで聞いたままの声だわ)
私はついそんなことを思ってしまう。
サクルというのは、フィストニーナの専属侍女であるのは事実なんだけど、乙女ゲームではメニュー画面の案内人というイメージの方が強い。
ガチャ画面以外ではどこにでも顔を出しているもの。私以外の令嬢を育てる育成モードでも堂々と陣取っているから、本当に私の侍女なのか疑わしい。
「お嬢様? 起きていらっしゃいますか?」
っとと、ついつい思い出す作業に集中しちゃったわ。いつまでも無視するわけにはいかないわね。
「大丈夫よ、サクル。入っていいわよ」
「かしこまりました。それでは失礼致します……って、何をしていらっしゃるのですか?!」
部屋に入ってきたサクルが驚いている。
なんでだろうと思って、自分の今の姿勢を思い出す。
ああ、腕立て伏せの真っ最中だったんだ。
私は慌てて腕立て伏せをやめて立ち上がる。
「き、気のせいよ。ほら、私は普通にしているでしょ?」
わざとらしく私は、両手をくるくると回している。
「お嬢様、私は騙されませんよ。たった今、お嬢様は床に手をついて何かしらの運動をしていらっしゃいました」
あちゃー……。
油断していた私も悪いんだけど、腕立て伏せをしているところをもろに目撃されちゃったものね。ああ、しょうがない。
サクルくらいには、正直なことを言っておいた方がいいかしらね。うん、そうしましょう。
「えっと……。サクル、怒らないで聞いてくるかな?」
「そうですね、内容によりますね」
私がおそるおそる話そうとすると、サクルは間髪入れずにそう答えていた。
ですよねー。
くっ、拳がすべてを解決する世界とはいえど、頭が悪いわけじゃないからね。全員が拳で戦えるわけじゃないもの。油断していたわ。
「ほら、お母様との特訓でケガをしたからってことで、特訓が中止になっちゃったじゃないの」
「なりましたね」
私が子どもらしくあたふたした様子で話しているのに、サクルときたらものすごく淡々と反応している。これが、大人かぁ……。
だけど、私は諦めない。きちんと説明をして、筋トレの権利を勝ち取ってやるわ。
私は表情を引き締めてサクルを見る。
「そこで、自分でケガをしない程度に自主トレーニングをしたいの。男爵家の令嬢として、立派な拳を手に入れるために!」
私は、右手の拳を天井に向けて高く突き上げる。
その姿を見たサクルは、なんとも冷めた反応を示している。
あれっ。ゲームでもそんな顔を見たことないんですけれど。どうされたんですか、サクルさん……。
あまりのサクルの反応がなさすぎて、突き上げた私の拳は行き場を失っている。
「やっぱり、頭を打たれておかしくなりましたかね。お嬢様、安静にしていて下さい」
「ちょっと、サクル。私は正気だってばーっ!」
「お嬢様が自主トレーニングだなんて、おかしいのですよ。特訓だって嫌々していたではありませんか」
サクルの言葉に、私ははてと思った。
私はフィストニーナとしての記憶を探る。
……うん、確かに嫌がっていた。
それもそっか。五歳でケンカの真似事なんてやらせるもんじゃないわよね。
なるほど……。小さい頃から鍛えようとして無理にやらせていたから、フィストニーナの能力ってあんなに低かったのかぁ。
やりたくもないことをやらされて、嫌いになっちゃったってわけね。で、国の決まり事だから、渋々拳で戦っていたと。
ゲーム内のフィストニーナの状態に、ものすごく納得がいってしまった。
だけど、今は違う。
私というイレギュラーな存在だけど、絶対にフィストニーナを幸せにしてあげるんだからね。
そのためには、特訓を避けて、体力作りから始めないとね。
私はみんなを驚かせるために、隠れてこそこそトレーニングを始めることにしたのだった。




