Round1 拳の世界に転生して
うわー……、頭いったぁ……。
二日酔いかしら。それとも、職場で寝落ちて椅子から転げ落ちた?
……なんか声が聞こえてくる。うるさいわね。
ってことは、ここは職場なのかしら……。
段々と近付いてくる声に、私はぼんやりとする目の前を眺めながら耳を傾けている。
体が動かない。これは結構やばいかも。
あー、最近徹夜が多かったからなぁ……。ついに倒れちゃって騒がれたか。
私は、職場で寝不足によって倒れていたと思っていた。次の言葉を聞くまでは。
「フィストニーナ様!」
はい?
今、なんと仰られましたかね。
聞き間違いでなければ、フィストニーナと呼ばれた気がする。
「すぐに医師を、早く!」
ああ、うるさい。
頭がずきずきする中、慌てた様子で叫ぶ声が響き渡る。
私はそのまま痛みに耐えられなくなって気を失ってしまった。
私は、夜に目を覚ます。
目の前には見たこともない人たち……。いや、この人たちは知っている。
この人たちは今世の家族だ。
「ああ、フィストニーナ。目を覚まさなかったらどうしようかと思ったわ」
この人は母親。隣の男性は、父親ね。
で、私がフィストニーナってわけか。
ううっ、これってまさか、今はやりの異世界転生ってやつかしら。
ちらりと鏡を見たけれど、今の私の姿は一桁年齢の子どもみたい。
だとするならば、ここはスマートフォンアプリの乙女ゲーム『|Grip Fist Graffiti』の世界で、本編開始前ってことかしらね。フィストニーナなんて名前、普通にあるわけないもの。私が知る限り、この名前の出てくるゲームはそれしかない。
詳細を確認すれば、私は母親との特訓中に、滑って転んで後頭部を打ったらしい。打ち所の悪さと衝撃の強さで、前世を思い出したってわけかぁ……。よくある展開だわ。あいたたた。
フィストニーナ・バイタラル男爵令嬢。それが今世の私。
『Grip Fist Graffiti』におけるストーリーヒロインで、アプリの顔にもなっている。ゲーム内唯一のレアリティ"N"のキャラクター。
この世界は、拳と魔法の世界で、すべては殴り合いで解決するという脳筋な世界。
ストーリーモードではフィストニーナを、育成モードではガチャで手に入れた108人の令嬢たちを選択して育てていく。ちなみにだけど、フィストニーナにはヒロインだけの独自のイベントがたくさんあるわ。
それのひとつが攻略対象。育成モードでも告白シーンはあるけれど、対象は5人だけ。ヒロインともなると、イベント絡みで対象が増えて、全部で10人いるのよね。
で、ヒロインであるフィストニーナはユーザーたちの間で何と呼ばれていたかというと、『モブヒロイン』。原因はそのストーリー。難易度が高くて、多くのユーザーが最後まで行く気になれず挫折する。
さらに助長させたのが、対戦モード。育成モードで育てた令嬢たちにフィストニーナを加えた109人の令嬢たちを自由にプレイヤー同士で戦わせられる。
ガチャで手に入る令嬢たちは基礎ステータスが高いし、豊富なスキルを持ち合わせている。お嬢様を操作しての格闘シーンは、パンチしかないとはいえど斬新で、それは人気だったわね。負けた令嬢はフルボッコになったグラフィックで出てくるし、人の心とかないのかしら。
で、当然ストーリーではまともに育成できない。スキルもイベントをこなさないと覚えれず、対戦モードでは相対的に弱くなってしまい、フィストニーナはますます出番がない。モブヒロインの完成っていうわけよ。
そんなわけで、ゲームは公式略称である『GG』をもじって、『評価GG』と言われたり、『君と殴り合う乙女ゲーム』とか言われてたりしてたなぁ。
それはいいとして、最大の問題は、私のストーリーがいばらの道ということよ。
どういうことかというと、ゲームの途中にはキーイベントというのがあって、そこで失敗すると我が家は没落してしまうというもの。私の失敗が家族を丸ごと巻き込むというんだから、まったくもってシャレにならない。
(最初の難関は、学園に入って夏休み中のイベントで対戦するネイリア男爵令嬢よね。今が学園に入る13歳よりもかなり前というのは助かったわ)
夏休み中のイベントで戦うことになるネイリア・フィンガルス男爵令嬢は、かなりの高ステータスを持つ最初のボスだ。他の特殊イベントもあって、フィストニーナの育成はなかなか思うように進まない。その育ち切らないタイミングで戦うことになる相手なのだ。普通のプレイでは、まず勝ち目がない。だからこそ、多くのプレイヤーがストーリーモードをクリアできないというわけ。
(時間的な余裕があるから、私はゲームのフィストニーナよりも強くなることは可能。絶対に没落なんてしてやるものですか)
すっかり回復して一人で行動できるような状態になると、私は覚えている限りのストーリーを紙に書き出していく。
失敗なんて許されない。失敗は即我が家の没落なんだもの。幸せに生きるには、イベントを無事の乗り切ることが最低条件。
なんといっても、このゲームには推しがいる。できれば、その推しと結婚したいわね。
「……これでよしっと」
すべてのイベントを書き出した私は、その何枚にもわたるストーリーを手に取ってげんなりしている。
これでもかというイベントの数々。ヒロインだからといっても、さすがに多すぎないかというというもの。
だけど、私はやり切るしかない。フィストニーナになってしまった以上、どうしても避けられないのだから。
「幸せを、この拳でつかみ取ってみせるわよ! モブヒロインの意地、見せてやろうじゃないの。えい、えい、おーっ!」
この時から、私、フィストニーナの戦いが始まった。
立ちふさがる壁は、この拳で全部砕いてやるんだからね!




