Round16 ファブニール
「ああ、ファラン様をほとんど拝めなかったわぁ……」
部屋で枕を涙で濡らす私は、寝付けずにいた。
外は夜の闇に包まれて真っ暗になっている。そんな中、何かが窓に当たるような音が聞こえてくる。
なんだろうと振り返って窓の方へと視線を向けると、そこには人影が見えた。
(な、何あれ……)
当然ながら、私はびっくりしてベッドの上で後退ってしまう。
次の瞬間、窓が開く。
おかしい。しっかりとかけておいたカギがまったく機能していない。
恐怖のあまり、私は声を出してしまいそうになる。
「ふむ。初めからこうしておけばよかったな」
何かを聞こえるようにつぶやきながら、私の方へゆっくりと近付いてくる。一体、誰が来たというのよ。
「そう怯えてくれるなよ。フィストニーナ・バイタラル男爵令嬢」
「だ、誰なの?」
私のフルネームを知っているとあって、私はさらに警戒を強める。
「ふっ、俺からすればこの程度のことなど造作もないことだ。それよりも、お前には聞きたいことがあってな。昼間は殴られてしまったがゆえに、こんな時間に目立たないようにやってきたのだ」
その瞬間、部屋の中に月明かりが満ちてくる。
後光になっているとはいえど、入ってきた人物の顔がはっきりと見える。
そこに立っていたのは、フィストニーナのシナリオだけに登場する追加の攻略対象であるファブニールだった。顔で特定できた。
「ふぁ、ファブニール……」
私はつい、名前をこぼしてしまう。
「ふむ。やはり、俺の名前を知っていたか。グリフォンから、不思議なやつと出会ったと聞かされたのでな、近くにその気配を感じてやってきたのだよ」
「えっ、グリフォン?」
「そうだ。連れ去られた子どもを探しに行ったグリフォンのことを知っているだろう? あいつと俺は知り合いでな。いろいろと話を聞かされたものだ」
私はまったく言葉が出てこない。よく分からないことばかりを口走られるものだから、口をパクパクとさせてしまっている。
「いやはや、驚いたな。グリフォンから羽をもらったとはいえど、その力をいきなり使いこなすとはな。あのパンチはさすがに効いたぞ」
ファブニールはおかしそうに笑いながら、私に殴られたとか言っている。
この話を聞いて、私はまさかと思った。
いやいや、なんで目の前の男性とあのドラゴンが結びつくのよ。でも、今の話を聞く限り、そういうこととしか思えない。だって、私が今まで殴った相手といったら、バトリョーシカ公爵邸で出くわしたグリフォンと、今日の昼に出くわしたドラゴンしかいないもの。
そして、風を起こしてと話しているから、もう選択肢など最初から消えていた。
「あ、あなた……。昼間に現れたあのドラゴン?!」
「いかにも。俺はファブニール。誇り高きドラゴンの一体だ」
「え、ええー、むぐっ」
私は叫び声を上げそうになったものの、時間のことを考えて口を思いっきり手でふさぐ。
慌てて追加された攻略対象なのか、三回目の戦闘後の後の一枚絵とモノローグだけで結末が語られるだけの攻略対象。いやはや、まさかドラゴンだなんて思ってもみなかったわよ。てか、さすがは拳と魔法の世界だわね。
「ふっ、賢明な判断だな」
私の目の前でファブニールが笑っている。
「グリフォンの羽の力であろうな。とはいえ、あれだけ正確に風の力を操ってみせるとは、お前には才能がある」
「な、何が望みなのよ」
あまりにもにやつく顔が目立つので、私はファブニールに問いかけている。
私の言葉を聞いて、ファブニールはさらにはっきりとした笑みを浮かべる。
「お前からは無限の才能を感じる。どうだ、魔法に関して、俺が面倒を見てやろうか。くくっ、育ち切れば俺の伴侶としてもきっとふさわしい女性になるであろうな」
「伴侶はお断りします」
私は真顔でファブニールに反応を返す。
何が悲しくてドラゴンの伴侶などしなければならないのよ。私の推しはファラン様のみ。ちょろゴンなどお呼びではないわ。
私のはっきりとした返答に、ファブニールは目を丸くしてしまっている。そんなにショックか。
そうかと思えば、声量を抑えながら笑い始める。
「この俺の提案を断るとはますます気に入った。ならば、魔法の勉強だけでもどうだ。俺からの教えを乞えば、ありとあらゆる魔法を覚えることが可能だぞ?」
「むむむむ……」
前世を魔法のない世界で過ごしてきただけに、このファブニールの提案はとても魅力的に思える。
拳に魔法を乗せて戦うというのは、なんともカッコよく見えるので、私はちょっと悩んでしまう。その結果……。
「分かったわ。魔法は教わりましょう」
「そうかそうか。では、育ち切った際には俺の伴侶に……」
「それはお断りします」
どさくさに紛れて伴侶の話を持ち出してきたので、私は秒で断ってあげた。ファブニールはがくんとずっこけそうになっていた。
「俺との伴侶になれば、世界最強として君臨できるというのにな」
「世界最強には興味ないので、お断りします」
「ふははははっ。ますます気に入ったぞ」
ファブニールは楽しそうに笑っていた。
対照的に、私はますます不機嫌になっていった。
ファブニールは私たちが帰る時に、ゲーティス辺境伯から派遣される護衛の一人として、私たちに同行することになった。
まったく、ドラゴンを手元に抱えることになるだなんて思ってもみなかったわよ。
あまりのイレギュラーのせいで、私は枕を涙で濡らしたのに続き、眠れず徹夜になるというおまけまで食らってしまった。




