Round14 安静にね
ゲーティス辺境伯領での合同鍛練三日目のこと、今日はドクターストップで動けない私のところに、なんとバトリシア様がやってきた。
「フィストニーナ様、お加減はいかがでしょうか」
ノックをして部屋の中に入ってきたバトリシア様は、恥ずかしそうにドアから半身をのぞかせながら私に確認するように問いかけている。
か、可愛い……。
ゲーム本編においては、つり目で姉御肌の雰囲気をのぞかせているバトリシア様が、恥じらいを持って私に声をかけて下さっている。なんと可愛いことなのだろうか。
それに、この時のバトリシア様はたれ目で髪も長く、どこか自信なさげな雰囲気を持っているので、本編とのギャップのせいで私は心臓を射抜かれた気分だった。
こ、この可愛い生き物が、五年後には女傑になるっていうんだから恐ろしい限りだ。
いや、育成モードの告白シーンは乙女をしているんだけどね。普段がワイルドだからなぁ……。いろいろギャップのあるお姿は、なんとも鼻血が出てしまいそうな気持ちになってしまう。
私は、慌てて鼻を押さえる。押さえながら、ちらりとバトリシア様へと顔を向ける。バトリシア様は、相変わらずドアに半分体を隠した状態で、私の方を見ている。
「私は大丈夫ですよ。バトリシア様、そんなところで立っていらっしゃらないで、入ってこられてはいかがですか?」
さすがに美少女を立たせたままにするのは忍びない。
というわけで、私はバトリシア様に部屋の中に入ってきてもらうことにした。
私の声に応えて、バトリシア様は部屋の中に入ってきた。もちろん、入り口のドアは閉めてである。
それにしても、本当にこれがあの女傑のバトリシア様なのかしらね。もじもじとして恥ずかしそうにしている姿は、とてもゲームのバトリシア様からは想像できない姿だった。
「ふぅ、今日は一日安静ということで、退屈で仕方ないですわ」
私は苦笑いを浮かべながら、バトリシア様に声をかけている。
「本当に申し訳ございません。年齢のことを考えまして、訓練内容を控えるべきでしたのに……。どうやらお父様がそのままフィストニーナ様にまで私たちと同じ内容を要求してしまったようで、本当に、申し訳ございませんでした」
バトリシア様は、椅子に座って強く拳を握りながら、下を向いて謝罪をしている。自分の責任ではないでしょうにね。
だけど、ようやく知り合った同い年の私相手だからか、相当精神的にきてしまっているみたいね。私は、その心中を察し、少し黙り込んでしまう。今は安静にしなきゃいけないしね。
それにしても、バトリシア様はなぜ私のところにやってきたのかしらね。今頃は、本当なら鍛練の真っ最中でしょうに。
「バトリシア様、鍛練はどうなされたのですか?」
私が問いかけると、バトリシア様は露骨に動揺を見せている。
その瞬間、私は悟った。あ、これ、鍛練をさぼったな、と。
ここに来たということは、私をダシにしてきたのだろう。心配そうにしている表情から察するに、この状態での鍛練は確かに危険だと思われるからね。身の入ってない時ほど大ケガをしやすいからなぁ。最悪死ぬし。
「そうだ。せっかくですし、ちょっと散歩でもしませんか?」
「えっ、フィストニーナ様は安静のはずでは?」
私がちょっと提案をすると、バトリシア様はものすごく驚いていた。そこまでびっくりするのっていうくらい驚いている。
安静といわれたのは確かだけど、このまま動かなくて明日から鍛練再開って言われた方がやばそうなのよね。ほぐすという意味で、体を動かしておいた方がいいと思うもの。
「大丈夫大丈夫。見張り役を連れていけば、多分許してもらえるからって」
私はそう言いながら、同じく部屋の中にいた、私付きの侍女であるサクルの方へと視線を向ける。
「しょうがないですね。ですが、安静なのは確かなので、無茶はしないで下さいね。奥様に叱られますから」
「分かってるって」
というわけで、条件付きで私は出歩くことを許可された。
あー、一日ベッドは退屈だもの。これで少しは気晴らしができるわ。
私はとにかく、歩けることを喜んだ。
「わ、私が必ずお守りします」
私がまだ病人という扱いだからか、散歩をする前に、バトリシア様がものすごく真剣な表情で私に誓いを立ててきていた。
跪いてまで約束をしてくるバトリシア様の姿に、私はものすごく慌ててしまう。一体何がここまで彼女を動かすのだろうか。私にはまったく理解できなかった。
というわけで、私たちはみんなが鍛練に出てしまって手薄になっているゲーティス辺境伯邸の中を散歩することにした。
普段は訓練場から大きな声が聞こえてくるのだけど、ほとんど出払っているのでものすごく静まり返っている。そのため、筋肉隆々の騎士の人たちとも顔を合わせることはない。使用人たちとちょこっとずつすれ違う程度で、本当に静かなものだった。
そうして、私たちはゲーティス辺境伯邸の庭へとやってくる。
国境を守る人たちの屋敷は要塞のようではあるものの、中庭は普通に存在している。そこには小さな屋根付きのスペースもあって、私はそこでバトリシア様とのお茶を楽しむことにする。
こうやっていると、まるで普通の貴族の邸宅にいるような感覚に陥る。
私はバトリシア様と何気ない会話をしながら、楽しい時間を過ごしている。
だけど、さすがは辺境伯領。そうは問屋が卸してくれないらしい。
私たちのいるあたりは、唐突に影に覆われる。一体何が起きたというのよ。
状況を確かめるため、私は屋根の下から外へと飛び出した。




