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想心の引き金 ~たとえ何百年、何千年かかったとしても――わたしが彼を止めてみせる~  作者: Observer_365
3_選抜編

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序章

「あぁッ!! クソがッ!! カスの分際でッ!!」


 胸の奥にこびりついた苛立ちが、いくら時間が経ってもまったく収まらない。

 あの日――この俺に牙を剥いた、クソみてぇな四人のツラが、脳内をぐるぐる回っていやがる。


 ふと視線を横にずらすと、ハゲ男がおどおどと俺の顔色をうかがっていた。

 その存在そのものが、今は癪に障る。


「ふごぉッ!?」


 苛立ちのままに、ハゲの頭部を殴り飛ばす。


「俺の視界に映んじゃねぇ。ぶっ殺すぞ、テメェ」


 情けない声を上げて倒れるハゲを横目に、俺は舌打ちを噛み殺した。

 ――その瞬間、追い討ちみたいに監内放送が流れる。


 内容は、この俺を面会室へ呼び出すもの。

 こんなときに呼び出しかよ、と一瞬無視を決め込みかけたが……呼び出し主は、クソ親父らしい。


 あの忌々しい金髪に殴られて以来、自室に引きこもってたって話だ。

 ようやくノコノコと顔を出してきた――ってわけだな。


(――文句のひとつやふたつ、ぶつけてやらなきゃ気が済まねぇ)


 俺は苛立ちを引きずったまま面会室へ向かった。


 勢いよくドアを蹴り開ける。

 分厚いガラスの向こうで、クソ親父がふんぞり返って座っていた。


「おぉ! 元気そうで良かったぞ、ジェイクよ」


「今の俺が元気そうに見えんのかぁ? あぁ!?

 おちょくってんのかよ、クソ親父ィ!!

 なんでこの俺が、一年以上もここにいなきゃなんねぇんだよ!!」


 怒鳴りながら、備え付けの椅子を蹴り飛ばす。

 ガシャンと嫌な音が響き、クソ親父の目がわずかに泳いだ。


「……刑期延長だけは、どうしても避けられなかったのだ。悪かった。

 あのクレリアが、まさかここまで恩知らずだったとは……このワシに泥を塗るなんて……」


 泣き言をだらだら垂れやがる。

 今聞きたいのは、そんな言い訳じゃねぇ。


「そんなことはどうでもいいんだよ。

 例の“選抜試験”で、俺を引き上げる準備はできてんだろうなぁ?」


「もちろんじゃ。必ずお前を監獄から出してやる。

 それと……ワシとお前を追い詰めた、あの金髪の男には――必ず痛い目を見せてやることを約束しよう」


 クソ親父なりに、やることはやってるらしい。

 だが最後の一言だけは、どうしても聞き捨てならなかった。


「……あのよぉ。これ以上、俺をイラつかせんじゃねぇよ」


「え?」


「この俺が、あんなカスごときに追い詰められただと? 口の利き方には気をつけろよ、ボンクラ親父。()()()()()()()()()()()()()()()()()()能無しのお前と、俺を一緒くたにすんじゃねぇよ」


 ガラス越しでも分かるくらい、親父の顔色がさっと変わる。


「……そうじゃな。悪かった」


「分かりゃいいんだよ。――次はねぇからな?」


 釘を刺すように低く言い放つ。

 俺は最後にもう一度、わざとらしくドアを蹴りつけて、面会室を後にした。


* * *


 私は、海の見えるアーケガッタ地方の街へと、公共の交通機関を乗り継いで向かっていた。彼女が今どうしているのか――それが、どうしても気がかりでならなかったからだ。


 やがて目的地に到着し、教えられていた住所の家の前に立つ。

 小さく息を吸い、ゆっくり吐いてから、意を決してチャイムを鳴らした。


 少しして扉の向こうから足音が近づき、おっとりとした雰囲気のおば様が顔を出す。私はすぐに姿勢を正し、名乗った。


「お初にお目にかかります。

 私、想導騎士団ソルドガルド五番隊隊長のクレリア・ブレイズロットと申します」


「あら、あなたが噂の隊長さんね。あの子からよく話を聞いているわ。自慢の隊長さんだって」


 思いがけず自分の評価を他人の口から聞かされ、頬が少し熱くなる。

 照れを誤魔化すように、私はすぐ本題に入った。


「今、ウェラちゃんはお部屋にいらっしゃいますか?」


「ごめんねぇ、今は出かけてるの。多分、レーメ海岸にいると思うわ。

 その……あの子がやってしまったことについては、いろいろ聞いていてね……。母親としても謝らせてちょうだい。本当に、申し訳ありませんでした」


 ウェラちゃんのお母様――セレナさんは、深々と頭を下げた。


「どうか、頭をお上げください。

 その件については、セバスト様も絡んでいますから……一概にウェラちゃんだけが悪いとは言えません。そのあたりも含めて、本人の口から聞きたいと思っているんです。体調も心配ですし、私のほうから直接、様子を見に行きますね」


 そう告げ、私は軽く会釈をして家を後にした。

 海の匂いを含んだ風に背中を押されるように、海岸へ向かって歩き出す。


 時刻は夕暮れ。

 空は茜色に染まり、海面にも赤い光が揺れている。


 まだ少し肌寒い季節のせいか、砂浜に人影はまばらだった。

 その広い海岸の一角に――一人座り込み、海を眺めている少女の姿が見える。


 私は声をかけるより先に、その隣へ歩み寄っていた。

 言葉を交わす前に腰を下ろす。砂がさくりと音を立てた瞬間、少女が大きく肩を跳ねさせた。


「え……!? クレリア隊長ッ!?」


「ふふっ、お久しぶりです。

 それと今日は、騎士団の隊長としてではなく、ただのクレリアとして来ています。

 昔みたいに"リア姉"って呼んでもらって大丈夫ですよ」


「よっ呼べませんよ、いつの話をしてるんですかっ……」


 照れくさそうに視線を泳がせるウェラちゃんに、私も小さく笑みを返す。


 それからしばらくは、他愛もない話をした。

 ここ最近の体調、家での過ごし方、近所の噂話――どこにでもあるような会話。

 言葉の端々から心が少しずつ落ち着いてきていることが伝わり、私は胸を撫で下ろした。来る途中で買ってきた餡菓子の包みを開け、二人で分け合いながら赤く染まる海を眺める。


「クレリア隊長……少し、明るくなりましたね」


「え、そうですか?」


「はい。前よりも、自然な笑顔になっている気がします。

 私はどちらの隊長も好きですけど……どちらかと言えば、今の隊長のほうが好きです」


「ふふっ、ありがとうございます。

 ……ほんの少しだけですが、肩の荷が下りたからかもしれませんね」


 柔らかな潮騒が、会話の合間を埋めていく。

 私はウェラちゃんが謹慎処分になってからのモーニア監獄の出来事をかいつまんで話して聞かせた。暴発事件の被害者、ジェイクさんの横暴、それに対する私たちの敵対宣言――その何もかもを。


「そんなことが……。大変でしたね」


「ウェラちゃんから見て、私の行動って……どう思いますか?」


 自分でも少し意地悪な質問だと思う。

 それでも、彼女の率直な意見が聞きたかった。


「正しいかどうかで言うと、私には分かりません。

 私自身、間違った行動をして謹慎処分になっているので……それを判断する資格もないのかなって」


 ウェラちゃんは一度視線を落とした。

 だがすぐに顔を上げ、真っ直ぐな瞳でこちらを見る。


「でも……私の尊敬する隊長らしい判断だったとは、断言できます」


 その言葉が、夕焼けよりも温かく胸に染みた。

 尊敬してくれる後輩がいる。だからこそ――今度は私が、彼女の力になりたかった。


「そう言ってもらえて、嬉しいです。

 ……ウェラちゃん。一つ聞いてもいいですか? あの“戦闘訓練”について」


 その言葉を口にした瞬間、ウェラちゃんの表情がわずかに曇る。

 それでも、ここで聞かなければならない。彼女が尊敬してくれる隊長として。


「あの件に関しては、全て私の独断で多くの囚人を危険に晒してしまいました。到底許されることではありません」


「その行為自体は……たしかに、そうかもしれません。

 でも、セバスト様にそうしろと指示されていたんですよね?」


 問いかけると、ウェラちゃんはしばし沈黙したのち、ゆっくり顔を上げた。

 覚悟を固めたような、真剣な眼差しでこちらを向いた。


「クレリア隊長に……嘘はつきたくないので、正直に言います。

 父の仇と、騎士団の除名。その二つをちらつかせて、命令されました」


 やはり――調べていた情報と一致する。

 本人の口から事実を聞いた瞬間、私の中で何かが決定的に切り替わった。


 セバスト様への“恩義”など、もうどうでもよくなった。

 ブレイズロット家を利用するだけなら、まだ耐えられたかもしれない。

 けれど――可愛い後輩を追い詰めたのなら、話は別だ。

 それでもウェラちゃんは、自分の罪から逃げずに言葉を続けた。


「ただ、それでも最終的にあの戦闘訓練をやると決めたのは、私です」


「……分かりました。教えてくれてありがとうございます。

 おかげで、私がどうするべきか――決意が固まりました」


 潮風に混じって、砂の匂いが鼻をかすめる。

 私はひとつ息を吸い込み、問いを返した。


「ウェラちゃんのほうはどうですか?

 今後どうするべきか……もう、決まりましたか?」


「それは……すみません。まだ決められていません。

 騎士団に戻るべきか、責任を取って辞めるべきか……。

 隊長は――どちらが正しいと思いますか?」


 その問いは、かつて迷っていた頃の私自身を見ているようだった。

 だから私は、あのとき――ある人からもらった言葉を、そのまま口にした。


「それは、ウェラちゃんにしか判断できません。

 それを決める権利も資格も、私にはありません。

 ですから今は、悩み抜いてください。

 それで納得のいく答えが見つかったら――そのとき、私に教えてください」


「……分かりました。

 ただ今の台詞、ちょっとだけ――説教垂れてくるケント・ベルウォードが言いそうですね」


「えっ!?」


 あまりにも鋭い指摘に、思わず間の抜けた声が出てしまう。

 慌てて咳払いをして話題を変えながら、その場はなんとかごまかした。


 そうしてひとしきり言葉を交わしたあと、私はウェラちゃんと別れた。

 そして――ブレイズロット家の次女として。

 ロウガーデン家と正面から向き合う覚悟を、改めて胸に刻んだ。


* * *


 あれから、ひと月が経ち――ついにこの日が来た。

 長きにわたる懲罰房生活に終わりを告げる、待ちに待った選抜試験当日だ。


 俺は刑務官に拘束想具バインド・ソアをかけられたまま引っ張られ、長い廊下を歩かされる。

 久しぶりに外の空気を吸い込むと、冷たい風と一緒に眩しい光が目に刺さった。

 暗闇で過ごしていた時間が長すぎたせいか、ただの朝日ですら染みる。


 やがて、モーニア監獄の外に停めてある四輪想駆ビークル・ソドの前まで連れて行かれる。

 そこで――見慣れた二人の姿を見つけて、思わず声が出た。


「たらし野郎! 泥女! 久しぶりだな。元気そうで良かった……!」


 あの一件以来、一度も顔を合わせることはできなかった。

 命に別状はないと聞かされてはいたが、それでもずっと心配だったのだ。

 真っ先に俺の言葉を否定したのは、たらし野郎だった。


「元気なわけあるか!!

 あんな、灯りひとつない狭い部屋に閉じ込められて……。

 孤独死するかと思った……」


 文句を垂れるたらし野郎に、泥女が呆れ顔で口を挟む。


「アンタは相変わらずそうね。それよりも……いつまでそのあだ名で呼んでんのよ。もう名前、知ってるでしょ?」


 そうだった。自己紹介は、あの地獄みたいな拷問部屋で済ませてある。

 今日向かうのは監獄の外の試験会場――今さら遠慮する必要もない。

 ということで、試しに口にしてみる。


「あぁそうか。えっと、ルビイリスとアレクシード――」


「ルビィでいい」


「オレもレックスって呼んでくれ。地元じゃ、みんなそう呼んでる」


「そうか。んじゃ……ルビィ、レックス。よろしくな」


 名前を口にしてみると、なんとなく気恥ずかしい。

 その微妙な空気のせいか、そこで会話がぷつりと途切れた。


「……なんだよ、この間」


「いや、アンタの名前なんだっけ? キンパツしか出てこなくて」


「ケント・ベルウォードって、あの時ちゃんと叫んだだろ! もう忘れたのか!?」


「必要ないことは覚えない主義でね」


「オレも忘れてたわ! 女の子の名前以外、興味ねぇし!」


 なんて薄情な奴らだ、と心の中で毒づきながらも――

 どこか懐かしいこのやり取りに、思わず笑みがこぼれた。


「そこ、うるさいぞ。さっさと乗り込め」


 後ろから刑務官に注意され、俺たちは四輪想駆ビークル・ソドの後部座席へと押し込まれた。

 拘束想具バインド・ソアの冷たさと、揺れ始めた想駆ソドの振動が――これから始まる選抜試験の現実味を、嫌でも高めていくのだった。

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