第一章「筆記試験」
四輪想駆に揺られること数時間。
窓には遮光板でもはめられているのか、外の景色は一切見えない。
車内はやけに静かで、私語なんかしようものなら即、刑務官の耳に入るだろう。
だから俺たちは――例の合図で会話を始めた。
(レックス、合図はちゃんと忘れてねぇだろうな?)
(これに関しちゃ体に染みついてる。大丈夫だ)
(なら問題ねぇ。……ルビィ、お前はどうだ?)
(アタシがそんなくだらないこと、覚えるわけないでしょ)
(……いや、しっかり伝わってんじゃねぇか)
指先は淀みなく動き、動作にも迷いがない。
こいつ、合図表をもらった夜のうちに全部叩き込んだな。
なら安心して――これからの作戦を伝えることができる。
(ここから先の大事な話は全部、この合図でやる。どこにセバストの刺客が紛れてるか分からねぇからな。それと、クレリア情報だと第一試験は筆記だ。俺が全部解き終わったら肩を回す。そのあと一問目から順に答えを送るから、お前らは確認だけしてくれ)
(いや、それは助かるけどよ。席が遠かったら合図見えねぇぞ?)
(そこは抜かりねぇ。あらかじめクレリアに頼んで、お前らの席は近くにしてもらってある)
(ちょっと待ちなさいよ。そもそもアンタの答えが合ってる保証はないじゃない)
ルビィが眉をひそめ、じとっとした目で俺を見る。
どうやらこいつ、俺の頭をあんまり信用していなそうだったので、補足する。
(あのな……熊公とやり合ったあと、俺は爺さんとずっっっと座学講習してたんだよ)
他の囚人が仕事実習や戦闘訓練してる間、俺は朝から晩までひたすら座学。
給料は低かったが、その代わり教本の内容は嫌ってほど叩き込まれた。
(とはいえ、確実に合ってる保証はねぇ。自信あるなら俺の合図は無視して自分で解いてくれ)
(んー……オレには無理だな。ケントの指示待ちで、考えてるフリだけしとく)
(アタシは参考程度にしとくわ)
そんなやり取りをしているうちに、四輪想駆は速度を落とし――やがて完全に停止した。
外に出ろと促され、ドアをくぐる。
目の前には、やたらとデカい建物がそびえていた。
装飾こそ簡素だが、造りはしっかりしているのが伺えた。
ここが――選抜試験の会場らしい。
さらに刑務官に連れられて中へ入ると、食堂よりは少し狭いものの、それでも十分な広さの大広間へ通された。ざっと見渡すが、ジェイクの姿はどこにもない。
(噂どおり、第三試験からの参加ってわけか)
各々、指定された席に座ったところで、前に立った刑務官が説明を始めた。
「本日は、お前たち囚人に“選抜試験”を受けてもらう。
上位の成績を収めた者は、残りの刑期を騎士団の活動を通して償ってもらう。
――心してかかれ」
その説明を聞きながら、ルビィとレックスが小さく合図を送ってくる。
(今さらなんだけどよ……オレ、別に騎士団入りたいとか思ってねぇんだよな)
(アタシも。刑期増えたし選ばれたらラッキーくらい)
まぁ正直、俺も騎士団に入りたいわけじゃない。出所できりゃ御の字ってとこだ。
だが――重要なことを一つ忘れてるので二人に説明する。
(確かにそうかもな。けど、この試験で俺たちが何もしなかったら――ジェイクが出所すんだぞ)
その一言で、二人の目つきががらりと変わった。
(俄然やる気出てきた。死んでも勝ち上がってやりましょ)
(死ぬのは嫌だけど……ボッコボコにされた恨み、忘れてねぇからな! あとアイツ、顔が良いのが余計ムカつく!)
ジェイクの出所を阻止する、三人の目的が一致した瞬間だった。
その後、刑務官から本日のスケジュールが告げられる。
朝食 → 第一試験 → 第二試験 → 昼食 → 第三試験 → 結果発表
事前の話にあった通り、第一試験は筆記だ。
基準点を下回った者はその場で脱落となり、モーニア監獄へ搬送されるらしい。
まずは朝食。席に座ったまま、順番にトレイが配られていく方式だ。
内容は持ち運びしやすいパン数個と、牛型想喰の乳搾り――懲罰房の飯と比較すると偉いご馳走だった。
……だが、この時点で俺は何か仕込まれてると踏んでいた。
理由は簡単だ。俺がセバストなら、まずここを叩くからだ。
(レックス。女囚の誰でもいい。聞いてほしいことがある。
それが終わるまで、絶対に食事に手をつけるな。
ルビィも絶対食べるなよ、フリじゃないからな)
(ほいほーい。お安い御用だ)
(……なんでアタシだけ念を押すのよ)
ルビィがむくれたように頬を膨らませる。
だが釘を刺しておかないと、この女は真っ先に平らげかねない。
レックスはトイレに向かい、戻る途中で女囚にさりげなく話しかけたらしい。
そして結果――やはりというべきか。
(黒だ。下剤が混ぜられてる)
(……あっぶな。さすがに卑劣すぎない?)
(それがロウガーデンって奴らだ。助かった、レックス)
(おう。でも、このあとどうすんだ?
できれば“下剤入り”って報告したくねぇんだけど)
教えてくれた女囚は、レックスを信じて情報を渡してくれた。
ここで俺たちが刑務官に告げれば、彼女は裏切り者扱いされる。
最悪、俺たちが味わったようなイジメの標的にされてしまう。
だから――ルビィに指示を飛ばし、一芝居打つことにした。
俺は囚人の中でニヤついている三人組のところへ歩み寄り、睨みつけた。
「なんだぁ? キンパツくぅん。まだ殴られ足りねぇか?」
仕事実習中に水をぶっかけてきた張本人。
そして拷問部屋でも、楽しそうにいたぶってたクソどもだ。
俺はわざとらしい笑みを浮かべ、肩をすくめてみせる。
「はっ。ジェイクの後ろ盾がなきゃ粋がれねぇ雑魚が……何を偉そうに言ってんだ?」
「あぁ?」
男が机を乱暴に叩き、仲間二人を引き連れて立ち上がる。
三人がかりで俺を囲むように、じりじり距離を詰めてきたが――。
「お前たちッ!! 何をしている!! 朝食の間くらい大人しくしていろ!」
そう、この場にはジェイクがいない。
だから刑務官たちは“職務”を優先する。
俺と三人組は、あっさり引き剥がされ、それぞれ席へ戻された。
「残念だったなぁ。この場にジェイクがいなくてよ」
わざとらしい捨て台詞を残し、俺は椅子に腰を下ろした。
隣のレックスが青ざめており、小声で話しかけてくる。
(お、おい! ケント! 何してんだよ、朝っぱらから目立つことして……!)
(落ち着け。トレイ、よく見てみろ)
(え……あれ!? オレの飯がねぇ!?)
レックスだけじゃない。
俺とルビィのトレイからも、いつの間にか食事と飲み物が消えていた。
そして、その犯人が何食わぬ顔で戻ってくる。
(はいこれ。あいつらの食事と飲み物。さっさと食べちゃいましょ)
(……さすがルビィ、見事な手際だ。ちゃんとすり替えてきたんだな)
(当然でしょ。あの程度、朝飯前よ)
(おっ、今のは上手いな!)
ルビィの手癖の悪さ――いや、器用さを最大限に利用した。
俺が囮で場を荒らし、奴らと刑務官の視線が散ってる隙に、下剤入り食品を三人組のトレイへ返品する。作戦は大成功だ、試験中はトイレで反省してろ。
俺たちは安全な朝食を悠々と平らげ、刑務官の指示に従って試験会場へ移動した。
――俺は指定どおり、一番前列だ。
その左右の斜め後ろに、レックスとルビィが座っている。ちょうど合図が通る距離だった。
試験時間は六十分。合格ラインは七割。
三席が空席のまま――筆記試験が開始された。
出題は座学でやった、比較的シンプルな内容が多い。
共和国ゴーゼンメイヘムの歴史、想具や想駆の発展。
加護、想弾師、想導騎士団、上位存在とやらの監視者、獣人の基礎知識。
さらには神獣、そしてブルーノのおっさんから聞いたばかりの1D6まで――。
叩き込まれた知識が、ここで全部つながっていく。ペンは順調に走った。
折り返しの三十分が過ぎた頃。
一通り、自信のある問題は解き終えた。
――合図の時間だ。
俺はさりげなく肩をぐるりと回し、その流れで首筋をかくふりをする。
そして、指先だけで短く合図を送り始める。
一問目から順に、答えの番号やキーワードを刻んでいく。
刑務官から指摘は飛ばない。
仮に怪しまれても身体をほぐしてただけで押し通せる程度の動きだ。
全問分の合図を送り終えた頃、試験終了の合図が鳴り――俺たちは一斉にペンを置かされた。
採点のあいだ、囚人たちは別室の待合室へ集められる。
そこでようやく、普通の会話に切り替えた。
「いやぁ~、全然わからなかったから助かったぜ」
「レックス、お前……学校行ってなかったのか?」
「行ってたよ? でも四年も前の授業内容なんて覚えてるわけないだろ。
っていうか、その頃も大体寝てたしな」
レックスは俺と同い年の二十二歳だ。
卒業後は実家の建築仕事を手伝ってたらしい。
「アタシも後半の問題さっぱりだったから助かったわ。
ていうかアンタ、見た目によらず勉強できるのね」
ルビィは一つ下の二十一歳。クレリアと同い年だ。
卒業後はバイトを転々としながら食いつないでたらしい。
「まぁ……あんだけ爺さんに叩き込まれたら、嫌でも覚えるわ」
「それにしてもじゃない?ケントって、結構いい学校出てたりする?」
そういえば、こいつらに身の上をちゃんと話していなかったことを思い出した。
「あー、言ってなかったな。
俺、記憶ねぇんだよ。名前と年齢以外、親が誰かも、生い立ちも分からねぇんだ」
「「は!?」」
それから俺は、全裸事件からスプラウト雑貨店で用心棒やってることまで、ざっと説明した。二人とも目玉が飛び出しそうな勢いで驚いている。
「記憶ないって……治療院で検査とかしたのか?」
「してねぇ。第一そんな金ねぇし。
日々の飯代と、たまに行く賭場で全部吹っ飛ぶ」
「いや、賭場行くのやめなさいよ」
「言われてやめられるなら、とっくにやめてる」
それに過去の俺がどうだったかなんて、大した問題じゃない。
大事なのは、今の俺がどう生きるか――それだけだ。
そんな話で時間を潰していると、結果発表を告げる鐘が鳴り響いた。
全員が立ち上がり、壁に設置された映像想具の前へ集まる。
さて、結果は――。
「よっしゃッ!! 合格だ!!」
「……何とかなったわね」
レックスとルビィが胸を撫で下ろす。
俺の得点も八割を超え、無事合格ラインだ。
――ただ、一つだけ納得いかないことがあった。
「ルビィ。お前、“参考程度にする”って言ってたよな?
下一桁まで俺と同じ点数なんだけど」
こいつもレックスと同じく、丸写ししてる事実が判明した。
「さぁ……たまたまじゃない?」
「まぁいいじゃん! 三人とも合格なんだしさ!!」
レックスの陽気な言葉に、俺も苦笑いを浮かべた。
ひとまず第一関門は突破した。
だが――ここから先の試験内容は、全く読めない。
すでに一度、妨害の手は伸びてきている。なら次もある。
歓喜の空気が漂う待合室の片隅で、俺たちは改めて気を引き締めた。
そして、第二試験の会場へと歩き出す。




