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想心の引き金 ~たとえ何百年、何千年かかったとしても――わたしが彼を止めてみせる~  作者: Observer_365
2_監獄編

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第四章「敵に回す」 8/8

 ジェイクに宣戦布告してから、俺は懲罰房にぶち込まれることになった。

 そこは本当に狭く、人ひとりがギリギリ立っていられる程度のスペース。おまけに窓もなければ、光すら差さない完全な暗闇だ。

 閉所恐怖症の奴なら――間違いなく発狂するだろうな。


 光が入るのは、用便のときか、刑務官が一日一回運んでくる食事のときだけ。

 しかもパン一切れと水だけの、実に質素なメニューだ。


 だが、後悔はない。

 あのときのジェイクのツラを思い出すと、それだけでお釣りがくるからだ。


 ここではやることもないので、上着を脱いで、来るべき日に備えてひたすら筋力鍛錬に励んでいた。汗が滴り落ちてきたころ、暗闇の向こうからノックの音がする。


「ケントさん、食事を持ってきました。入ってもよろしいでしょうか?」


「おーう」


「失礼しま――ッ!?!?!?

 なっ、なっ、なんで脱いでるんですかっ!?」


 扉が開くと同時に、クレリアが電灯想具(ライト・ソア)と食事を抱えたまま固まった。手はわなわなと震え、目を逸らしながら、やけに大げさに驚いている。


「やることねぇからトレーニングしてたんだよ。汗だくになっちまうから、先に上着脱いでおいたんだが……」


「どうせ洗うんですから、服を着たままやってください!!」


 さっきから一切こっちを見ようとしないクレリアに、念のため断っておく。


「見られて恥ずかしい身体してねぇし、俺は気にしないぞ?」


「私がッ!! 気にするんですよッ!!」


 そこまで言われては仕方ない。

 しぶしぶ上着を羽織るが……反応がちょっと面白かったので、次回以降も脱いで待機しておくことをひっそりと誓った。


 そのまま、食事を受け取りつつ、諸々の現状報告を聞くことになる。


「まずは皆さんの刑期ですね……名前を呼んでしまった三名には、刑期一年追加されました」


「ってことは、俺は懲役五年か。派手に伸びちまったな。……他の二人は無事か?」


 泥女とたらし野郎――あらため、ルビイリスとアレクシードの安否が気になって仕方がない。


「あのお二方はかなりの傷を負っていらっしゃったので、現在は医務室で治療中です。今のところ命に別状はありませんので、完治次第、こことは別の懲罰房に移される予定です」


「……命に別状なし、か。ひとまず安心だな」


 胸の奥の重石が、少しだけ軽くなる。


「それと、こちらは朗報かもしれませんが……ジェイクさんを含む、今回の暴行事件に関与していた方々にも、一年が追加されました」


「ジェイクに一年!? マジかよッ!」


 歓喜のあまり、声が裏返った。


「セバスト様と大司祭ウェルダー様が協議した結果、そのように決定しました。

 ただセバスト様には、かなり強く文句を言われましたね。“恩を仇で返す気か!”と」


 ……ジェイクも同じこと言ってたな。やっぱり血は争えねぇなと思ってしまう。

 ただ、それよりも気になることがあった。


「そういやさ。クレリアとしては――結局、アレで良かったのか?」


 俺と話したときは自分がどうするべきなのか、まだ迷っていた。

 時間を置いて向き合う必要があると思っていたのだが――。


「まだ明確な答えは出ていませんが、あのときの私の行動が間違っていたとは思えません。それに、その、ブレイズロット家の者としては、あまり褒められませんが、ジェイクさんのあの顔を見たとき……ちょっとだけスッキリしました♪」


「おっ……おお~、そうか。俺も、まぁ……そうだな」


「? なんで顔をそらすんですか?」

 

 柄にもなく、顔が熱くなるのを感じる。

 今の笑顔に心を持っていかれそうになったことは隠しつつ、本題を切り出した。


「なんでもねぇよ。……それより、ずっと聞きたかったことがあるんだ。

 ――“選抜試験”について、教えてくれねぇか」


 本来ならもっと早く聞くはずだったのを、すっかり忘れていた。

 刑期も伸びた今、ロウガーデン親子に借りを返しつつ、監獄から抜け出す手段はそれくらいしかない。


「やっぱり……囚人の間では噂になっていますよね。

 まだ詳細は固まっていませんし、本当は囚人に話してはいけないのですが……内緒ですよ?」


 クレリアは声をひそめ、選抜試験の概要を教えてくれた。


 ――選抜試験。

 いずれ来る獣人族との大規模戦争に備え、戦闘員を補充するため、モーニア監獄から優秀な成績を収めた三名を選び出す試験。

 求められるのは、教養・体力・状況判断力の三つ。

 騎士団のメンバーがそれぞれ担当官となって審査を行い、全ての試験を突破した者が騎士団に仮入隊する。その担当官の中には――やはりセバストも含まれているらしい。ロウガーデン家と決着をつけるにはふさわしい舞台だ。


 三段階構成の試験になる予定だが、今明かされているのは教養を測る筆記試験の情報だけだという。


「第一の筆記試験は、想具ソアによる自動採点なので……セバスト様が介入する余地はないと思っていたのですが……」


「なんで過去形なんだ?」


「その……ケントさんだけ、試験の座席指定がありまして。一番前列だそうです」


「……? それに何の意味があるんだ?」


「おそらく……前列だとカンニングがしづらいので。そういうことかと……」


 小賢しいにもほどがある。セバストは完全に、俺をバカだとナメていることが分かった。だが――これは逆に、好機でもあった。


「間抜けめ……クレリア、俺の席はそのままでいい。

 その代わり、あの二人をバレない程度に、できるだけ近くに配置してくれねぇか?」


「は、はい。さすがに真後ろは怪しまれますが、それとなく近くの席に指定することは可能です。……ちなみに、何か策でも?」


「ああ。俺はともかくとして、アイツら二人の点数を底上げする策がある。

 多分、それで第一試験は突破できるはずだ。

 問題は、第二、第三試験だな」


「そこはまだ詳細が……ただ、このモーニア監獄の外で行うことだけは決定しています」


「外で? そんな大ごとでやるのか」


「はい。ですので、試験内容はかなりハードなものになるかと。

 それに、セバスト様の介入も予想されます。

 こちらもできる限り不正のないよう努めますので……どうかお気をつけて」


「分かった。……それともう一つ、いいか?装填(セット)についてだ。

 俺はまだ未熟で、装填セットができねぇ。どうすりゃ手っ取り早く習得できるか――せめて練習方法だけでも教えてくれねぇか?」


 ジェイクとの一戦で致命的な差になったのは、まさに装填セットの有無だった。

 もちろん、あの時点で扱えたからといって勝てた保証はない。

 それでも、次の選抜試験までに少しでも追いついておきたい。


「そうですね……もちろん経験を積んで原動力マグを理解することが重要ですが――まずは装填セットのイメージを染みこませるのがいいですね。

 効率がいいのは、自分の想具ソアではなく、“別の物体”に加護アモを付与する練習です。

 ちょっと待っていてくださいね……」


 そう言うと、クレリアは一旦外に出て、壁のパネルのようなものを操作した。


「何してんだ?」


「安全想具を一時的に停止しました。これが起動していると、想具ソアはもちろん、加護アモすら発動できませんから。

 話を戻しますね。例えば――ここに落ちている小石。この石に、私の加護アモを付与すると……」


 クレリアが小石にそっと触れると、その表面を水が薄く覆った。

 そのまま壁に向かって投げつけると――石は、そこに貼りつくように固定される。


「すげぇな……こんなこともできんのか」


 真似してみようと、俺も風の加護アモを小石に込めてみる。

 ――次の瞬間、風圧が強すぎたのか、小石は粉々に砕け散った。


「うおっ!?」


「付与する量が多すぎですね。これを機に、加護アモの調整を練習してみてはいかがでしょうか」


「でも普段は、ここ安全想具セーフティ・ソアがあるんだろ? 練習したくてもできねぇじゃねぇか」


「あー……そういえば、ここの安全想具セーフティ・ソア、チョットコワレテルナー。シュウリシナイトー」


 棒読みでカタコトな言い訳を口にしながら、クレリアは視線を泳がせる。

 肩もどこか強張っていて、こういう悪さには慣れていないのが丸分かりだった。


「……ブレイズロット家のお嬢様がぐれてしまった」


「誰かさんの影響だと思いますけどね。

 ……貴方を信頼してやっているので、決して裏切らないでくださいよ?」


 あくまで加護の練習目的であって、脱走に使うな――ってことだろう。

 俺はクレリアの目をしっかりと見て、感謝を伝えた。


「分かってるよ。ありがとな、クレリア。必ず物にしてみせる」


「は、はいっ。……頑張ってくださいね」


 どこかそわそわした様子でそう言うと、クレリアはそのまま足早に懲罰房を後にした。残された俺は、床に転がっている小石を拾い上げ、ひたすら加護アモを付与する練習を始めた。


* * *


 それから数日後。

 加護アモの調整と鍛錬に励んでいると、暗闇の向こうからコツコツとノックの音がした。


「入って大丈夫だ――って、なんだよ。ブルーノのおっさんかよ」


「あら、お呼びじゃなかったかい?」


「いんや、そうじゃねぇ。ただアンタ相手だと、脱いでても面白い反応にならねぇからな」


「はっはっはっ! なかなかじじ臭い趣味を持ってるねぇ」


 そんな軽口を交わしながら、ブルーノのおっさんは電灯想具(ライト・ソア)と食事を持って懲罰房に入ってきた。今日はクレリアが別件で忙しいらしく、その代わりにおっさんが配給を担当してくれるらしい。


 それに加えて――どうやら“耳寄りな情報”も持ってきたようだ。


「第二試験、俺も参加することになったから~。お手柔らかに頼むよ」


 あまりにもサラッと、とんでもない爆弾を投下してきやがった。

 思わず口に含んでいた水を吹き出す。


「アンタが参加すんのか!?

 ちょっと待てよ、どういう試験なんだよ、それ!」


「試験内容はもう決まってるけど、教えられないな~。

 ちゃんと当日発表されるから、いい子にして待ってな」


 どうやら保留になっていた試験内容は、すでに確定しているらしい。

 だが、その当日発表ってやつが一番の問題だった。


「待ってくれよ。当日発表だと、どう考えてもジェイクが先にセバストから情報を仕入れるだろ。明らかに不利じゃねぇか、そこをなんとか教えてくれよ」


「ん~、その心配はいらないんじゃない? 彼、シード枠で第三試験からの参加だし」


「はぁ!? 嘘だろ!?」


 ふざけているにもほどがある。

 第一・第二試験をすっ飛ばして第三試験から参加って、もう試験として破綻してんだろ。


「まぁ、彼。ああ見えて結構強いみたいでね。うちの旦那も、それで納得したみたいよ?」


 ……そう言われちゃあ納得するしかなかった。

 態度や行動はクソの極みだが、実力は折り紙付きであることを俺は知っている。

 ジェイクの話はひとまず置いといて、前から気になってたことを口にする。


「前にも言ってたけどさ、アンタの言う“旦那”って誰なんだよ」


「あ~。大司祭ウェルダーのことよ」


「おいおい、国のトップと随分親しそうだな。どういう関係なんだ?」


「あの人が元調和教団(アルカディア)のトップだったのは知ってるよね?

 実は俺もそこにいてさ。一緒に働いてたんよね。

 んで解散したあと、そのまま想導騎士団ソルドガルドの隊長に推薦してもらったってわけ。

 いやぁ~、職を失わずに済んでホント助かったよ」


 座学でも習った。

 中立国サングリア・ヒルを築き、人と獣との“調和”を掲げていた教団。

 だが十年前に裏切りが起き、教団は解散。

 サングリア・ヒルも今は人間国に合併した――たしか、そんな話だった。


 その当事者の一人が、目の前のこのおっさんってわけだ。

 二番隊隊長に推薦されたって時点で、相当な実力者なのは間違いない。

 俺とジェイクを赤子のようにいなして、瞬く間に無力化したことを思い出す。

 ――その戦いの中で、どうしても知りたいことがあった。


「話変わるんだけどよ――あの瞬間移動みたいなやつ、どうやってんだ? アンタ自身の能力か?」


 俺とジェイクの一撃を片手で受け止めたあと、ブルーノのおっさんは一瞬で俺たちの背後に回り込んでいた。目の前から消え、次の瞬間には別の場所に現れる。それがもし想弾師スリンガーとしての能力なら、ぜひとも習得したい。

 そう思って聞いてみたのだが――。


「ああ、はいはいアレね。“コイツ”の効果だよ」


 おっさんは、耳元で揺れているイヤリングを指さした。


「今開発中の想具ソアでね。テストってことで、俺が使わせてもらってるのさ。

 まあ敵の能力を参考に作ってるから、扱いがかなり難しいんだけどね」


「敵って……もしかして獣人セリアンか?」


「違う違う。ほら、十年前の……って、そういえば君、記憶ないんだっけ?

 なら知らなくても無理はないか」


「……なんか、会う奴全員にそれ言われてる気がするんだが。記憶ないことにそろそろ腹立ってきたわ」


 俺が不貞腐れていると、ブルーノが笑みをこぼしつつフォローしてきた。


「怒んない怒んない。ちゃんと教えてあげるからさ。

 昔、神獣(ネウマ)っていう化け物がいたのは知ってるよね」


「ああ。教本に載ってた、いかにもって感じの禍々しい奴だろ」


「そう、それ。アイツら自体、なんで発生したのかはいまだに不明なんだけど……

 十年前辺りから、急に現れた変な連中がいてね。そいつらが黒幕だって言われてるのよ。だって、神獣ネウマを召喚して人と獣を問わず、各地を襲いまくってたからさ」


神獣ネウマを……召喚……?」


「うん、調和教団アルカディアとしては大変だったよ。

 どこそこの街が神獣ネウマに襲われてるって報告が入るたびに、あちこちに出撃でさ。

 いやほんと、あれは骨が折れたねぇ」


 苦笑いを浮かべるおっさんの顔を見ながら、俺はその“変な連中”について問いただす。


「その各地を襲ってた連中って、何者なんだ? 何を目的としていたんだ?」


「俺だって詳しくは知らないよ。

 自分たちのことを、1D6(ワンダイス)って名乗ってた六人組集団としかね。

 で、そいつらが使ってた瞬間移動――やつらはそれを振直(リロール)って呼んでたかな。その能力を参考にして開発を進めてるのが、この想具ソアってわけ」


 1D6(ワンダイス)

 振直(リロール)


 また新しい単語が脳みそに放り込まれる。

 十年前は神獣ネウマに、1D6(ワンダイス)、サングリア・ヒルで起きた九日血禍ブラッディナインデイズもあって、当時の世界は今以上の魔境だったらしい。


「でも1D6(ワンダイス)って今はいないよな? また完璧超人のライアードって奴がやっつけたのか?」


「ライアード君になんか恨みがありそうだね…。結果から言うと、その一端を担ってるかな?ゴーゼンメイヘムを襲ってたのは六人中二人だけ。その二人はライアード君含むかつての想導騎士団ソルドガルドが撃退した。他四人は獣角族コルニス獣耳族アウリスの方を襲ってたみたいだけど、上手く倒したみたいだね」


 さりげなく話題を想具から逸らしたので、俺はここぞとばかりに情報を引き出すことにした。


「へぇ~大変だったんだなぁ……。ちなみに瞬間移動するときの“条件”とかあるのか?」


「ダーメダメ。そんなこと教えたら、第二試験で君だけ有利になっちゃうでしょ? 教えないよん」


 くっそ、話題をすり替えてもダメだった。

 見た目と喋りは抜けてるくせに、意外としっかりしてやがる。

 俺の浅い作戦は、あえなく霧散した。


「それじゃ、もし会えたら第二試験で。頑張ってねぇ」


 ひらひらと手を振りながら、ブルーノのおっさんは懲罰房をあとにした。

 もし本当に、第二試験の場であのおっさんと相対することになったとしても――そこで戦えるだけの加護アモの精度と、身体を仕上げておく必要がある。


 俺は再び上着を脱ぎ、来たる試験に向けて黙々と鍛錬を再開したのだった。

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