第四章「敵に回す」 8/8
ジェイクに宣戦布告してから、俺は懲罰房にぶち込まれることになった。
そこは本当に狭く、人ひとりがギリギリ立っていられる程度のスペース。おまけに窓もなければ、光すら差さない完全な暗闇だ。
閉所恐怖症の奴なら――間違いなく発狂するだろうな。
光が入るのは、用便のときか、刑務官が一日一回運んでくる食事のときだけ。
しかもパン一切れと水だけの、実に質素なメニューだ。
だが、後悔はない。
あのときのジェイクのツラを思い出すと、それだけでお釣りがくるからだ。
ここではやることもないので、上着を脱いで、来るべき日に備えてひたすら筋力鍛錬に励んでいた。汗が滴り落ちてきたころ、暗闇の向こうからノックの音がする。
「ケントさん、食事を持ってきました。入ってもよろしいでしょうか?」
「おーう」
「失礼しま――ッ!?!?!?
なっ、なっ、なんで脱いでるんですかっ!?」
扉が開くと同時に、クレリアが電灯想具と食事を抱えたまま固まった。手はわなわなと震え、目を逸らしながら、やけに大げさに驚いている。
「やることねぇからトレーニングしてたんだよ。汗だくになっちまうから、先に上着脱いでおいたんだが……」
「どうせ洗うんですから、服を着たままやってください!!」
さっきから一切こっちを見ようとしないクレリアに、念のため断っておく。
「見られて恥ずかしい身体してねぇし、俺は気にしないぞ?」
「私がッ!! 気にするんですよッ!!」
そこまで言われては仕方ない。
しぶしぶ上着を羽織るが……反応がちょっと面白かったので、次回以降も脱いで待機しておくことをひっそりと誓った。
そのまま、食事を受け取りつつ、諸々の現状報告を聞くことになる。
「まずは皆さんの刑期ですね……名前を呼んでしまった三名には、刑期一年追加されました」
「ってことは、俺は懲役五年か。派手に伸びちまったな。……他の二人は無事か?」
泥女とたらし野郎――あらため、ルビイリスとアレクシードの安否が気になって仕方がない。
「あのお二方はかなりの傷を負っていらっしゃったので、現在は医務室で治療中です。今のところ命に別状はありませんので、完治次第、こことは別の懲罰房に移される予定です」
「……命に別状なし、か。ひとまず安心だな」
胸の奥の重石が、少しだけ軽くなる。
「それと、こちらは朗報かもしれませんが……ジェイクさんを含む、今回の暴行事件に関与していた方々にも、一年が追加されました」
「ジェイクに一年!? マジかよッ!」
歓喜のあまり、声が裏返った。
「セバスト様と大司祭ウェルダー様が協議した結果、そのように決定しました。
ただセバスト様には、かなり強く文句を言われましたね。“恩を仇で返す気か!”と」
……ジェイクも同じこと言ってたな。やっぱり血は争えねぇなと思ってしまう。
ただ、それよりも気になることがあった。
「そういやさ。クレリアとしては――結局、アレで良かったのか?」
俺と話したときは自分がどうするべきなのか、まだ迷っていた。
時間を置いて向き合う必要があると思っていたのだが――。
「まだ明確な答えは出ていませんが、あのときの私の行動が間違っていたとは思えません。それに、その、ブレイズロット家の者としては、あまり褒められませんが、ジェイクさんのあの顔を見たとき……ちょっとだけスッキリしました♪」
「おっ……おお~、そうか。俺も、まぁ……そうだな」
「? なんで顔をそらすんですか?」
柄にもなく、顔が熱くなるのを感じる。
今の笑顔に心を持っていかれそうになったことは隠しつつ、本題を切り出した。
「なんでもねぇよ。……それより、ずっと聞きたかったことがあるんだ。
――“選抜試験”について、教えてくれねぇか」
本来ならもっと早く聞くはずだったのを、すっかり忘れていた。
刑期も伸びた今、ロウガーデン親子に借りを返しつつ、監獄から抜け出す手段はそれくらいしかない。
「やっぱり……囚人の間では噂になっていますよね。
まだ詳細は固まっていませんし、本当は囚人に話してはいけないのですが……内緒ですよ?」
クレリアは声をひそめ、選抜試験の概要を教えてくれた。
――選抜試験。
いずれ来る獣人族との大規模戦争に備え、戦闘員を補充するため、モーニア監獄から優秀な成績を収めた三名を選び出す試験。
求められるのは、教養・体力・状況判断力の三つ。
騎士団のメンバーがそれぞれ担当官となって審査を行い、全ての試験を突破した者が騎士団に仮入隊する。その担当官の中には――やはりセバストも含まれているらしい。ロウガーデン家と決着をつけるにはふさわしい舞台だ。
三段階構成の試験になる予定だが、今明かされているのは教養を測る筆記試験の情報だけだという。
「第一の筆記試験は、想具による自動採点なので……セバスト様が介入する余地はないと思っていたのですが……」
「なんで過去形なんだ?」
「その……ケントさんだけ、試験の座席指定がありまして。一番前列だそうです」
「……? それに何の意味があるんだ?」
「おそらく……前列だとカンニングがしづらいので。そういうことかと……」
小賢しいにもほどがある。セバストは完全に、俺をバカだとナメていることが分かった。だが――これは逆に、好機でもあった。
「間抜けめ……クレリア、俺の席はそのままでいい。
その代わり、あの二人をバレない程度に、できるだけ近くに配置してくれねぇか?」
「は、はい。さすがに真後ろは怪しまれますが、それとなく近くの席に指定することは可能です。……ちなみに、何か策でも?」
「ああ。俺はともかくとして、アイツら二人の点数を底上げする策がある。
多分、それで第一試験は突破できるはずだ。
問題は、第二、第三試験だな」
「そこはまだ詳細が……ただ、このモーニア監獄の外で行うことだけは決定しています」
「外で? そんな大ごとでやるのか」
「はい。ですので、試験内容はかなりハードなものになるかと。
それに、セバスト様の介入も予想されます。
こちらもできる限り不正のないよう努めますので……どうかお気をつけて」
「分かった。……それともう一つ、いいか?装填についてだ。
俺はまだ未熟で、装填ができねぇ。どうすりゃ手っ取り早く習得できるか――せめて練習方法だけでも教えてくれねぇか?」
ジェイクとの一戦で致命的な差になったのは、まさに装填の有無だった。
もちろん、あの時点で扱えたからといって勝てた保証はない。
それでも、次の選抜試験までに少しでも追いついておきたい。
「そうですね……もちろん経験を積んで原動力を理解することが重要ですが――まずは装填のイメージを染みこませるのがいいですね。
効率がいいのは、自分の想具ではなく、“別の物体”に加護を付与する練習です。
ちょっと待っていてくださいね……」
そう言うと、クレリアは一旦外に出て、壁のパネルのようなものを操作した。
「何してんだ?」
「安全想具を一時的に停止しました。これが起動していると、想具はもちろん、加護すら発動できませんから。
話を戻しますね。例えば――ここに落ちている小石。この石に、私の加護を付与すると……」
クレリアが小石にそっと触れると、その表面を水が薄く覆った。
そのまま壁に向かって投げつけると――石は、そこに貼りつくように固定される。
「すげぇな……こんなこともできんのか」
真似してみようと、俺も風の加護を小石に込めてみる。
――次の瞬間、風圧が強すぎたのか、小石は粉々に砕け散った。
「うおっ!?」
「付与する量が多すぎですね。これを機に、加護の調整を練習してみてはいかがでしょうか」
「でも普段は、ここ安全想具があるんだろ? 練習したくてもできねぇじゃねぇか」
「あー……そういえば、ここの安全想具、チョットコワレテルナー。シュウリシナイトー」
棒読みでカタコトな言い訳を口にしながら、クレリアは視線を泳がせる。
肩もどこか強張っていて、こういう悪さには慣れていないのが丸分かりだった。
「……ブレイズロット家のお嬢様がぐれてしまった」
「誰かさんの影響だと思いますけどね。
……貴方を信頼してやっているので、決して裏切らないでくださいよ?」
あくまで加護の練習目的であって、脱走に使うな――ってことだろう。
俺はクレリアの目をしっかりと見て、感謝を伝えた。
「分かってるよ。ありがとな、クレリア。必ず物にしてみせる」
「は、はいっ。……頑張ってくださいね」
どこかそわそわした様子でそう言うと、クレリアはそのまま足早に懲罰房を後にした。残された俺は、床に転がっている小石を拾い上げ、ひたすら加護を付与する練習を始めた。
* * *
それから数日後。
加護の調整と鍛錬に励んでいると、暗闇の向こうからコツコツとノックの音がした。
「入って大丈夫だ――って、なんだよ。ブルーノのおっさんかよ」
「あら、お呼びじゃなかったかい?」
「いんや、そうじゃねぇ。ただアンタ相手だと、脱いでても面白い反応にならねぇからな」
「はっはっはっ! なかなかじじ臭い趣味を持ってるねぇ」
そんな軽口を交わしながら、ブルーノのおっさんは電灯想具と食事を持って懲罰房に入ってきた。今日はクレリアが別件で忙しいらしく、その代わりにおっさんが配給を担当してくれるらしい。
それに加えて――どうやら“耳寄りな情報”も持ってきたようだ。
「第二試験、俺も参加することになったから~。お手柔らかに頼むよ」
あまりにもサラッと、とんでもない爆弾を投下してきやがった。
思わず口に含んでいた水を吹き出す。
「アンタが参加すんのか!?
ちょっと待てよ、どういう試験なんだよ、それ!」
「試験内容はもう決まってるけど、教えられないな~。
ちゃんと当日発表されるから、いい子にして待ってな」
どうやら保留になっていた試験内容は、すでに確定しているらしい。
だが、その当日発表ってやつが一番の問題だった。
「待ってくれよ。当日発表だと、どう考えてもジェイクが先にセバストから情報を仕入れるだろ。明らかに不利じゃねぇか、そこをなんとか教えてくれよ」
「ん~、その心配はいらないんじゃない? 彼、シード枠で第三試験からの参加だし」
「はぁ!? 嘘だろ!?」
ふざけているにもほどがある。
第一・第二試験をすっ飛ばして第三試験から参加って、もう試験として破綻してんだろ。
「まぁ、彼。ああ見えて結構強いみたいでね。うちの旦那も、それで納得したみたいよ?」
……そう言われちゃあ納得するしかなかった。
態度や行動はクソの極みだが、実力は折り紙付きであることを俺は知っている。
ジェイクの話はひとまず置いといて、前から気になってたことを口にする。
「前にも言ってたけどさ、アンタの言う“旦那”って誰なんだよ」
「あ~。大司祭ウェルダーのことよ」
「おいおい、国のトップと随分親しそうだな。どういう関係なんだ?」
「あの人が元調和教団のトップだったのは知ってるよね?
実は俺もそこにいてさ。一緒に働いてたんよね。
んで解散したあと、そのまま想導騎士団の隊長に推薦してもらったってわけ。
いやぁ~、職を失わずに済んでホント助かったよ」
座学でも習った。
中立国サングリア・ヒルを築き、人と獣との“調和”を掲げていた教団。
だが十年前に裏切りが起き、教団は解散。
サングリア・ヒルも今は人間国に合併した――たしか、そんな話だった。
その当事者の一人が、目の前のこのおっさんってわけだ。
二番隊隊長に推薦されたって時点で、相当な実力者なのは間違いない。
俺とジェイクを赤子のようにいなして、瞬く間に無力化したことを思い出す。
――その戦いの中で、どうしても知りたいことがあった。
「話変わるんだけどよ――あの瞬間移動みたいなやつ、どうやってんだ? アンタ自身の能力か?」
俺とジェイクの一撃を片手で受け止めたあと、ブルーノのおっさんは一瞬で俺たちの背後に回り込んでいた。目の前から消え、次の瞬間には別の場所に現れる。それがもし想弾師としての能力なら、ぜひとも習得したい。
そう思って聞いてみたのだが――。
「ああ、はいはいアレね。“コイツ”の効果だよ」
おっさんは、耳元で揺れているイヤリングを指さした。
「今開発中の想具でね。テストってことで、俺が使わせてもらってるのさ。
まあ敵の能力を参考に作ってるから、扱いがかなり難しいんだけどね」
「敵って……もしかして獣人か?」
「違う違う。ほら、十年前の……って、そういえば君、記憶ないんだっけ?
なら知らなくても無理はないか」
「……なんか、会う奴全員にそれ言われてる気がするんだが。記憶ないことにそろそろ腹立ってきたわ」
俺が不貞腐れていると、ブルーノが笑みをこぼしつつフォローしてきた。
「怒んない怒んない。ちゃんと教えてあげるからさ。
昔、神獣っていう化け物がいたのは知ってるよね」
「ああ。教本に載ってた、いかにもって感じの禍々しい奴だろ」
「そう、それ。アイツら自体、なんで発生したのかはいまだに不明なんだけど……
十年前辺りから、急に現れた変な連中がいてね。そいつらが黒幕だって言われてるのよ。だって、神獣を召喚して人と獣を問わず、各地を襲いまくってたからさ」
「神獣を……召喚……?」
「うん、調和教団としては大変だったよ。
どこそこの街が神獣に襲われてるって報告が入るたびに、あちこちに出撃でさ。
いやほんと、あれは骨が折れたねぇ」
苦笑いを浮かべるおっさんの顔を見ながら、俺はその“変な連中”について問いただす。
「その各地を襲ってた連中って、何者なんだ? 何を目的としていたんだ?」
「俺だって詳しくは知らないよ。
自分たちのことを、1D6って名乗ってた六人組集団としかね。
で、そいつらが使ってた瞬間移動――やつらはそれを振直って呼んでたかな。その能力を参考にして開発を進めてるのが、この想具ってわけ」
1D6。
振直。
また新しい単語が脳みそに放り込まれる。
十年前は神獣に、1D6、サングリア・ヒルで起きた九日血禍もあって、当時の世界は今以上の魔境だったらしい。
「でも1D6って今はいないよな? また完璧超人のライアードって奴がやっつけたのか?」
「ライアード君になんか恨みがありそうだね…。結果から言うと、その一端を担ってるかな?ゴーゼンメイヘムを襲ってたのは六人中二人だけ。その二人はライアード君含むかつての想導騎士団が撃退した。他四人は獣角族、獣耳族の方を襲ってたみたいだけど、上手く倒したみたいだね」
さりげなく話題を想具から逸らしたので、俺はここぞとばかりに情報を引き出すことにした。
「へぇ~大変だったんだなぁ……。ちなみに瞬間移動するときの“条件”とかあるのか?」
「ダーメダメ。そんなこと教えたら、第二試験で君だけ有利になっちゃうでしょ? 教えないよん」
くっそ、話題をすり替えてもダメだった。
見た目と喋りは抜けてるくせに、意外としっかりしてやがる。
俺の浅い作戦は、あえなく霧散した。
「それじゃ、もし会えたら第二試験で。頑張ってねぇ」
ひらひらと手を振りながら、ブルーノのおっさんは懲罰房をあとにした。
もし本当に、第二試験の場であのおっさんと相対することになったとしても――そこで戦えるだけの加護の精度と、身体を仕上げておく必要がある。
俺は再び上着を脱ぎ、来たる試験に向けて黙々と鍛錬を再開したのだった。




