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想心の引き金 ~たとえ何百年、何千年かかったとしても――わたしが彼を止めてみせる~  作者: Observer_365
2_監獄編

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第四章「敵に回す」 4/8

 あの騒ぎのあと、真っ先に決まったのは――俺の処罰だった。


 ロウガーデン家の息子に手を出したからには、ガッツリ刑期が伸びていてもおかしくない。だが、実際に追加されたのは一年だけ。俺は懲役四年で事が済んだ。


 ジェイク側にも問題があったってことで、ブルーノのおっさんがいろいろ掛け合ってくれた結果らしい。その代わりに「仕事実習の時間を増やして、自分で大暴れした場所の修繕に充てる」という条件付きだ。甘いと言えば甘い、そんな落としどころだった。


 さらに、監獄の訓練場以外の区画には安全想具(セーフティ・ソア)が導入された。この想具ソアが展開されている場所では、想弾師スリンガー加護アモはもちろん、勝手に想具ソアを出せなくなるそうだ。


 そしてジェイクはというと……何事もなかったみたいなツラで、周りの囚人を使った嫌がらせを始めてきた。


 座学では、周りから消しゴムや紙くずが飛んでくる。

 仕事実習では、ロッカーを開けたら作業着の中に泥がぎっしり詰め込まれている。

 戦闘訓練では、わざとぶつかってくる接触事故が不自然なくらいに増えた。


 だが、刑務官は相も変わらず見て見ぬふり。

 ロウガーデン家という権力のデカさを見せびらかすには、十分すぎる日々だった。


 そして、いちばん堪えたのは――。


「は? 昼食が受け取れない!?」


「はい、あなたたちはすでに受け取ったことになっています」


 食堂担当の刑務官が、事務的な声でそう告げた。


「そんなわけないでしょ。アタシたち、今来たばっかりよ?」


「原則としてランチセットは、お一人様一つとなっております。申し訳ございません」


 申し訳なさそうな顔だけは、それっぽく作っている。

 その後、俺たちがどれだけ抗議しても結果は変わらなかった。

 少し離れた席で、その様子をジェイクがニタニタ眺めながら高級そうな肉と酒をむさぼっている。


 睨みつけて文句を言いに行こうとしたところで、泥女が俺の腕をつかんだ。


「どうせアイツに言ったって、しらばっくれて嫌味が増えるだけよ。

 それより――今の状況を整理しましょ」


 そう言って、食堂の隅の席を確保し、俺たち二人だけの作戦会議が始まった。


「まずは現状把握ね。先日の給料日から、アタシとキンパツに嫌がらせをしろって命令があちこちに出てる。もちろん、たらし野郎も含めてね」


 そう、たらし野郎は今、俺たちの近くにはいない。

 少し離れた席で、ちゃっかり女囚と談笑しながらランチを食べていた。


 胸の奥がちくりとする、だが当然だ。

 今の俺たちに関われば、確実に巻き込まれる。

 なにより、あれだけ忠告してくれていたのに、それを無下にしたのは俺だ。

 どの面下げて、アイツと話せってんだ。


 ……まあ、それより問題はジェイクだ。


「がっつり敵対しちまったか……遅かれ早かれこうなると思ってたが、さすがに気が重いぜ」


「アイツ……そんなに強かったの?」


「正直言うとな……今の俺じゃ話にならねぇ。

 ブルーノのおっさんが来なかったら、マジで死んでたかもしれねぇ」


 ブルーノの名前を出した途端、泥女は耳まで赤くして、やたら髪をいじりはじめた。身近すぎて忘れがちだが、こいつもクレリアと同い年のれっきとした女だった。


「そ、そうなのね。ブルーノさん……かぁ」


 前に雑談で話したのだが、泥女はイケオジが好きらしい。

 試しに「おっさん好きなのかよ」と茶化したら、マジでキレられた前科があるので、そこだけは間違えないようにしている。どこか上の空でにやけている泥女に、俺は提案してみる。


「なぁ……俺はいまさらどうにもなんねぇけどよ。泥女はまだ、誠意見せりゃワンチャン許してもらえるんじゃねぇか?」


 正直、このイジメみたいな状況がずっと続くと思うと、胃が痛い。

 せめて泥女だけでも矛先から外れてくれりゃ――そう思った矢先、テーブルをバンッと叩かれた。


「は? あのクソ野郎に頭下げろって? 死んでもごめんだわ。

 それに――貸し借りってやつ、アタシ大っ嫌いなの。お金に限らずね」


 貸し借り――それはおそらく、ジェイクに殴られていたときに、俺が割って入った件のことを指しているのだろう。


「あれは俺がムカついて勝手にやっただけだ。気にする必要は――」


「うるさいうるさい。それより、ご飯をどうするか考えましょ。

 アンタが気を引いてる間に、アタシが厨房に入り込めば、パンの一つや二つ――」


「いや、気持ちはありがてぇけどよ……お前、出所してからもそれやるなよ?」


 前にもパンをくすねていたので、その手癖についてはちゃんとツッコんでおく。


「これで最後にするわよ」


 本当かよ、と心の中でだけツッコミを入れていると、ふと視線の先にたらし野郎の姿が映った。


 たまにちらりと、こっちの様子をうかがっている。

 そして、指をこまごまと動かしながら、こちらに向かって合図(ジェスチャー)を送ってきた。


 泥女も同じ方向を見て、怪訝そうに眉をひそめる。


「アイツ……さっきから何やってんのよ」


 だが、俺にはその意図が分かった。


「――『第二男子トイレに来い』……ってとこだな」


「いや、なんで分かるのよ」


 その指の動きの意味を即座に読み取った俺に、泥女はドン引き気味だ。

 なので、簡単に種明かしをしておく。


「座学のとき、アイツが寝ないように、これでこっそり雑談してんだよ」


 泥女にも分かりやすいように、俺は同じジェスチャーで了解の合図を返す。

 泥女はどこか冷めた目つきで、その様子を眺めていた。


「嫉妬すんなって。……ほら、これ見りゃ分かる。

 俺たちはもう覚えちまったから、泥女にやるよ」


 そう言って、ノートを破り、座学中にたらし野郎と回しながら作り上げた合図表を手渡す。


「男ってホント……くだらないわよね」


 口ではそう言いながらも、泥女はざっと目を通し、きっちり折りたたんでポケットにしまい込んだ。こいつのことだ。今夜のうちに叩き込んで、明日にはこの無言会話(ジェスチャーゲーム)に混ざってくるだろう。


 それより、今はたらし野郎からのメッセージだ。


「――よし、さっそく行ってみるか。

 アイツのことだ。頃合い見て、ちゃんと来るはずだろ」


 そうして俺たちは、先に第二男子トイレへと向かうことにした。


* * *


 目的地にたどり着き、俺は何食わぬ顔でドアを開けた。

 ここは第一のほうと違って狭くて薄暗いせいか、利用する囚人も少ない。

 ざっと中を見回すが、個室も洗面台も誰もいない。


「よし」


 そうつぶやいたところへ、何のためらいもなく泥女がズカズカと入ってきた。


「お前さ……ちょっとは恥ずかしいとか、ないわけ?」


「ない」


 即答だった。

 もし立場が逆で女子トイレだったら、いくら人がいないって分かってても周囲の目を多少は気にしちまう。さっき見せた女らしさなんてものは、一瞬でどこかに吹き飛ばされた。


 ほどなくして、ドアがそっと開く。

 たらし野郎が、やけに背中を丸めながら中に入ってきた。いつもより腹が一回りデカいのがひっかかる。


「いやぁ、あぶねぇあぶねぇ……ジェイクと刑務官に見つかるかと思った……」


 そう言いながら、服の中をゴソゴソと探り――腹の膨らみの正体を取り出す。

 手提げ袋代わりにシャツの内側に抱え込んでいたらしく、中からは持ち運び用のパンがこれでもかと出てきた。


「お前ッ、これ……!」


「オレの人脈をフル活用してさ、ちょっとずつ飯を拝借してきたんだよ。

 受け取れなかったんだろ? ほら、食え食え」


「……機転が利くわね。助かるわ」


 泥女は有無を言わせず袋をひったくると、そのままビリっと破いてモグモグとパンにかぶりついた。相当腹が減っていたらしい。

 だが、それよりも――この行動そのものを、俺は咎めずにはいられなかった。


「馬鹿野郎。こんなことしてバレたら……お前まで標的にされるぞ!?」


「……それを避けるために、こうやってコソコソやってんだろ?」


 不満げな目で俺を睨む。

 まるで……誰のせいでこんな苦労してると思ってんだよ、とでも言いたげな視線だった。それでも、俺は言わなきゃならない。これ以上、こいつまで巻き込まれるところなんて見たくないからだ。


「そうじゃねぇ。助けるのをやめろって言ってんだ! お前は――」


「おい、キンパツ」


 たらし野郎は俺の言葉をバッサリ遮り、真顔で続けた。


「お前がここで倒れちまったら、オレとの“約束”はどうなんだよ?」


「約束……?」


 何のことだか分からずポカンとしていると、たらし野郎はわざとらしく怒った顔になって言い放つ。


「ここ出たら良い女紹介するって話だよ、反故にする気か!?」


 ああ――そういえば熊公ベアこうとやり合ったときに、そんなことを口走ってた気がする。すっかり忘れていた。


熊型想喰ベアー・デザーとの戦闘にオレを巻き込んだ時点でなぁ……

 お前にはこの約束を果たす義務があるんだよッ!空腹なんかで死なせてたまるか!」


 それを聞いても、俺はまだ食い下がる。

 たかがそんな約束のために、自分を危険に晒す必要なんてないはずだ。


「いや、けどよぉ……」


「がたがたうっせぇ! さっさと食えっての、オラ!」


 乱暴に袋を破ると、そのままパンをひとつつかみ、俺の口にぐいっと押し込んできた。


「早く食べないと、アタシが全部食べるからね」


「……悪ぃな」


 喉の奥に押し込まれたパンを、ゆっくりと噛みしめる。

 少しだけ、涙が出そうになるのをぐっとこらえながら――

 俺は、そのパンをありがたくいただいた。


* * *


「これはあくまでも噂なんだが……近々、騎士団の戦力補強を目的とした試験――通称、“選抜試験”がこの監獄で行われるらしい」


 パンをむさぼる俺と泥女に、たらし野郎がこっそりとそう告げた。


「あ、なんか収監されるときクレリアがそれっぽいこと言ってたな」


「……あの人を呼び捨てにしてる件については、あえて突っ込まないでおくとしてだな。それより聞け、そこで選ばれた“上位三名”は騎士団に入隊。常に監視付きではあるけど、実質的には“釈放扱い”になるって話だ。騎士団の活動を通して罪を償ってもらう――ってのを、大司祭ウェルダー様が決めたらしいぜ」


「マジかよッ!?」


 伸びた刑期もまとめて帳消しになるかもしれない――その可能性が一気に現実味を帯びてきて、思わず声が裏返る。隣を見ると、泥女は黙々とパンを噛みしめたまま、まったくテンションが変わっていなかった。


「もっと喜べよ、泥女」


「いやアタシ、自首したから刑期半年だし。アンタら刑期長い組と違って大喜びできないの。それにアンタは想弾師スリンガーだからまだしも、アタシらはただの一般人。戦力にならない以上、その試験には縁もゆかりもないってわけ」


 冷水ぶっかけるような返事をしながらも、手は止めないでパンをもぐもぐしている。そこへたらし野郎が気まずそうに頭をかきながら、もう一つの裏を打ち明けた。


「でな……実は、問題があってな。

 その選抜試験の試験官の中に、セバスト様がいるらしい……」


「どんだけ出しゃばってくるんだ、あのクソデブはッ!!」


 俺の不幸な出来事は、だいたいロウガーデン絡みでやってくる。

 いい加減、怒りも限界に近かった。


「そもそもこの選抜試験自体がさ……“ジェイクを外に出すための八百長試験”だって噂されてる。だからオレたちはもちろん、あの人に反感を買ってるキンパツが突破できるかどうかも怪しいって話だ」


 かなり絶望的な状況だが――それでも、俺の口元は勝手に吊り上がっていた。

 その顔を見て、泥女があからさまに眉をひそめる。


「何にやけてんのよ。気持ち悪い」


「“試験”って名前がついてる以上……ルールに則った勝負になる、なら勝算ありだ。

 その八百長をひっくり返せれば、俺を取り巻くクソ親子ともども、まとめてブッ飛ばせるかもしれねぇ。……笑っちまうだろ、こんなん」


 だが、たらし野郎はすぐに冷静なツッコミを入れてくる。


「待て待て。まだどんな試験内容かも分かってねぇんだぞ? 今んとこ、全部噂レベルだ。そこで、キンパツの出番ってわけよ」


「俺の?」


「さっき平然と呼び捨てしてたから改めて言うまでもないが……クレリア様と、わりと近い関係なんだろ?なら選抜試験について、何かしら情報を引き出せるんじゃねぇかって話だ」


 クレリアは想導騎士団ソルドガルド五番隊隊長で、今は監獄の刑務官補佐も兼任している。

 この監獄で行われる試験なら、何かしら事情を知っている可能性は高い。


 本来なら、即座に任せろと言ってやりたいところだが――今回はさすがに躊躇した。クレリアに“手を出すな”と何度も言われていたのに“足を出した”男が……この俺だ。正直揚げ足取りもいいところで、絶対に怒っているのを想像しただけで胃が痛くなる。


 ――それでも、せっかく見えた一筋の光を見逃したくはない。


「……分かった。次に呼び出されたときにでも聞いてみる」


「よし、頼んだ。それとしばらくは、俺がお前らの配給担当だ。場所はその時々で変えるから、合図を見落とすなよ?あと、本当に本当に……絶ッ対に、手も”足も”出すな。次問題起こしたら、選抜試験にエントリーさせてもらえるかすら怪しくなるからなッ!!」


 これでもかというくらい念押ししてくるたらし野郎に、悪かったと頭を下げつつ――俺たちはロウガーデン家のクソ親子に一矢報いる機会を、静かに待つこととなった。

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