第三章「暴発と装填」 2/2
「あれは……想弾師の原動力が強すぎるあまり、その感情に飲み込まれてしまう現象――暴発と呼ばれるものです」
暴発——また新しい単語が出てきやがった。
限られた情報の中で状況を把握しようと、俺はクレリアに問いかける。
「暴発状態になった奴は、どうなるんだ?」
「暴発の症状は“五感の崩壊”です。視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚……それらが一つずつ、段階的に失われていきます。そして失われたぶん、残った感覚だけが異常に研ぎ澄まされていくのです」
会話をしていた俺たちのほうへ、暴走している男が顔を向けた。
ギロリと殺気を孕んだ視線を走らせると、ぶ厚い金棒を地面に叩きつける。
何が来る――? 身構える俺より早く、クレリアが叫んだ。
「避けてッ!!」
理屈じゃない。声に反射して横へ飛び込む。
次の瞬間、さっきまで俺たちが立っていた地面が爆ぜるように隆起し、衝撃波が噴き上がった。
「あっぶねぇッ! なんなんだよ、その力は!?」
男は金棒を手当たり次第に振り回し、叩きつけるたび大地に衝撃が走る。
クレリアは十字槍の想具でそれを受け流し、建物への被害をなんとか押さえ込んでいた。
「彼は、おそらく視覚を失っています。私たちの姿は見えていないはずです。
直接私に狙いを絞らず、無差別に打ち込んでいる点からも、それが分かります。
ですが――暴発の特性として、一つ感覚を失うごとに、力はさらに増大していくのです」
「おいおい、マジかよ。今よりまだ上がんのか?」
「どの感覚を、どの順番で失っているかまでは分かりません。
すでに味覚や触覚は失われているかもしれませんが……それでも、このままでは被害が拡大してしまいます」
ガァァアアッ――――!!
雄叫びと共に、再び衝撃波が襲いかかってきた。
俺は近くの瓦礫の陰に飛び込み、クレリアは軽やかなフットワークで紙一重の回避を決める。
会話という“音”に反応して攻撃している――つまり、まだ聴覚は生きている。
そう考えていると、クレリアが物音を立てないように駆け寄ってきた。
おそらく、俺と同じ結論に至っていたのだろう。そばにしゃがみ込むと、無言で鍵を差し出す。
目が合い、クレリアは小さくうなずいた。
この鍵は信頼の証であり、同時に俺への要請だ。
――街を守るために、力を貸してほしい。
言葉にしなくても伝わる。
俺は黙って腕を差し出した。
拘束想具が外され、解き放たれた右腕を前に掲げる。
商店街の惨状をもう一度見渡し、後ろに避難しているウィンとジュリアさん、そして逃げ惑う連中。何より――俺を信じて枷を外したクレリアを守るために、全神経を集中させた。
その想いに応じるように、右手にはあのときと同じ、風の加護を放った剣が顕現する。
クレリアと俺は同時に立ち上がり、暴発した想弾師と向き合った。
まさかこんな早く“初陣”が来るとは思わなかったが……やるしかない。
「かかってこいやッ!!!」
わざと大声を上げ、奴の注意を引きつける。
その間にクレリアは無言で走り出し、避難が遅れている市民がいないか確認して回る。
狙いどおり、奴は金棒を地面に叩きつけた。
数秒後――さっきまで俺がいた場所めがけて、地面から衝撃波が噴き上がる。
少ない手がかりから、俺は奴の特性を整理していく。
想具は金棒。加護は――おそらく“地”。
攻撃方法は、地面を叩きつけた瞬間に発生する地脈の衝撃波。
店に被害を出させないためにも、ある程度距離を詰め、声を張る。
「こっちに来やがれッ!」
挑発に乗ったのか、再び地面が叩き割られ、今度は間髪入れず衝撃波が飛んできた。ぎりぎりで身をひねってかわしたが、腕をかすめて熱い痛みが走る。
……おそらくだが、こいつの衝撃には、距離減衰と時間差がある。
遠ければ威力は落ち、そのぶん着弾までの遅延が長くなる。
だが近づけば威力は跳ね上がり、叩いた瞬間ほぼ同時に衝撃が襲ってくる。
近距離戦は、一歩間違えれば即死だ。
一方そのころ、クレリアは避難の遅れた子どもや老人を次々に安全地帯へ誘導していた。俺はそちらに意識が向かないよう、わざと大袈裟に声を上げたり位置をずらしたりしながら、試したいことを一つずつ試していく。
衝撃波がぎりぎりでかわしきれる距離まで踏み込む。
今の俺は想弾師――剣と風の加護を持つ身だ。
なら、まずは剣のほうから試してやる。
素手で殴り合う自信ならあるが、剣術はからきしだ。
真正面から斬りかかったところで、勝機は薄い。
だから俺は――握っていた剣を全力で投げつけた。
「くらいやがれッ!」
だが、飛んでいった剣は衝撃波に弾かれ、あらぬ方向へ吹き飛ばされる。
とはいえ、あれは俺の“原動力”から生み出された想具だ。
もしそうなら――と再び右手を握りしめると、いつの間にか手の中には同じ剣が戻っていた。
「なるほどな。戻ってくんのか」
次は加護だ。
取調室で見せられたクレリアの水の加護を思い出す。
今の俺にも、似たような真似ができるはずだ。
左手を前に突き出し、風のイメージを強く思い浮かべる。
――ブォンッ!!
爆発的な風圧が生まれ、男の体を吹き飛ばした。
だが、想定していた以上の威力に俺のほうまで巻き込まれ、体勢を崩してしまう。
「ちょっと! 大丈夫ですか!?」
避難誘導を終えたクレリアが、駆け寄りながら声をかけてきた。
「せっかくだから、加護がどんなもんか試そうと思ったんだが……見誤ったみてぇだ」
まだ俺は、ちょうどいい力加減ってやつが掴めていない。
今の俺に出せるのは、ゼロか百かの両極端だ。
だがそのおかげで、あいつを人のいない方向へ吹っ飛ばすことには成功した。
男はよろめきながらも立ち上がり、虚ろな目を宙にさまよわせながら叫び続ける。
これで――街の心配をせずに、二人で心置きなく戦える状況が整った。
俺は再び大声で叫びながら駆け出し、クレリアに状況を伝える。
「奴の攻撃パターンが分かったッ!アイツは持ってる金棒で地面を叩いて、衝撃波を飛ばしてくる!鍵は距離減衰と時間差だッ!遠けりゃ威力は落ちて、叩いてから衝撃が来るまで時間が空く! 近けりゃその逆だ!!」
そのときだった。
男が金棒を叩きつけ――衝撃波は、俺ではなくクレリアのほうへ飛んだ。
「くっ……!?」
「なっ――クレリア!!」
それは、今までとは比べ物にならないほど重い衝撃だった。
幸い遠距離だったから致命傷にはならなかったが、それでもただのかすり傷じゃ済まない。
それで確信した。
――たった今、こいつは“聴覚”を失った。
だから声を上げた俺ではなく、
“別の何か”を目印にしてクレリアを狙ったのだ。
クレリアは歯を食いしばり、ふらつく足で立ち上がる。
そして十字槍に手をかざそうとしたが――その時間を与えるほど、相手も甘くない。追い打ちとばかりに衝撃波が連続して襲いかかる。クレリアはぎりぎりで避け続けるが、その隙に仕掛けをする余裕はない。
(クレリアは何かしようとしてる……だがダメだ。今の俺じゃ、アイツの動きを止めきれねぇ)
準備の時間を稼げない。
自分の無力さが骨身に染みる。
――力がないなら、頭を回せ。
なんで俺じゃなくクレリアを狙う?
残っている感覚を一つずつ潰していけば、必ず答えに辿り着く。
そして俺は、一つ賭けに出る価値のある仮説に行き着いた。
外してたら、戦犯もいいところだ。
それでも――ここで賭けなきゃ、何も為し得ずに終わる。
俺はクレリアへ全力で駆け出し、叫んだ。
「クレリア、上着をよこせッ!」
「はっ、はいっ!? 今そんな余裕は――」
「いいから頼むッ!」
避けながらのやり取りにもかかわらず、クレリアは白い隊服のコートを肩から外し、宙へ放り投げた。それを俺がすかさずキャッチし、その場で羽織る。
次の瞬間、衝撃波は俺を狙い始めた。回避しながら、鼻をひくつかせて“答え合わせ”をする。コートから微かに香る、上品な香水の匂いが鼻をくすぐる。
(やっぱりか……)
こいつは残された嗅覚を極限まで研ぎ澄まし、クレリアの香水の匂いだけを“標的”として認識していたのだ。
なら、それを逆手に取って“返し”をお見舞いしてやるだけだ。
奴の間合いぎりぎりまで踏み込み、地面が叩きつけられる瞬間を見計らう。
そして――左手を地面へ向け、風の加護で自分の体を真上へ射出した。
視界が一気に高くなり、奴の頭上を取る。
その直後、地面から衝撃波が突き上がった。狙いはもちろん、俺だ。
だが、地面から俺へ衝撃を飛ばすなら――
まず先にその一撃を食らうのは、俺より下にいる人物……ほかでもない、奴自身だ。
渾身の衝撃波は見事に自分の身体を打ち抜き、男の体は大きく仰け反った。
本来なら、そんな間抜けな自爆はしないはずだ。
だが、すでに触覚すら失われているなら、自分がどこに立っているかも分からない。そう考えれば、この愚かな一撃にも納得がいく。
落下しかけていた俺は、左手から風を撃ち出して軌道をそらし、近くの建物の壁に右手の剣を突き立てた。そのまま剣にぶら下がる格好で体を支え、クレリアに向かって叫ぶ。
「後は任せたぞ、クレリアッ! なんか策があるんだろ!?」
「ええ。ありがとうございます……おかげで、心置きなく出来そうです」
クレリアは静かに息を吸い込み、十字槍にそっと手を添えた。
「貴方にお見せするのは、これが初めてかもしれませんね。
これは――自分の“原動力”によって生み出した想具に加護を直接付与し、本来の真名を引き出す想弾師の絶技……」
「自誓/装填――誓槍オースバウンサーッ!!!」
その瞬間、彼女の槍は水の輝きをまとい、いつもの十字槍よりも鋭く、神々しい姿へと変わった。
アアァァッ――――!!!
五感をほとんど失った男の喉から、獣じみた絶叫が迸る。
危機を本能で察したのか、狂ったように地面を叩き続けた。
どこに敵がいるのかも分からない。
ならば「当たるまで叩き潰す」と言わんばかりに。
クレリアは右へ左へと衝撃波をかわしながら、一歩ずつ距離を詰めていく。
水流をまとった槍のおかげか、その動きはさっきまでとは比べ物にならないほど速い。
やがて、金棒の一撃が届く間合いへ踏み込んだ瞬間――
クレリアの槍が、それを正面から受け止めた。
激しいつばぜり合い。
槍を包む水が激しく振動し、水流はさらに勢いを増す。
「水響二速ッ!!!!」
金棒とぶつかり、その槍はさらなる威力を生み出した。
そしてついに、金棒は悲鳴を上げるような音を立てて粉砕された。
アアァッ……アッ……
奴は全てを失ったように、その場に崩れ落ちた。
「クレリアッ、無事か!?」
「ええ、なんとか。貴方の協力あってこそです」
「さっきの技……クレリアの必殺技かなんかか?」
「はい。私の槍、誓槍オースバウンサーは”水の振動”を操ることが出来ます。
水響二速はその応用で、相手の威力に合わせて共振を引き起こし、さらに強い一撃を叩き込むといった技になります」
どうやら先ほどやってのけた装填という絶技は、想具固有の能力が宿るらしい。
羨望のまなざしを向けていると、クレリアがもじもじしながら俺に声をかける。
「それと……その上着、いつまでも着られていると、さすがに少し恥ずかしいので……返してもらえますか?」
「おぉそうだった、悪ぃな」
言われてみれば、コートを着っぱなしだった。
少し土で汚しちまったが、素直に脱いでクレリアへ返す。
そして、倒れた男に視線を向けた。
「コイツは……どうなったんだ?」
「想弾師が完全に暴発しきってしまうと、五感はすべて失われ、やがて廃人となります。そうなっては、もう二度と元には戻れません。
だからこそ、その前に――心の原動力から形作られた想具を破壊し、彼の心と想具のつながりを断ち切りました。治療には時間がかかると思いますが……一命は取りとめたはずです」
その後、他の騎士団員たちが駆けつけ、犯人の搬送や破損した店の応急処置、暴発の原因究明などで現場はしばらくてんやわんやになった。
一方俺はといえば、今回の活躍が評価されて刑期が短くなる――なんておいしい話はない。模範囚に少し近づいた程度で、世の中そんなに甘くなかった。
結局、あの男がなぜ暴発したのかは最後まで分からなかった。
ただ、胸の奥にモヤモヤだけが沈殿したまま、俺はまた監獄の日常へ引き戻される。座学と仕事と訓練――いつも通りの毎日が、何事もなかった顔で続いていった。
* * *
あれから数日後。
俺はクレリアに呼び出され、監獄の取調室に来ていた。
どうせ先日の事件についての証言や報告書作成のためだろう――
正直ちょっと面倒くさいが、これも想弾師になった責任ってやつなんだろうと割り切る。
扉を開けると、いつになく真剣な表情のクレリアが席についていた。
向かいの椅子に腰を下ろし、話を促す。
「急にお呼び立てして、すみません。
貴方には……前回の事件の“全貌”を伝えなければならないと思いまして」
「暴発の原因について、何か分かったのか?」
「ええ。あの人は、役所に登録されていない非登録の想弾師でした。
それもそのはず――彼は、《《あの日に》》想弾師になったからです」
「は? あの日覚醒して、そのまますぐ暴発したってことか?」
「そうなりますね……治療院の検査によると、彼の原動力は“復讐”でした」
クレリアは一度言葉を切り、静かに続ける。
「気になって身辺調査をしたのですが……
彼には、今年十八歳になる娘さんがいらっしゃったそうです」
「……いらっしゃった?」
クレリアの過去形発言が、嫌な予感を走らせた。
「はい。つい最近、とある人物から性的暴行を受け……
その後、自ら命を絶ってしまわれたそうです」
「なっ……!? まさかそれで復讐に取り憑かれて……」
だからといって商店街を巻き込んでいい道理はない。
それでも――胸の奥が、ズキッと痛んだ。
「その娘さんを傷つけた犯人は……捕まってねぇのか?」
「本来であれば、捕まえることが難しい人物です。
ですが、今回の街への被害、そして特別な条件が重なったことで、緊急逮捕に踏み切ることができました。そして――明日。この監獄に収監されます。だから、その前に伝えておくべきだと思いました」
「誰なんだ……そいつは」
胸糞悪い、とはまさにこのことだ。
怒りで拳が熱を帯びるのが自分でも分かる。
「貴方は、直接顔を合わせたことはないと思います。
でも……“縁”がないとは言い切れません」
クレリアがゆっくり口を開くのを、俺は黙って待っていた。
「ジェイク・ロウガーデン。
セバスト様の……ご子息にあたります」




