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想心の引き金 ~たとえ何百年、何千年かかったとしても――わたしが彼を止めてみせる~  作者: Observer_365
2_監獄編

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第二章「目醒め」 5/5

 鼻をつく消毒液のにおいと共に目を覚ます。


 そこは鉄の枠のベッドが数台並んだ、小さな医務室だった。

 ぼんやりした頭を振って、軋むベッドの上で上半身を起こす。

 全身が鉛みたいに重い。けど、折れたり千切れたりしてる感じはしない。

 あたりを見渡しながら、ここに運ばれてくるまでの経緯をゆっくりと思い出す。


 ――戦闘訓練という名の、ほとんど虐殺みたいな惨劇を。

 頭が少し冴えてきたところで、医務室の扉が静かに開いた。


「目が覚めて何よりです。具合はいかがですか?」


 白い隊服を揺らしながら入ってきたのは、クレリアだった。

 片手には小さな皿。その上には、皮をむいてカットされたレマンの実がのっている。


「それを食べさせてくれたら、調子が戻るはずだ」


 視線だけで皿を指しながらそう言うと、クレリアはふっと笑った。


「そんな冗談が言えるなら、問題なさそうですね」


 そう言って、皿を俺の手の届くベッド脇の机にそっと置く。

 半分は冗談じゃないんだが……まあ、そこは飲み込んでおく。

 俺はしぶしぶ腕を伸ばし、自分でレマンの実をつまんで口に運んだ。


 クレリアの話によると、俺はあれから丸一日、ずっと寝たきりだったらしい。

 ベッドの脇に腰かけたクレリアは、しばらく黙って俺の様子を見守っていたが、やがて重そうに口を開いた。


「今回の一件について……正式にお詫びさせてください」


 いつになくかしこまった声音だった。


「ウェラミーナ副隊長の独断により、この監獄の中で多くの負傷者が出てしまいました。もちろん、貴方や貴方を支えてくださった方々にも、ひどく怖い思いをさせてしまったと思います。死者が出なかったとはいえ、すべて――私の監督不行届きが原因です。本当に、申し訳ありませんでした」


 深々と頭を下げられて、こっちが戸惑う。


「なんでお前さんが謝るんだよ。悪いのはウェラミーナだろ。

 ……っていうか、アイツの処分はどうなったんだ?」


 クレリアは顔を伏せ、少し間を置いてから答えた。


「彼女には、監獄担当から外れてもらっています。騎士団としての活動も、当面は謹慎処分です。副隊長の役職も……近いうちに、剥奪されるかと」


「けっ。いい気味だ」


 思わず、口が悪くなる。

 結局あいつとは、分かり合うどころか、すれ違ったまま終わった。

 俺にも言葉がきつかったところは、たぶんある。

 

 けど、あの時のやり方を――

 あの時の言葉を――

 どうしても許す気にはなれなかった。


 そんなふうに苦虫を噛み潰したみたいな顔をしていたのだろう。

 クレリアがおずおずと様子をうかがうように、静かに言葉を紡いだ。


「……彼女の行いを擁護するつもりはありません。あってはならないことでした。

 ただ、ほんの少しだけで構いません。彼女の事情も考慮していただけないでしょうか。今回の一件、普段のウェラちゃんなら決してありえない行動だったんです」


 あのとき、ウェラミーナの様子がどこかおかしかったのは俺も感じていた。

 興味もあって、素直に問い返す。


「ってことは、なんか理由があんのか?」


「表向きには、ウェラちゃんの独断――ということになっています。本人もそう証言しています。けれど、私なりに調べてみたところ……どうやらセバスト様から強く脅されていたようで」


「またアイツか!?」


 思わず声が荒くなる。

 何の因果か、どこまで行ってもあのクソデブが絡んできやがる。


「本来、未完成の覚醒想具スリンガー・ソアとあの規模の大型想喰(デザー)を戦闘訓練に投入することは固く禁じられています。ですが、セバスト様は『父の仇を取るためだ』と甘い言葉をささやき、最後には『従わなければ騎士団から除名する』とまで言っていたそうで……」


 あの野郎……まだ懲りてなかったのか。

 もう数発、遠慮なくぶん殴っておけばよかったと本気で後悔する。


 同時に、ひとつだけ気になる言葉が引っかかった。


「父の仇……って言ってたな。ウェラミーナに何があったんだ?」


「少し……私たちの話をしてもよろしいでしょうか」


 クレリアはそう前置きしてから、ぽつりぽつりと語り始めた。


 十年前、サングリア・ヒルで起こった惨劇――通称九日血禍ブラッディナインデイズ

 クレリアとウェラミーナは、その現場に居合わせた当事者だったらしい。


 ウェラミーナは、獣人セリアンに父を深い穴倉へ突き落とされた。

 クレリアは、一度は信じた獣人セリアンに裏切られ、両親と姉を殺された。


 何もかもを失ったその場所で、二人は誓い合ったという。

 ――いつか大きくなったら想導騎士団ソルドガルドに入って、自分たちの手で仇を討つ、と。


 そのあと、ひたすら修行を重ね、“仇を取る”と自分に誓いを立てたクレリアと、“仇を取るためなら何でもする”と執念に囚われたウェラミーナはそれぞれ想弾師スリンガーとして覚醒し、今の五番隊へとたどり着いた――というわけだった。


 話し終えると、クレリアは申し訳なさそうに、また頭を下げた。


「長々と、お話してしまってすみません。

 もちろん、そんな過去があったからといって、今回の行いが許されるとは私も思っていません。ただ……彼女一人だけを完全な悪者に仕立てるのは、どうかご容赦いただけないでしょうか」


「わぁーった、わぁーったよ」


 思わず頭をかきむしりながら、俺は答える。


「俺はアイツと違って鬼じゃねぇ。この後の行動次第ってことにしておく。

 ……それに、もっとタチの悪い元凶がいたって話だしな」


 ウェラミーナのやったことは、これからきっちり償ってもらうとして。セバストの方はというと、今回の件でもお咎め無し。何もなかった顔で過ごしているなんて、どう考えてもおかしい。そう思ったところで、クレリアがセバストから視線を逸らすみたいに話題を変えた。


「それにしても……大したものです。まさか、あなたがこんなに早く想弾師スリンガーになるなんて」


 その言葉で、ようやく自分のことを思い出す。

 あのときは無我夢中でよく覚えてないが――

 たしかに、俺の右手には風の加護アモをまとった剣が握られていた。

 練習用のものとは違う、細身で、誰かを護るために発現した剣だった。


「自分でも驚いたぜ。普通のやつが想弾師スリンガーになる確率って高いのか?」


「いえ、どちらかと言えば低い方です。

 ご両親のどちらかが想弾師の場合、その力を受け継げる可能性はぐっと上がるのですが……もしかしたら、ケ――囚人番号0610さんのご両親も、想弾師スリンガーなのかもしれませんね」


 記憶がないから親がどんな奴なのかも分からないため、もしかしたらクレリアの言っていることは正しいかもしれない。だがそんなことより指摘したいことがあった。


「名前呼んじゃいけないのは囚人同士の話だろ?

 クレリアは関係ないんだから、普通に呼んでくれていいぜ?」


 軽口のつもりで言うと、クレリアは苦笑しながら首を振った。


「ウェラちゃんの代わりに、しばらく私がこの監獄の刑務官を務めることになりまして。なので、あまり距離を詰めすぎるのは良くないかな、と。……まぁ騎士団の仕事もありますから、時々様子を見に来る程度ですが。問題行動を起こさないか、ちゃんと見張っていますからね?」


 人を完全に問題児扱いしやがって。

 ちょっとムカつきながらも、気づけばレマンの実はきれいになくなっていた。


 それからしばらくクレリアは世間話に付き合ってくれたが、

 さすがに騎士団としての任務に戻らなきゃいけないらしく、立ち上がった。


「それでは体調が完全に戻るまでは、もうしばらくここで安静にしていてください。治り次第、首都アーサットに二人で向かいますので、ご承知おきください」


「……脱獄してデートか?」


「変なこと言わないでください。役所に“想弾師(スリンガー)登録”をしに行くんですよ」


 どうやら想弾師スリンガーになった者は、国で名前とIDを管理されるらしい。

 その制度を整えたのも、例の大司祭ウェルダーって人らしい。

 ——どこまで影響力あるんだ、その人。


 ただ、ひとつだけ気になることがあった。


「なぁ、一応俺、罪人なんだが……外出していいのか?」


「はい、大丈夫ですよ。監獄内で想弾師スリンガーになった方は、特例で許可されています。

 あっ、逃げようなんて考えないでくださいね。ちゃんと監視していますから」


 ニコッと笑うその顔は、俺を捕まえに来たときの顔に近かった。


 そうだ――外に出られるなら、どうしても確認したいことがある。

 物は試しに、頼んでみた。


「ついでに一つ、頼みがある。

 役所帰りでいいからさ、ヒノーデルの商店街にあるスプラウト雑貨店に寄っていいか?」


 ずっと気になっていた。

 ウィンとジュリアさんが無事かどうか。

 ウェラミーナの件もセバストの差し金と分かった以上、何か嫌がらせをしていないか。


「それくらいなら構いませんよ。貴方がお世話になっているお店なんですよね?」


 クレリアは、柔らかく微笑んでそう言ってくれた。

 誰かと違って、こういうところの融通が利くのは本当に助かる。


「それでは失礼します。――ああ、それと。後で二名ほど、またこちらにいらっしゃると思いますので」


 意味ありげな言葉を残して、クレリアは医務室を後にした。


 二名ねぇ……まあ、アイツらだろうな。

 そう思った矢先、本当にものの数分で勢いよく扉が開いた。


「起きなさいキンパツ。差し入れ持ってきてやったわよ」


「おうキンパツ! 大丈夫か!?

 ……でさ、この前の“紹介”の件なんだけどよ――」


 食堂からちゃっかりパンをくすねてきた泥女と、

 あの約束の詳細を根掘り葉掘り聞き出そうとするたらし野郎がそこにいた。


 本音を言えば、体はまだだるいし、もう少し寝ていたかった。

 けれど気がつけば俺も笑いながら言い返していて、

 他愛もない掛け合いを続けるうちに、時間がたつのをすっかり忘れていた。

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