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想心の引き金 ~たとえ何百年、何千年かかったとしても――わたしが彼を止めてみせる~  作者: Observer_365
2_監獄編

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第二章「目醒め」 2/5

 クレリアに案内され、俺専用の囚人室に入れられた。

 部屋にあるのは、トイレと手洗い場と簡易ベッドだけ。

 しかも、その三つのあいだに仕切りなんて洒落たものは一切ない。


 個室なのは、まあありがたい。

 だが、廊下との境は薄い壁だけで、くそみたいな環境だった。

 半日の逃走劇でさすがに疲れていた俺は、すぐさまベッドに倒れ込んだものの愚痴をこぼす。


「ベッド硬ってぇな……。三年もこんなとこで寝てたら、腰がいかれちまうだろ」


 寝心地の悪さもそうだが、それ以上に気になることがあった。

 スプラウト雑貨店は大丈夫か。俺がいないあいだに盗難に遭ってないか。

 あのセバスト(クソデブ)が、八つ当たりで店を潰したりしてないか──そんな不安が、次々と頭をよぎる。


「考えても仕方ねぇ……今は、とにかくここを出るために注力する!」


 自分にそう言い聞かせて、少しでも早く戻るためにも、まずはしっかり体力を回復するために目を閉じた。


* * *


 翌朝、気持ちのいい朝日を浴びる――ことはなかった。

 監獄全体に響き渡る鋭い金管の高音で、俺は勢いよく跳ね起きた。


「ふがっ!? なんだ!?」


 目をこすりながら周囲を確認し、ここが囚人室だったことをようやく思い出す。

 顔を洗おうとしたところで、聞き覚えのある声が廊下に響いた。


「起きろ、犯罪者ども! 三十秒以内に整列できなければ、連帯責任で罰を与えるッ!!」


 昨日さんざん偏見まみれの取り調べをしてきた頑固者(ウェラミーナ)の声だ。


「おいおい……刑務官、アイツかよ。だから昨日、意味ありげなこと言ってたのか」


 ぶつぶつ言いながらも、さっさと囚人室から出て列に混ざる。

 もう少し愛想よくしておけばよかったと、ほんの少しだけ後悔した。


「これより、学囚室へ移動する! 列を乱したり、私語をするようであれば、私が直々に叩き直してやるから覚悟して動け!!」


 辿り着いた“学囚室”と呼ばれる部屋は、ぼろい机とイスがずらりと並んだ、狭い教室のような空間だった。囚人たちが席につくと、ウェラミーナが前方の壇上に立ち、鋭い視線を一人ひとりに走らせる。


「これより、この監獄における“絶対的なルール”について説明する」


 今からルール説明ということは、俺の周りにいる連中も最近入ってきたばかりということだろう。すると、ウェラミーナの口から衝撃の言葉が告げられる。


「この監獄では――自分の“名前”を呼ぶことを一切禁ずる!」


 ざわり、と周囲がどよめいた。

 もちろん、俺も例外じゃない。

 思わず手を挙げてしまう。


「どういうことだ? 名前呼べなきゃ不便だろ」


「口を慎め、キンパツがッ!!」


「は? キンパツ……?」


 有無を言わせぬ勢いで、俺の髪色から取ってつけたあだ名を叫ばれた。


「貴様らは社会のゴミだ。名前なんて贅沢なものは必要ない!

 それにな──余計な“絆”が生まれると、団結して脱獄などというバカげたことを考える輩が出る。それを未然に防ぐための策でもある」


 ここの連中には、名前を名乗る人権すらない──ウェラミーナはそう言い切った。


「この監獄には、ありとあらゆる場所に監視(カメラ)録音(レコーダー)の想具が設置されている。少しでも自分の名前を口にしてみろ。その瞬間、懲罰房行きが確定だ。ここよりも地獄が待っているぞ」


 懲罰房——名前からして、行きたくない場所だった。


「従って、本日をもってお前らの名は囚人番号のみとする! それか──」


 ウェラミーナはにやりと笑い、俺を指で指した。


「そこのキンパツみたいに、名前をつけてほしいやつは今すぐ前に出ろ。私が直々に、すばらしい名前を授けてやる!!」


 学囚室に、しん……と静寂が落ちる。

 どうやら皆、ここで逆らったらろくなことにならないと察したらしい。


 それにしてもキンパツって……直球すぎるだろ。

 もっとこう、捻りのあるかっこいい二つ名とかなかったのかと心の中で愚痴をこぼす。


「理解したようだな。それではこれより、座学講習へ移る。

 寝ている奴がいたら、遠慮なく叩き起こしてやるから覚悟しておけ!」


 ウェラミーナの手厳しい朝礼(モーニングコール)が終わり、座学講習が始まった。手元には、使い古された教育用の教科書と、今にも破れそうなノート。そして、ちょっと力を入れるとポキッと折れそうな筆記具が一本配布された。


 ──お前らみたいなゴミに、新品の教材が渡されるとでも思ったか?


 さっきのウェラミーナの声が、頭の中で再生された気がした。

 講習を担当しているのは、優しそうな爺さんだ。

 声のトーンがやたら穏やかで、正直眠気を誘うが──記憶のない俺にとっては、教科書の内容すら新鮮で面白い。


 そんな中、ウェラミーナが退室した途端、隣の席の男が机に突っ伏して堂々といびきをかき始めた。

 

 ――監視想具があるって話、さっき聞いたばかりだよな?

 度胸があるのか、ただのバカなのか、判断に困る奴だった。


「それでは次に、皆さんも気になっている“結界崩落”について説明します」


 穏やかな声で、爺さんが話題を切り替える。


「まず前提として、今存在する国の名前をおさらいしましょう。一人で話しているだけでは退屈でしょうから、当てていきますね」


 教科書をぱらりとめくり、爺さんは教室を見渡した。


人間ホムニが住まう共和国ゴーゼンメイヘム、それから合併した中立国サングリア・ヒル。では、その先にある“獣人セリアンの国”の名前は何でしょうか。……囚人番号──1094の方、お答えください」


 ……1094。俺じゃない。

 囚人番号0610の俺は、黙って前を向いた。


 改めて思うが、囚人番号で呼ばれるってのはやっぱり味気ない。

 名前と顔が一致することはないため、確かに絆は生まれにくそうだと納得してしまう。


「おえ!? は、はい、えっとぉ……」


 隣で寝てた男が、びくりと跳ねて立ち上がった。まさかのこいつだった。


「大丈夫ですか? 獣人セリアンが住まう国の名前、お答えください」


「あー、はいはい。えーっと……王国ゴゴラドっすよね~」


 慌てて教科書をペラペラめくり、それらしいページを見て答える。

 だが爺さんは、眉をひそめた。


「……それは想暦1000年頃のお話ですよ、今の国の名前をお答えください。……まさか、寝ていたわけではないでしょうね?」


 明らかに今やっているページとは違うところを見ていたので、疑われても仕方ない。男が焦りだしたのを見て、連帯責任で巻き込まれるのはごめんだと、俺はさりげなく助け船を出した。


「ゴホッ、ゴホッ」


 わざとらしい咳払いをしつつ、ノートの端に答えを書き、そいつのほうへ指先で示す。


「ああ、今ですよね! それはもちろん、王国ヨルムヘイヴンと独立国ユウディヴィアっす!」


「ふむ、正解です。ちゃんと聞いていますね」


 爺さんは頷き、黒板に国名を書き出す。


獣人セリアンとひとくくりにしていますが、厳密には二種族います。

 一つは頭部から角の生えた獣角族コルニス。もう一つは耳が生えた獣耳族アウリスです。

 先ほど答えてくれたとおり、想暦1000年頃までは、その二種族は王国ゴゴラドとして混じり暮らしていましたが、戦争を繰り返すうちに二つの国に分かれました。

 獣角族コルニスが住まうのが王国ヨルムヘイヴン、獣耳族アウリスが住まうのが独立国ユウディヴィアですね」


 解説のあいだ、隣の男は礼を言いたげな視線を送ってきた。

 俺は「ちゃんと前向け」と目で返し、再び爺さんの説明に耳を傾ける。


「まぁ、どちらにせよ人間ホムニにとっての脅威であることは変わりません。

 十年前に起こった惨劇──多くの人間ホムニ獣人セリアンによって殺されたあの事件を、皆さんも噂で聞いたことがあるでしょう。

 そしてその惨劇が、今まさに再び起ころうとしているのです」


 どうやら今現在、サングリア・ヒルの先には、かつて調和教団(アルカディア)が張った特殊な結界が残っていて、獣人セリアンがこちら側に来られないようになっているらしい。

 だが、それも時間の問題。今年中には結界が剥がれ、戦争が再燃する可能性が高い──だからこそ、皆ピリピリしているのだと。


 ……まあ、監獄にいる俺からすれば、どこか遠い世界の話に聞こえてしまうのも事実だが。


 そんなことを考えていると、どこかから控えめな声で質問が飛んだ。


「質問よろしいでしょうか……その、調和教団アルカディアっていつできたんですか?」


「ああ、すみません。古い教科書には載っていませんね」


 爺さんは顎に手を当てて、少し昔話をするような口調になった。


調和教団アルカディアが設立されたのは、想暦1000年──ある事件がきっかけでした。

 このゴーゼンメイヘムで起こった、“貧富の差を利用した大量自殺教唆事件”です」


 教室が、すっと静まり返る。


「一人の貴族が貧民をそそのかし、数えきれないほどの人々が命を絶ったと伝えられています。その悲劇を受け、“貧富の差をなくし、全ての民を平等に守ろう”と立ち上がった者たちが、調和教団の始まりです。彼らの活動によって、ゴーゼンメイヘムが帝国から共和国に変わり、富の再分配が行われました。まぁ貴族制度は残っていますがね」


 その説明に、思わず胸の奥がざわついた。

 だが爺さんは続ける。


「それだけではありません。想暦1200年前後から始まった“人と獣の大戦争”──

 その戦いを調停するために、国境に中立国を築いたのも、調和教団アルカディアと呼ばれる人々だったのです」


 貧富の差の是正に、戦争の調停。

 調和教団アルカディアさまさまだな、と一瞬感心しかけたところで──


「ですが、十年前。調和教団アルカディアの内部で裏切りが起こり、組織は解体されました。その裏切りによって生まれた悲劇が、サングリア・ヒルで起こった──九日血禍ブラッディナインデイズと言われています」


(……やっぱり、ステラのばっちゃんが言ってた話と繋がってんのか)


 そう考えているうちに講習は終わり、昼食の時間となった。


 整列してから食堂へと移動する。

 食堂は監獄にしては広く、席も自由。

 入口で食券を受け取り、カウンターで盆に乗った飯と交換し、好きな席に腰を下ろす仕組みだ。


 少なくとも、昼飯の時間だけは憩いの場っぽい空気があった。


 だだっ広い空間を見渡し、どこに座るのが正解かと吟味していると──さっき隣で爆睡していた男が、こっちに向かって手招きしている。


 せっかくなので、その男の正面に腰を下ろした。


「いやぁ、さっきは助かった! マジでありがとな!」


「あの優しそうなじーちゃんだからまだよかったけどな。あれが鬼の副隊長様だったら終わってたぞ。これから気ぃつけろよ?」


「失礼な。オレだって、ちゃんと相手を選んで寝てるんだよ」


「あのな……連帯責任になるんだから、起きてろって」


 そう言いつつも、その飄々とした感じが、なんとなく俺と波長が合う気がした。


「まあまあ、気が向いたらな。っと、自己紹介がまだだったな。オレはア──」


 次の瞬間、俺は反射的にそいつの口を右手で塞ぎ、周囲をぐるりと見回した。


「バカバカバカッ! 名前言ったら懲罰房行きだろうが!?」


「あっぶねぇ、そうだった!」


「貸し二な。ちゃんと返せよ?」


 座学のときと、今ので二回。きっちり貸し借りを意識させておく。


「わーってるって。それよりお前さん、なんで監獄に?」


 俺はできるだけさらっと、かいつまんで説明した。


「あー、まあ色々あってな。セバスト・ロウガーデンっていう小太りジジイを、ちょっとぶん殴っちまって」


 そう言うと、目の前の男は盛大に口に含んでいた飲み物を噴きそうになった。

 というか、もう既に飛び出て俺にかかっている。非常に汚かった。


「お前、マジかよ……。あの有名な三大貴族様に手ぇ出すなんて……ぶっ飛んでやがる」


「喝を入れただけだ。それに、ちょいちょい皆言ってるけどよ、三大貴族ってそんなに偉いのか?」


 名前からしてやべぇ雰囲気は感じていたが、実際どんなもんなのかまでは知らない。試しに聞いてみると、男は呆れたように目を見開いた。


「当たり前だっつーの! 特にセバスト様なんて……元調和教団(アルカディア)の大司祭ウェルダー様に並ぶ、この国の実質的なトップだぞ? よく三年で済んだな、ほんと」


「あー、さっきも出てきたな、調和教団アルカディア。大司祭ウェルダーってのは、どんな奴だ?」


「なんで知らねぇんだよ……。

 十年前、サングリア・ヒルの悲劇のあと、調和教団アルカディアを解散させて、騎士団の再編や結界の調整とか、色々やってくれたお偉いさんだよ。

 今この国の平和はあの人のおかげだってくらいの英雄だぞ」


 ともかく、すげぇ人だってことだけはわかった。

 ……が、想暦1000年の国名と今の国名を間違えるような奴に、「なんで知らねぇんだよ」と説教される筋合いはない。


「なるほどな。ちなみに、お前はなんで監獄に?」


 見た感じ、のらりくらりと上手に世渡りしていきそうなタイプで、とても罪を犯すようには見えない。


「まぁ、一言で言うとだな……ツイてなかっただけだ」


「ツイてない?」


 そこから、涙なしには語れないオレの身の上話と称して、長々と物語が始まった。

 あまりに長かったので要約すると──ナンパした女の子が、よりによって貴族だったらしい。罪状は上位身分不敬罪、刑期は二年。こいつらしいっちゃこいつらしいが、俺より早く出られると思うと、ちょっとムカつく。


 ひとしきり語り終えた男が「どうだ、ツイてねぇだろ?」とドヤ顔で言ってきたので、俺はずっと抱えていたツッコミをぶつけた。


「どうだ? じゃねぇよ、クソ長ぇわ。

 要するに、お偉いさんの娘口説いて、不敬罪で捕まっただけだろ。

 俺もお前も、貴族相手にやらかしたバカって点では大差ねぇな」


「悪いなぁ……オレはお前より一年早く出所できますけどぉ?」


 調子に乗って煽ってきたので、俺なりの脅し(ジョーク)で返す。


「ほぉ〜。ここでお前ぶっ飛ばして、仲良く刑期伸ばしてやってもいいんだぞ?」


「お前が言うとマジで冗談に聞こえないからやめてくれ」


 そんなやり取りをしているうちに、この男とはそこそこ仲良くやっていけそうだと感じ始めていた。


「まぁ何はともあれ、座学ではお隣さんだ。これからよろしくな」


 男が拳を前に突き出してきたので、俺も同じように拳を軽くぶつける。

 そして、前から気になっていたことを口にした。


「つーかさ。ここ、男女分けられてねぇんだな。危なくねぇか?」


 座学のときから一番後ろの席に座ってて、男女ごちゃ混ぜで詰め込まれてるのが、ずっと引っかかっていた。その疑問に対して、目の前の男は答えた。


「あの鬼さんも言ってただろ? ありとあらゆる場所に監視想具が設置されてるって。それだけ警備がガチガチなら、むしろ分けるほうが手間とコストがかかるし、目も行き届かなくなるんだとよ」


「なるほどな……」


「けど、だからこそ! オレらは男だらけのむさ苦しい空間を回避できてるわけだ!」


 それは確かに一理あった。

 男しかいない空間に閉じ込められるのは、正直ちょっと勘弁してほしい。


「監獄とは名ばかりで、適度に解放してストレス発散させたほうが、むしろ事件を未然に防げるってことかもな」


 ぼそっとつぶやくと、男は胸ポケットから折りたたまれたメモを取り出し、ニヤリと笑った。


「ちなみに、この監獄にいる全ての女性情報は、オレの中で網羅されてる。気になる奴がいたら、いつでも聞いてくれ」


「さらっとキモいこと言うな。お前、ここ来たのつい最近だろ?」


「オレにとっちゃ、十分すぎるくらいの時間があったのさ」


 ……正直、ちょっとだけ気になったのは否定できない。試しに確認してみる。


「じゃあテストだ。あそこの角で男どもと談笑してる、茶色のくるくるヘアの子は?」


「囚人番号──1089。罪状は詐欺罪。

 冴えないおっさんを言葉巧みに転がして、金を巻き上げてたらしいぜ」


「じゃあ、俺から見て右斜め前。一人で飯食ってる黒髪メガネのお姉さんは?」


「囚人番号──3627。罪状は傷害罪。

 痴情のもつれで、浮気した旦那をカッとなってグサーっとな。……ま、命に別状はなかったらしいけどな」


「……ははっ、お前マジですげぇな!」


「だろぉ? はっはっは!」


 と、男同士でわちゃわちゃやっていたところ──近くのテーブルに、ガシャッと乱雑にトレイが置かれる音が響いた。


 顔を上げると、茶色より少し赤みの強いロブヘアの女が、俺たちを見下ろして立っていた。もちろん、初対面だ。だが、こいつが何者かを知る方法なら、俺はもう学んでいる。


「この目の前に座った、明らかに俺たちを軽蔑してる赤髪の女性は?」


「囚人番号──0131。罪状は窃盗罪。

 最近、高価な薬草や漢方を盗んでは高値で売ってたとか、なんとか。

 でもでも、最後は罪を償うために自首した“心清らかな方”っすよねぇ~」


 さっきまで女の話で盛り上がっていた俺たちの空気を察したのか、男は慌ててフォローを入れる。


「ご親切に紹介どうも。くだらない話をしてたから、アタシのありもしない噂が広まる前に、布石を打っておこうと思ってね」


「このおちゃらけクズ野郎が言ってること、囚人番号と罪状は合ってるけど、話にちょっと尾ひれがついてるわね」


「そーなの?!」


 なんでお前が驚くんだよ、と心の中でツッコミつつ、話の続きを促す。


「アタシは確かに薬草を盗んだわ。でも転売なんてしてない。

 お母さんが病気でね。完治する薬をそろえるために、どうしても必要だったの。

 ……もちろん、お金がないからって窃盗に走ったのは、言い訳のしようもない罪よ」


 女は淡々と、自分の罪を認めた。


「だからせめて、お母さんに顔向けできるように自首を選んだ。

 ここで稼いだお金は、全部あの店に返すつもり」


 その姿勢に、俺は素直に感心した。


「おぉ、偉いじゃねぇか。

 人間、生きてりゃ罪の一つや二つ、誰だって犯す可能性はある。

 やっちまったもんは取り返しがつかねぇが──それをどう償うかは自分で選べる。

 その姿勢、立派だと思うぜ」


「さっきまで女の話で盛り上がってた人とは思えない発言ね。……キンパツくん?」


 ウェラミーナに名づけられた直球なあだ名をわざわざ口に出してきたその瞬間、さっきの感動は一瞬で霧散した。


「そのあだ名で呼ぶんじゃねぇよ、コソ泥女」


 そう返したところで目の前の男が突然、雷に打たれたみたいな顔をした。


「それだッ!!」


「……は?」


「囚人番号だけって味気ねぇと思ってたんだよ。皆で“あだ名”をつけ合おうぜ!

 お前はキンパツで──お前はコソ泥女、略して“泥女”……なんてどうだ?」


「はっ、お似合いだな」


「ぶっ飛ばすわよ」


 タイミングは見事に揃っているのに、言ってることは真逆だ。

 このくだらないノリが、泥女とも上手くやっていけるかもしれないと肌で感じさせた。


「じゃあ続いて、オレのもなんか頼む。できればかっこいいやつが──」


 男が言い終わる前に、俺は口を開いた。


「たらし野郎」


「クズ男」


 またしても、泥女と声がハモる。

 さて、判定はいかに──と思ったところで、男はしばらく唸り、それから言った。


「……どっちもひでぇけど、キンパツのほうを採用で」


 こうして、くだらないやり取りを交わしながら囚人仲間がなんとなく出来上がり、俺たちはそれぞれ昼食を平らげ、午後の“仕事実習”と“戦闘訓練”へと向かうのだった。

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