第二章「目醒め」 1/5
通報が入ったのは、ちょうど昼下がりのことだった。
いつもと変わらない通常業務をこなしていたはずなのに、その内容を聞いた瞬間、思わず耳を疑った。
──ヒノーデルの商店街に住む金髪の男が、三大貴族 ロウガーデン家当主セバスト様に暴力を振るった。
(……あの日、「貴方を五人目にしたくない」なんて言ったばかりだというのに)
最悪の形で、あの台詞が現実になってしまい、私は頭を抱えたくなった。
それから夕暮れになるまで、ひたすら彼の捜索に当たった。
逃げ足があまりにも速く、とうとう五番隊総出の任務となる。
捜索範囲はヒノーデル地方だけでは収まらず、首都アーサット、海の見えるアーケガッタ地方、商業施設の立ち並ぶソウチョ地方まで、くまなく探した。
そしてようやく、彼の足取りをつかむことができた。
──彼は、共和国ゴーゼンメイヘムの外、現在は合併した中立国サングリア・ヒルにまで足を伸ばしていたのだ。
私はウェラちゃんが運転する四輪想駆に同乗し、目撃情報のあった場所を目指した。そしてついに、いつも窃盗犯逮捕に協力してくれていた、あの金髪の男の後ろ姿を見つける。
こちらの姿に気づくや否や、彼は路地裏へと駆け出した。
だが、一度視界に捉えたからにはもう逃がさない。
「止まりなさいッ!!」
私は素早く路地を回り込んで彼の進路を塞ぎ、抜き放った十字槍をその喉元へと突きつけた。
「あっはは……これはこれは、クレリアさん。本日はお日柄もよく、こんなところまでご足労いただき……」
彼は両手を上げて降参の意志を示しながら、苦笑してみせる。
その調子に、思わず私も笑みを返してしまうが──少しだけ怒っていた。
「まさか……サングリア・ヒルまで逃げるとは思いませんでしたよ」
普通の犯人逮捕なら、ここまで時間も手間もかからない。
彼の逃げ足と執念が、この苦労を呼び寄せたのだと思うと内心腹立たしい。
「そりゃ逃げるだろ! あんだけ騎士団が血相変えて追ってきたらよぉ!」
ここまで逃げてきたのは騎士団のせいだと言わんばかりの物言いに、ため息が出そうになる。今まで治安維持に協力してくれていたことを思えば残念で仕方がないが、職務として割り切るしかなかった。
「問答無用です、ケント・ベルウォードさん。
貴方を“上位身分傷害罪”の容疑で、逮捕します」
* * *
がんばって逃げた甲斐もなく、俺は四輪想駆に無理やり詰め込まれ、ヒノーデル地方と首都アーサットの境目にある矯正施設──モーニア監獄へと連行された。
今、そこのしけた取調べ室で、さっきからキーキー言いながら詰め寄ってくる頑固者に事情聴取を受けているところだった。
「だから誤解だ! 違うんだって!」
「何が誤解だ、ケント・ベルウォード!
監視想具には、貴様がセバスト様に暴力を振るっている映像がはっきりと記録されている。それでも誤解だと言い張るのか!」
くっそ、どこに設置してあったんだこれは。
言い逃れはできそうにないので、正直に述べた。
「あー、いや、それは本当だがよ……。こっちの話も聞けって。あいつが先にウィンに暴力を振るったんだよ!しかも、市民の許可もなしに勝手に『遊郷園を開拓する』とか言って、商店街ごと潰そうとしててだな──」
だが、この頑固者は聞く耳を持たない。
「そんなはずないだろう!
映像に残っているのは、貴様が殴っている場面だけだ。
セバスト様にも事情聴取を行ったが、そのような事実は一切なかった!」
その映像の一部始終を見ると、見事にウィンに暴力を振るったシーンはカットされ、あたかも俺が気分屋で殴ったような映像になっていた。
「捏造されてんじゃねぇか! 第一、俺は理由もなく人を殴ったりしねぇ!」
「いや、貴様のようなガサツで狡猾な男こそ、市民に口裏合わせをさせて、気に入らない老若男女を暴力で支配するタイプだ。私にはわかる」
ひどい言われようだった。
今のでこいつが俺のことをどう思っていたのか、よく理解できた。
そこへ、コンコン、と控えめなノック音が響いた。
「はぁ……少しはおとなしくできませんか?」
ガチャ、と扉が開く。
顔を出したのは、見慣れた姿だった。
「クレリア隊長、お騒がせして申し訳ございません!」
「おっ、やっと話が通じるやつが来てくれて助かったぜ」
「ウェラちゃん、あとは私のほうで対応しますから、通常業務に戻っていいですよ」
そういうと、頑固者は目の前の男を仇のようににらみつけながら立ち上がった。
「ありがとうございます。あと少しで締め上げるところだったので、助かりました」
とても治安維持を担う想導騎士団とは思えない発言だった。
そして去り際、彼女は意味深な言葉を残していった。
「貴様はまた後日、入念に叩き直してやるから覚悟しておけ」
勢いよく扉が閉まり、ウェラミーナは去っていった。
後日という言葉が引っかかった。
本来なら取り調べだけで、そのままスプラウト雑貨店に帰れるはずだ。
そういった淡い期待を、目の前の騎士隊長が打ち砕こうとしていた。
「それでは、ケントさん。貴方の“処分”についてお伝えします」
「貴方には、モーニア監獄と呼ばれるこの矯正施設で、三年間過ごしていただきます」
「……はッ!? 三年!? 嘘だろ、重すぎだろうが!」
「あのですね……貴方が半日近く逃走を図らなければ、もう少し考慮の余地もあったんですよ?」
「いやいや、それにしても三年は長すぎんだろ。
出るころには、俺二十五歳になっちまってるじゃねぇか」
「ということは……貴方、私の一つ上だったんですね。
歳が近くて、少し驚きました」
「今は年齢の話じゃなくて、“お務め期間”の話をしてくれ」
「はぁ……これでもセバスト様や大司祭様に直談判して、かなりがんばったほうなんですよ?本来なら十五年、下手をすれば死罪でもおかしくありませんでしたからね?」
「…………」
思わず、言葉が詰まる。
「まあ、貴方は日ごろから商店街の治安維持に協力してくれていました。
その功績も考慮されて、折衷案として“懲役三年”になった、というわけです」
「終わった……。ちなみに、ここから早く出る方法ってあったりするのか?」
「模範囚になれば、一年は刑期を短縮できます」
「それでも二年か……大して変わんねぇ」
「それから……いえ、これはまだ確定事項ではないので、決まり次第お伝えしますね」
思わせぶりな言葉が気になるが、もうどうしようもない。この現実を受け入れるとしよう。
「では、モーニア監獄におけるカリキュラムについて、簡単にご説明します」
そこからは、クレリアによる“監獄生活の説明会”が始まった。
「この施設では、“学び・働き・そして強くなる”をテーマに、三つの更生プログラムが用意されています。一つ目は、座学講習です。この世界の成り立ちや、社会の仕組みなど基礎から学び直してもらいます。教養を身につけるのが目的ですね」
「お、ちょっと面白そうじゃねぇか」
つい身を乗り出すと、クレリアが意外そうな目を向けてきたので、思わず指摘してしまう。
「さては、こーゆーの面倒くさがるタイプに見えたんだろ? 目を見ればわかるからな」
「……かっ、考えすぎではないですか。二つ目は、仕事実習です。
壁の補強や物づくりなどの刑務作業を通じて、お金を稼いでもらいます。
社会復帰の練習も兼ねていますね。稼いだお金は出所後も持ち出せますし、ここでの昼食や夜食を豪華にするのにも使えます」
クレリアの話を聞いて、監獄の飯がまずいと言われていることを思い出した。
それを豪華にできるのであれば悪くないかもしれない。
――ただし使いすぎは厳禁だな、現金だけに。
「やかましいこと言わないでください。
三つ目が、戦闘訓練です。ここでは、能力覚醒のための修行として想喰との模擬戦闘訓練を行います」
想喰──生命の“想い”に引き寄せられて現れる獣だ。
まぁ訓練だし、出てくるのはせいぜい犬型か狼型あたりだろう。それよりも能力覚醒という言葉の方が妙にそそられて、俺は思わず聞き返した。
「能力覚醒?」
「ほら、私たちの生活を支えている乗り物、映像機器、街灯など。
それらは全て想具や想駆と呼ばれていて、“想い”の源である加護を込めたものであることはご存じですよね?」
知らん知らん。スプラウト雑貨店で触ったことがある程度で、原理まで考えたことはなかった。俺は再度聞き返す。
「アモ? なんだよそれ」
「火・水・風・雷・地・光・闇。
この七種類の“元素”のことですよ。学校で習いませんでしたか?」
「……あいにく記憶がないんでね」
「あ……すみません、そうでしたね。では、もう少し詳細に説明します」
どうやら、大昔──1000年頃までは、そういった原理はロクに解明されていなかったらしい。人類が進化していく過程で研究が進み、加護や想具の仕組みが少しずつ分かってきた、というわけだった。
ちなみにだが、四輪想駆は光と雷の加護を、調理想具は火と水の加護を応用しているらしい。
「そして、驚くのはここからなんです。
進化の過程で、“想具を生成できる人間”が現れました。
こうした人たちを想弾師と呼びます」
「想具を、自分で作る……?」
「ええ。想弾師は七つの加護のうちいずれかを、この世界の上位存在である“監視者”から分け与えられています」
想弾師は、自分で想具を生成できるうえに、与えられた加護を組み合わせて使うことができる。戦士なら戦いに、職人ならモノづくりに――そうやって、この世界を支えてきたのだと説明された。
ただ、それより前に出てきた“上位存在”だの“監視者”だの、急にスケールがでかくなってきたせいで、正直頭が追いつかない。
「じょっ上位存在ぃ?監視者?」
「そちらについて詳しく知りたい場合は、首都アーサットの国立図書館にある"アスタロト家の記録"という本を読めば分かるかと」
「いや......読みたいのは山々だが、生憎と明日から監獄生活なんでな」
それらの理解はひとまず後回しにしておく。
そして、話をしている間にとあることを思い出した。
「あっ! そういや俺を捕まえたとき、何もねぇところから槍出してただろ!? ってことは──」
逃げるのでいっぱいいっぱいで、そのときはちゃんと見ていなかったが、思い返してみればそうだった。
「ご名答。私も想弾師で、加護は“水”ですね」
そう言って、クレリアは右手を軽く掲げ、何もない空間から少量の水を生み出してみせる。ふわりと浮かぶ水滴を見ながら、俺は素直に感心した。
「へぇ、じゃあクレリアは飲み水に困らなさそうだな」
「いや、まあ……理屈としてはそうなんですけど。いの一番にそれが出てくるあたり、本当に貴方らしいですね。とはいえ、加護の量は人それぞれ決まっているので、無駄遣いはできないんですよ」
どうやら加護は生命力に直結していて、自分が持っている以上に使いすぎると体への負担がとんでもないらしい。その分、休んだり食べたりすれば回復するそうだが……。何とは言わないが、どこか男の行為と似てるな、とくだらないことを考えてしまった。
「なのでまとめますと、戦闘訓練で言ってた能力覚醒というのは――
要するに“想弾師を生み出すための訓練”ということになります」
「ほぉ……あれだろ? もうすぐ来るって言われてる結界崩落に備えて、戦闘員を増やす目的もある、って感じか?」
「ええ、そうです。まだ確定ではないですので、決まり次第ご連絡しますね」
さっき言い淀んでいたのはこれか。
俺も想弾師になれれば、戦闘員として必要とされてもっと刑期を短くできるかもしれない……と思ったが確定じゃない。
期待を上げておいて、おじゃんになったらたまったもんじゃないので、あまり期待しないでおこう。
「以上が、カリキュラムの説明になります。何か、質問はありますか?」
「カリキュラムについては、なんとなくわかった。
それより想弾師のほうだ。ちょっと見てみてぇからさ、想具出してみてくれよ」
「ええ、構いませんよ。では、実演してみましょうか」
クレリアは静かに目を閉じ、軽く息を整える。
次の瞬間──。
ガキンッ、と金属が噛み合うような音とともに、空中から十字槍が現れた。
「おお……! かっけぇ!」
「今のは、私の心の底にある強い想い──“自誓”の原動力を引き上げました。その結果として、想具の形を取ったのがこの十字槍です。
自分の原動力を理解し、その想いを高め、想具を顕現させるイメージをしていただければ、きっと貴方も想弾師になれますよ」
「原動力、加護、想弾師……。情報量多すぎて頭がパンクしそうだ」
「そのあたりも、座学でゆっくり学べますから大丈夫ですよ」
その言葉を聞いて安心した。
今日は色々あったので、学ぶのは明日からにしたい。そう思っていたからだ。
「そうか。それにしても、三年か……。ウィンとジュリアさん、大丈夫かねぇ」
「お二人が心配なら、しっかりと反省して、模範囚を目指しましょう。
いいですね、ケントさん。むやみやたらと誰かに手を上げないこと。約束できますか?」
「わかった、わかった。俺だって早くここから出てぇんだ」
「その意気です、応援していますね」
クレリアは笑顔を向け、そう言って立ち上がると、軽く背筋を伸ばし、扉のほうを指し示した。
「それでは、貴方の囚人室にご案内します。こちらへどうぞ」
こうして俺の監獄生活が、幕を開けた。
作者です。急に専門用語出てきて分かりにくいですよね……。
下記ノートに簡単にまとめてありますのでご参考下さい。
※まだ出てきてない単語もまとめてあります!
https://kakuyomu.jp/users/handoil_of_promise/news/2912051600797083163




