第一章「そして監獄へ」 2/2
窃盗犯とのひと騒動と、ステラばっちゃんの荷物運びを経て、ようやくスプラウト雑貨店にたどり着いた。
「なんだかんだで、ずいぶん時間くっちまったな」
そんな独り言をつぶやきながら扉を開けると、店番をしていた少年があわてて駆け寄ってくる。
「あ、ケント兄ちゃんっ! おかえり! 商品は無事だった!?」
よっぽど心配だったのだろう。少し涙目になっているのが、なんだか可愛い。
ちょっとからかいたい気持ちもあったが、さすがに可哀想なので正直に答える。
「あったりめぇよ。ついでに犯人も懲らしめといたから、二度とここには来ねぇと思うぜ」
そう言って、目玉商品を梱包した小箱を渡す。
ウィンは慌てて箱を開け、中身を確認してから、ほっと肩の力を抜いた。
「いつも悪いねぇ。これ、今回の報酬だよ」
カウンターの奥から顔を出したのは、ウィンの母親にして、俺の雇い主でもあるジュリアさんだ。報酬だと言って銀貨を数枚、手のひらに乗せようとしてくる。だが、これを素直に受け取るわけにはいかない。
全裸騒動のせいで周囲から変質者扱いされ、職探しに難儀していた俺を拾ってくれたのが、この店だ。面接で聞かれたのは二つだけ――「力仕事はできるか」「窃盗があったとき、犯人を捕まえられるか」
どっちも得意だと答えたら、その場で即採用。
おまけに、寝泊まりする場所として物置小屋まで貸してくれている身の上だ。さすがにもらいっぱなしというわけにはいかない。
「いらんいらん。物置小屋借りてんだし、これくらいはサービスの範疇っすよ?」
「何言ってるの! 成果に対して対価を払わない雇い主がどこにいるってのさ。ほら、受け取っときなさい」
「うーん……まぁ、そこまで言うなら、ありがたくもらっておきます」
申し訳なさもあったが、さっきの小遣い稼ぎがタダ働きになったばかりだ。
俺は心の中で軽く言い訳しつつ、銀貨を受け取った。
「これからも用心棒兼雑用、頼むわね」
「あいあい。いくらでもこき使ってください」
と、そこでウィンが目を輝かせて、身を乗り出してきた。
「ねぇねぇ! 僕、ケント兄ちゃんみたいに強くなりたい!! どうしたら強くなれるの?」
つぶらな瞳で、真っ直ぐな質問を投げかけてくる。
強さに憧れる気持ちはよくわかるが、変な奴にケンカを売るようになっても困る。
俺は、少しだけ答えをはぐらかすことにした。
「そうだなぁ……まずは、夜に一人でトイレに行けるようになるとかか?」
「うっ……べ、別に行こうと思えば行けるし……!」
「あとは、お野菜もちゃんと食べられるようになるとかかしらねぇ?」
俺の意図を察したのか、ジュリアさんもさらりと追撃してくれる。
「うぐっ……そういうのじゃなくて!! もっとこう、ケント兄ちゃんみたいに、バシュッ! バシュッ! って相手をボコボコにできるやつ!」
……これは将来大物になるな。義理の兄貴分として、ちょっと鼻が高い。
だが一つ、力の使い方をはき違えているようなので、ここはきちんと釘を刺しておく。
「ウィン。力ってのはな、誰かを傷つけるためのもんじゃねぇ。誰かを護るために使うもんだ。そこをはき違えねぇように、ちゃんと覚えとけよ」
急に真面目なことを言いだしたもんだから、ウィンも背筋を伸ばし、真剣な顔で耳を傾けてくる。
「う、うん……わかった。他には?」
五歳児に俺の編み出した武術を叩き込むのは早すぎる。
成長してから教えてやると決めているので、今はやんわりとかわす。
「うーん……まぁ、いつか教えてやるよ」
「えー、今がいいのにー!」
そうやってわいわい話していると、ちょうどいいタイミングで俺の腹がぐぅと鳴った。すかさずジュリアさんがクスッと笑い、声をかけてくる。
「ちょうど晩ご飯ができたところなんだけど、ケントも食べてく?」
至れり尽くせりとは、まさにこのことだ。
さっきもらった非常食の缶詰もあるし、一度は断るべきかとも思ったが――食事の誘いを断るのは、それはそれで失礼にあたる。
決して、ジュリアさんの飯がうますぎるからタダ飯を狙ってるわけではない。
……と、自分に言い聞かせつつ、少しだけ迷うフリをしてから答えた。
「んー……まぁせっかくだし、いただいていきます」
正直なところ、反射的に食べると言いたかったが、俺のプライドが許さなかった。
「やった! 強さのヒミツ、もっと聞ける!」
ウィンはまだ諦めていないようだったので、曖昧な回答を返しておく。
「答えられる範囲でな」
そして、どうやって上手くはぐらかすか、それだけを考えながら――
その夜は三人で食卓を囲み、腹いっぱいになった俺は、いつもの物置小屋で静かに目を閉じた。
* * *
後日。昨日の疲労もあって、俺は少し寝坊気味だった。
いつもなら、ウィンあたりが起こしに来るのだが……。
毛布をはいで、ゆっくりと立ち上がり、伸びをする。
物置小屋の扉を開けると、商店街がざわついていた。いつもの喧騒とは、どこか違う空気だ。
先に外に出ていたウィンとジュリアさんが、真っすぐどこかを見つめている。
俺はその背中に向かって声をかけた。
「おはようさん。なんかあったんすか?」
ジュリアさんは、声を落として俺に状況を伝える。
「シッ。ほら、あそこを見て」
視線の先を追うと、小太りで髭を生やした、いかにも貴族って感じの男が、配下をぞろぞろ引き連れて歩いていた。
「ここは大変利便性が良い。よって本日からこの一帯を開拓し、遊郷園へと作り替えることとする! これは決定事項じゃ!」
何やら聞き捨てならないことを宣言してやがった。
「お待ちください、セバスト様。それでは我々市民は、どこで暮らせばよいのですか?」
商店街の中央で、誰かが必死に声を上げる。
「ええい、知るか!
他の地方に行くなり、その辺の地べたで寝るなり、好きにせい!」
あまりにも身勝手な言葉に、あちこちから小さなどよめきが漏れる。
だが、誰も正面から言い返すことはできない。ただ、悔しそうに唇を噛みしめるだけだった。
「いつまでそこに突っ立っておるのだ、散れ一般市民ども! これよりセバスト様は遊郷園開拓の視察を行う!」
取り巻きの兵たちが、威圧するように一歩前へ出る。
その圧に押されるようにして、商店街の人々はじりじりと後ずさり、道を開けるしかなかった。
「朝からずっと、あんな感じでね……」
ジュリアさんが、不安そうに眉をひそめる。
「何様だよ、あのデブ野郎。せっかく生活が安定してきたってのに――。……うわ、こっちに来やがった」
ずんずんと足音を響かせ、飛び出た腹を揺らしながら近づいてくる。
「ふむ、ここは受付でよいな。試しに仮建てしてみるか。ここに住んでいる者ども、喜んで明け渡すがよい」
奴が指さしたのは、スプラウト雑貨店だった。
「っ……! どうか今一度、お考え直していただけませんでしょうか」
「おい、ジュリアさん! 何、頭下げてんだよ!」
ここまで必死なジュリアさんを見るのは初めてだった。
それほど、こいつの身分が高いのか――いや、見た目はただの成金デブにしか見えないが。
「ほぅ。貴様は一般市民でありながら、ワシに要求を申すか」
「どうか、お願いします。夫が亡くなったあとも、我が子と共に営んできた思い出の店なのです」
夫——前に少し聞いた話では、三十で病死してしまったらしい。
そこから、女手ひとつでウィンを育ててきた。その思い出の場所を壊させまいと、精一杯頭を下げている。その姿を見るだけで、胸が締めつけられた。
だが、こいつは――。
「駄目だ。ワシに命令など、百年早いわ」
血も涙もない一言を平然と吐きやがる。
歯を食いしばる母の姿を目の当たりにして、とうとうウィンが前に躍り出た。
「やめろぉ! お母さんをいじめるな!」
手足は震え、立っているのがやっと。
それでもウィンは母を守るために、小さな体で踏ん張っていた。
「このガキが……引っ込んでおれい!!」
次の瞬間、小太りの男はウィンの頬を勢いよく張り飛ばした。
体格差は歴然だ。ウィンの身体は横にのけぞり、そのまま地面に倒れ込む。
「ウィン!!」
ジュリアさんの悲痛な叫び。
その光景を目にしたとき、俺はもう俺でいられなくなっていた。
「これが世の常だ。弱者は強者に淘汰される。思い知れ、小僧」
「うっ……うっ……」
頬を押さえ、涙をこぼすウィンを前に、俺は一歩前へと踏み出した。
「おい、クソデブ。それはちょっと違ぇんじゃねぇか?」
「デブだとッ!?」
小太り男の顔が、見るからに怒りで真っ赤に染まる。
取り巻きの連中もざわつき、空気がいっそうピリついた。
「貴様、この方をどなたと心得ての発言か!!」
側近らしき男が一歩前に出て、今にも掴みかかってきそうな勢いで怒鳴る。
だが、俺は一歩も引かない。
「よ~く知ってるぜ、子供に手ぇ上げるクソ野郎だろ。
……さっき、てめぇはウィンに“弱者”って言ったな」
わざとゆっくりと言葉を区切り、真正面からにらみ返す。
「それがどうした!」
セバストの目がギラリと光る。
威圧で押しつぶそうとする男に、俺は真っ向から意見をぶつける。
「見るからに自分よりでかい相手に向かって、母ちゃん護るために前に出たんだ。こんな勇気ある奴のどこが弱者だよ」
俺はしゃがみ込み、ウィンの頭をぐしゃっと撫でた。
その小さな体が、びくっと震え、そして少しだけ力を抜いた気がした。
「ウィン、よく頑張ったな。
昨日お前、強くなりたいって言ってたけどよ――もう十分強ぇよ。俺が保証してやる」
ウィンは余計に泣き出してしまい、ちょっとだけ申し訳なくなる。
それでも、ウィンの兄貴分として、今ここで言っておきたかった。
そして、改めてクソ野郎のほうへ向き直る。
「んでもって、てめぇみてぇなクソ野郎は――」
拳がじわじわと熱を帯びていく。
ジュリアさんに頭を下げさせたこと。ウィンに手を上げたこと。
そのすべてへの“返し”として、俺は大きく振りかぶった。
「ケント、待ちなさいッ!!!」
もう、止まらない。何も聞こえない。
ただ一点――その顔面めがけて、一撃を叩き込む。
「鉄拳制裁だ。くたばれ、成金野郎ッ!!」
「ふぼぉ!?」
妙に景気のいい悲鳴とともに、男の顔面がのけぞり、ずるりと吹っ飛んだ。
顎を正面から打ち抜いた衝撃で、白目を剥き、口から泡を吹いている。
その情けないツラを見られただけで、十分すぎるほど満足だった。
瞬間、配下も商店街の連中も、ぴたりと動きを止める。
あたりに、さっきまでとは別種の静寂が降りた。
ようやく我に返った俺は、思わず満足げに息を吐いた。
「ふぃ〜、すっきりした。これで当分は大丈夫だろ。……あれ、お前らどうした?」
皆、顔を真っ青にして固まっている。
俺は首をかしげ、ジュリアさんに視線を送った。
「ケント、その人……」
ジュリアさんは、ひどく言いづらそうに口を開く。
「三大貴族、ロウガーデン家の当主様なんだけど……」
「……………………マジ?」
三大貴族――その響きが、脳に突き刺さる。
意味を理解した瞬間、俺はどこでもいい、とにかく遠くを目指して、風のように商店街を駆け抜けていった。




