第一章「そして監獄へ」 1/2
「今回も窃盗犯逮捕へのご協力、感謝いたします」
そう声をかけてきたのは、このゴーゼンメイヘムの治安維持を担う想導騎士団 五番隊隊長のクレリア・ブレイズロットだ。茶色の長い髪を腰まで伸ばし、白いロングコートのような隊服を颯爽と着こなしている。
「まぁ、そうかしこまらないでくれよ。もっとフランクでいいんだぜ、クレリア隊長様」
「いえ、私にも立場がありますので……」
「そうか? 残念だな」
スプラウト雑貨店はもちろん、行きつけの定食屋や酒場の食い逃げ犯を捕まえたりと、なにかと世話を焼いてきた仲だ。そろそろ距離を詰めようと思ったんだが――どうやらガードは堅そうだ。ここは一旦引いておく。
「むしろ貴様のほうがクレリア隊長に敬意を払え。この方は、かの三大貴族 ブレイズロット家のご令嬢だぞ?」
ギロリとあからさまに敵意を向けてくるのが、五番隊副隊長のウェラミーナ・フォスタだ。黒い髪を肩口まで伸ばし、髪飾りを付けているこの女はいつもクレリアの隣にいる都合上、何度か顔を合わせてはいるが……まあ、ウマが合わない奴だ。
「ウェラちゃん、私は大丈夫ですよ。市民の皆様にかしこまられるのも、あまり良い気はしませんからね」
クレリアは、俺を庇うようにやんわりとウェラミーナをなだめる。
その優しさに甘えて、一言だけ追撃しておく。
「ほぉら、本人がいいって言ってんだろ。頭の固い副隊長様は、市民に嫌われちまうぜ?」
「貴様……!」
ウェラミーナが、わかりやすく眉間にシワを寄せる。
その様子を見て、クレリアが慌てて場を収めに入った。
「ほらほら、ウェラちゃんは窃盗犯の連行、お願いできますか?」
「……かしこまりました。立てッ!」
「くそぉ……また監獄生活かよ……」
ウェラミーナが、騎士団用の四輪想駆に犯人を乱暴に押し込む。犯人を預け終えると、クレリアと俺は自然と二人きりになった。
「それにしても、すごいですね。今回で四人目ですよ?」
「まぁな。でも筋力鍛錬と走り込み以外は、特別なことをしてきた覚えはねぇんだがな」
「覚えはない……ですか?」
クレリアの問いかけに、俺はふと、少し前のことを思い出す。
「ほら、前に食い逃げ犯を捕まえたときに、ちょっと話したろ。
俺には“ここでどう暮らしてきたか”って記憶が一切ない。覚えてたのは、せいぜい名前と年齢くらいだ」
「ああ、目が覚めたら酒場の路地裏に倒れていたのでしたっけ。しかも、その……裸で」
「そんな赤くなって言うなよ。俺だって恥ずかしいんだぞ」
実際、笑いごとではなかった。
自分に関する記憶は、名前と年齢くらいしかないうえに、気づけば全裸で路地裏に転がっていたのだ。通報されるわ、酒場の店員には変態扱いされるわで、大騒ぎだった。
そんな俺を拾ってくれたのが、スプラウト雑貨店――店主であり、ウィンの母親でもあるジュリアさんだった。今こうして人並みに暮らせているのは、あの人のおかげだ。
「でも、どうして記憶がないんでしょうね。やっぱりお酒の飲みすぎとか……?」
「それで記憶も服も失ったんだとしたら――とんだ間抜けだな、俺」
冗談めかして肩をすくめると、クレリアはくすっと笑いながら語りかけてくる。
「ほどほどにお願いしますね。貴方を五人目にしたくはありませんから。
……それでは、業務に戻ります。改めて、ありがとうございました」
「おーう。十人達成したら、飯でもおごってくれよ」
クレリアは笑みを浮かべ、待機している四輪想駆へ向かおうとして――ふと、くるりと振り返った。長い髪がふわりと揺れ、その横顔に思わず見惚れてしまう。
「あ、そうでした。窃盗犯から奪ったお金、ちゃんと返してくださいね?」
「……チッ、見てたのかよ」
俺の密かな小遣い稼ぎは、あっさりとチャラになった。
その悔しさから、さっきまで抱いていた見惚れたという感情を心の中でそっとなかったことにした。
* * *
あの女狐に金を巻き上げられた俺は、スプラウト雑貨店へ戻るべく、商店街をぶらついていた。
「また活躍したらしいな? ボウズ」
道路工事中のガタイのいいおっさんが、工事用の想具を肩に担ぎながら声をかけてくる。
「まぁ俺にかかれば余裕だな。金さえ積まれりゃ、いつでも雇われるぜ」
軽口を叩いていると、最近できた定食屋の兄ちゃんにも呼び止められた。
「よぉ兄弟! たまにはウチの定食屋にも足運んでくれよ〜」
「あいあい。バレねぇ程度に大盛りにしてくれたら、考えてやるよ」
新しくできた店だけあって、行きつけよりちょいと値段が張る。条件くらいはつけさせてもらう。
そんなふうに歩いていると、前方で大きな荷物をよろよろ運んでいる婆さんが目に入った。風にあおられ、荷物がぐらりと傾く。
「おっと」
落ちる前に、すかさず支える。
「おお、ごめんねぇケント。今、ちょいと大荷物運んでてね」
「持っていくぜ。いつもの家までだろ?」
「ありがとねぇ」
ステラのばっちゃんも、金のなかった俺に飯を振る舞ってくれた恩人の一人だ。
「それにしてもステラのばっちゃん、なんでこんな食料やら水やら買い込んでんだよ」
「あんた聞いてないのかい? もうじき結界が崩落するって話をさ」
人間の住んでる国ゴーゼンメイヘムと、獣人が住んでいる国――名前は……やべぇ、忘れた。ともかく、その間には中立国サングリア・ヒルという場所がある。
ゴーゼンメイヘムとサングリア・ヒルは十年前に合併して、人間の領土になった。そのサングリア・ヒルと獣人の国とのあいだに張られている結界がそろそろ崩れ、人間と獣人の戦争が始まるかも……と、ジュリアさんが言ってたような気がする。
「街の連中から噂程度には聞いてるけど、そんなにやべぇ話なのか?」
「そりゃそうさ。獣の国に住んでる連中は、野蛮なのが多い。十年前の事件で、多くの人間が獣どもに殺されたんだよ。私の孫だって……」
ステラのばっちゃんは、俺にもわかるように簡単に説明してくれた。
十年前、二つの国が合併するきっかけとなった事件。
中立国サングリア・ヒルは、その名のとおり人と獣のあいだを取り持つ役目を担っていて、その役目を任されていたのが調和教団って連中だった。
人と獣がそれぞれ入国できる時間帯を定めて結界を張って平等に接し、いつか種族関係なく平和に暮らせる日を願っていたそうだ。だが、あるときその結界がおかしくなり、人間と獣人がサングリア・ヒルに閉じ込められた。
その間たったの九日間。
平和を望む人間の思いとは裏腹に、獣人は人間を襲い、血で血を洗う結末になった。――そのことから、九日血禍と呼ばれているらしい。
ばっちゃんの声が少し震え、俺は思わず俯いた。
「そうだったのか……辛いこと思い出させちまったな。
……ならいつか、俺が獣人全員ぶっ倒して、安心して過ごせる世界にしてやんよ」
少しでも元気づけたくて、自分の実力以上の大口を叩く。
「そうかいそうかい。期待せずに待っておくよ。
それより結界崩落に備えて、あんたもちゃんと蓄えときな。
食べ盛りなんだから」
ありがたい忠告だが、俺はそこまで深刻には考えていなかった。
「安心しろって。三日くらいなら飲まず食わずでも何とかなるし、困ったらその辺の想喰でも狩って食うさ。……っと、この辺でいいか?」
ばっちゃんの家の前に着き、荷物をそっと地面に下ろす。
「助かったよ。これ、非常食さ。よかったら持ってきな」
「おお? いいのか! 恩に着るぜ。じゃあな、ステラのばっちゃん!」
非常食の缶詰を受け取り、手を振るばっちゃんに背中で応えながら、俺はスプラウト雑貨店を目指して商店街を歩き出した。




