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灰を抱く少女は、何度でも折れる  作者: ニィギンヤ
第1部

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8/47

優秀な人間ほど、異常に気づく

 最初に気づいたのは、教師だった。


⸻


「……止めろ」


⸻


 訓練場。


⸻


 模擬戦の最中。


⸻


 教師の声が、途中で割り込む。


⸻


 珍しい。


⸻


 いや。


⸻


 初めてだった。


⸻


 全員が止まる。


⸻


 視線が集まる。


⸻


 教師は、前を見ていた。


⸻


 私を。


⸻


「ミナ・アッシュ」


⸻


 呼ばれる。


⸻


「なにをした」


⸻


 質問。


⸻


 でも。


⸻


 確認に近い。


⸻


「別に」


⸻


 答える。


⸻


 本当に。


⸻


 何もしていない。


⸻


 少なくとも。


⸻


 私の感覚では。


⸻


「……そうか」


⸻


 教師が黙る。


⸻


 視線だけが残る。


⸻


 重い。


⸻


 でも。


⸻


 前みたいな嫌悪じゃない。


⸻


 理解できないものを見る目。


⸻


 それに近い。


⸻


 原因は分かっている。


⸻


 さっきの模擬戦。


⸻


 私は、ただ避けただけ。


⸻


 相手の攻撃を。


⸻


 最短で。


⸻


 最適で。


⸻


 当然みたいに。


⸻


 でも。


⸻


 それだけで。


⸻


 相手は、崩れた。


⸻


 呼吸。


⸻


 重心。


⸻


 魔力の流れ。


⸻


 全部。


⸻


 乱れていた。


⸻


 たぶん。


⸻


 “合わせすぎた”。


⸻


 私の基準に。


⸻


「今の……見えた?」


⸻


 誰かが呟く。


⸻


「いや、でも……」


⸻


「消えたように——」


⸻


 ざわめき。


⸻


 小さい。


⸻


 でも広がっていく。


⸻


 私は、少しだけ考える。


⸻


 隠した方がいいか。


⸻


 たぶん。


⸻


 その方がいい。


⸻


 この世界は。


⸻


 “天才”を嫌う。


⸻


 正確には。


⸻


 理解できないものを。


⸻


 怖がる。


⸻


 だから。


⸻


 前の私は、合わせていた。


⸻


 壊れないように。


⸻


 浮かないように。


⸻


 でも。


⸻


 今は。


⸻


 その感覚が、少し分からない。


⸻


「次」


⸻


 教師が言う。


⸻


「ミナ。お前も入れ」


⸻


 一瞬、空気が止まる。


⸻


 誰かが息を呑む。


⸻


 当然だ。


⸻


 今まで外されていた私が。


⸻


 急に。


⸻


 戻される。


⸻


「……いいんですか」


⸻


 聞く。


⸻


「判断するのは私だ」


⸻


 短い。


⸻


 でも。


⸻


 少しだけ。


⸻


 強張っている。


⸻


 教師も。


⸻


 警戒している。


⸻


 私を。


⸻


「……了解」


⸻


 前に出る。


⸻


 相手は三人。


⸻


 学院でも上位。


⸻


 普通に強い。


⸻


 以前なら。


⸻


 立った瞬間に終わっていた相手。


⸻


「……」


⸻


 全員、構えている。


⸻


 誰も前に出ない。


⸻


 慎重。


⸻


 それだけで、少し面白かった。


⸻


 前までなら。


⸻


 油断されていたのに。


⸻


「始め」


⸻


 教師の合図。


⸻


 同時に。


⸻


 魔法が来る。


⸻


 三方向。


⸻


 速い。


⸻


 連携も綺麗。


⸻


 無駄がない。


⸻


 でも。


⸻


 遅い。


⸻


 違う。


⸻


 “粗い”。


⸻


 全部。


⸻


 隙間だらけに見える。


⸻


 私は、一歩だけ動く。


⸻


 それだけ。


⸻


 たったそれだけで。


⸻


 全部、外れる。


⸻


「な——」


⸻


 相手が固まる。


⸻


 当然だ。


⸻


 避けたんじゃない。


⸻


 “そこにいなかった”。


⸻


 そんな感覚に近い。


⸻


 次の瞬間。


⸻


 私は、相手の後ろにいる。


⸻


 無音で。


⸻


 自然に。


⸻


 移動したみたいに。


⸻


「っ!?」


⸻


 一人が反応する。


⸻


 速い。


⸻


 かなり。


⸻


 でも。


⸻


 遅い。


⸻


 私は、その魔法に触れる。


⸻


 軽く。


⸻


 ただ指先で。


⸻


 その瞬間。


⸻


 魔法式が、崩壊する。


⸻


 音もなく。


⸻


「え……?」


⸻


 相手が固まる。


⸻


 理解できない顔で。


⸻


 当然だ。


⸻


 私も少し前まで、分からなかった。


⸻


 でも今は分かる。


⸻


 魔法は。


⸻


 “流れ”だ。


⸻


 順番。


⸻


 接続。


⸻


 積み重ね。


⸻


 だから。


⸻


 少し順序をズラせば。


⸻


 簡単に壊れる。


⸻


「——っ!」


⸻


 後ろから攻撃。


⸻


 反射で振り返る。


⸻


 その瞬間。


⸻


 相手の動きが止まる。


⸻


 いや。


⸻


 止めた。


⸻


 無意識に。


⸻


 “合わせた”。


⸻


 私の基準に。


⸻


「……ぁ」


⸻


 相手が膝をつく。


⸻


 呼吸が乱れている。


⸻


 立てない。


⸻


 壊したわけじゃない。


⸻


 ただ。


⸻


 世界との同期を、少しズラしただけ。


⸻


 それだけで。


⸻


 戦闘にならない。


⸻


 静かだった。


⸻


 訓練場が。


⸻


 誰も喋らない。


⸻


 教師すら。


⸻


「……終了」


⸻


 ようやく声が出る。


⸻


 その瞬間。


⸻


 ざわめきが爆発する。


⸻


「なんだ今の」


⸻


「魔法じゃないだろ……」


⸻


「いや、でも魔力反応は——」


⸻


 混乱。


⸻


 困惑。


⸻


 恐怖。


⸻


 全部混ざっている。


⸻


 その中で。


⸻


 一人だけ。


⸻


 何も言わないやつがいた。


⸻


 ユナ。


⸻


 ずっと。


⸻


 こっちを見ている。


⸻


 怖がるみたいに。


⸻


 でも。


⸻


 目を逸らせないみたいに。


⸻


「……ミナ」


⸻


 小さく。


⸻


 名前を呼ぶ。


⸻


 その声を聞いて。


⸻


 私は、少しだけ思う。


⸻


 ああ。


⸻


 たぶん。


⸻


 もう。


⸻


 前には戻れない。


⸻


 理解される側には。


⸻


 戻れない。


⸻


 でも。


⸻


 それでいい。


⸻


 今は。


⸻


 それで。

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