ズレていたのは、世界の方だ
静かだった。
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音が、ない。
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正確には。
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“合っていない”。
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全部が。
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少しずつ。
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噛み合っていない。
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それが。
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普通だった。
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今までは。
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「……やめるか」
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呟く。
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もう一度、自分を壊すのを。
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やめる。
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理由は、ない。
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ただ。
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さっきの感覚が、残っている。
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あの一瞬。
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“揃った”感覚。
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あれが。
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離れない。
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手を見る。
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震えは、止まっている。
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代わりに。
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違う感覚がある。
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静かで。
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深い。
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底の見えないもの。
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「……合わせない」
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言う。
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小さく。
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でも。
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はっきりと。
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今までと逆。
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世界に合わせない。
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自分を。
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曲げない。
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その瞬間。
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何かが、切り替わる。
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音が。
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戻る。
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いや。
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初めて、合う。
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足音。
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風。
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遠くの声。
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全部が。
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遅れない。
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先走らない。
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ただ。
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正しい位置にある。
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「……は」
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笑う。
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少しだけ。
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自然に。
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初めて。
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力を使う。
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意識して。
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でも。
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無理にじゃない。
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ただ。
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“そうするだけ”。
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指を、軽く動かす。
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それだけで。
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空間が、揃う。
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歪みが。
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消える。
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いや。
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“従う”。
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私に。
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「なるほど」
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理解する。
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一瞬で。
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今までの全部が、繋がる。
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ズレていたのは。
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失敗じゃない。
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暴走でもない。
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ただ。
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基準が違っただけ。
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世界と。
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私の。
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だから。
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合わせれば壊れる。
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当然だ。
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合ってないんだから。
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でも。
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合わせないなら。
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話は別だ。
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「……簡単じゃん」
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呟く。
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乾いた声で。
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今までの苦労が。
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少しだけ、馬鹿みたいに思える。
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外に出る。
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廊下。
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人がいる。
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変わらない景色。
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でも。
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違って見える。
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全部。
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“遅い”。
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いや。
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違う。
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“揃っている”。
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私に。
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誰かとぶつかりそうになる。
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反射的に。
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動く。
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軽く。
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それだけで。
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完全に避ける。
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無駄がない。
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迷いもない。
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最短。
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最適。
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「……え?」
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相手が驚く。
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当然だ。
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でも。
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どうでもいい。
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関係ない。
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訓練場。
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人がいる。
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戦っている。
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魔法が飛ぶ。
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ぶつかる。
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音が鳴る。
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全部。
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見える。
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正確に。
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ズレなく。
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「……なるほど」
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もう一度、言う。
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今度は。
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少しだけ納得して。
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足を踏み出す。
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一歩。
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それだけで。
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空気が変わる。
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近くにいた数人が、振り向く。
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理由は分からないはずだ。
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でも。
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分かる。
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“何かがおかしい”って。
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その中に。
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ユナがいる。
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目が合う。
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一瞬だけ。
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時間が止まる。
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いや。
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“揃う”。
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「……ミナ?」
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名前を呼ばれる。
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久しぶりに。
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その声で。
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少しだけ。
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懐かしいと思う。
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でも。
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それだけだ。
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「……」
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答えない。
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必要がないから。
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近づく。
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ゆっくり。
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逃げ場を与えない距離で。
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でも。
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圧はかけない。
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ただ。
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そこにいるだけ。
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「……大丈夫なの?」
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ユナが聞く。
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前と同じ言葉。
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でも。
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意味は違う。
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今は。
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少しだけ。
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怖がっている。
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その違いが、分かる。
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「大丈夫」
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答える。
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短く。
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でも。
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今度は、本当だ。
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嘘じゃない。
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そのまま。
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横を通り過ぎる。
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触れない。
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何も起きない。
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壊れない。
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当然だ。
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もう。
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ズレてないから。
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後ろで。
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小さく息を呑む音がする。
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気にしない。
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振り返らない。
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もう。
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必要ないから。
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私は。
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理解した。
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やっと。
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全部。
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繋がった。
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だから。
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もう。
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折れない。
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その代わり。
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もう。
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戻らない。




