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灰を抱く少女は、何度でも折れる  作者: ニィギンヤ
第1部

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触れなければよかった



 昼。


⸻


 訓練場の外れ。


⸻


 人の少ない場所。


⸻


 最初から、そこにいた。


⸻


 混ざれないから。


⸻


 混ざらない方がいいから。


⸻


 それが正しいと、分かっているから。


⸻


 でも。


⸻


「ミナー!」


⸻


 呼ばれる。


⸻


 振り返る前に分かる。


⸻


 ユナ。


⸻


 あの声。


⸻


 あの軽さ。


⸻


 あの、変わらない感じ。


⸻


「何してんの、こんなとこで」


⸻


 近づいてくる。


⸻


 ためらいなく。


⸻


 距離を詰めてくる。


⸻


「……見てるだけ」


⸻


「そんなんつまんなくない?」


⸻


 即答だった。


⸻


 迷いもなく。


⸻


「関わるなって言われてるだろ」


⸻


「言われてるねー」


⸻


「じゃあ来るなよ」


⸻


「でも来た」


⸻


 笑う。


⸻


 何も考えてないみたいに。


⸻


 でも。


⸻


 少しだけ。


⸻


 強引に明るくしてる感じがあった。


⸻


「……エリス、大丈夫なの」


⸻


 聞く。


⸻


 避けてた話。


⸻


 避けられなかった話。


⸻


 ユナの表情が、ほんの一瞬だけ止まる。


⸻


「……うん、生きてるよ」


⸻


 軽く言う。


⸻


 軽く。


⸻


 でも。


⸻


 その“軽さ”が、重かった。


⸻


「しばらくは動けないって」


⸻


 続ける。


⸻


 視線を逸らしたまま。


⸻


 それ以上は言わない。


⸻


 言えない。


⸻


 その沈黙が、全部だった。


⸻


「……そっか」


⸻


 それしか言えない。


⸻


 それ以上は、言えない。


⸻


「ねえミナ」


⸻


 ユナが言う。


⸻


 少しだけ、声を落として。


⸻


「ちょっとだけでいいからさ」


⸻


 間。


⸻


「試してみない?」


⸻


「……は?」


⸻


 意味が分からない。


⸻


「その力」


⸻


 指をさす。


⸻


 私の手。


⸻


「ちゃんと向き合った方がいいって」


⸻


 真面目な顔。


⸻


 珍しく。


⸻


 軽くない。


⸻


「制御できたらさ、絶対強いよ」


⸻


 言い切る。


⸻


 迷いなく。


⸻


「……無理だろ」


⸻


「無理かどうかはやってから決めよ?」


⸻


 近い。


⸻


 距離が。


⸻


 物理的に。


⸻


 あと一歩で触れる距離。


⸻


 ダメだ。


⸻


 それは。


⸻


 分かってる。


⸻


 触れたら。


⸻


 また。


⸻


 壊す。


⸻


 分かってるのに。


⸻


「……少しだけ」


⸻


 口が、勝手に動いた。


⸻


 止められなかった。


⸻


 関わりたかった。


⸻


 ほんの少しだけ。


⸻


 まだ。


⸻


 大丈夫かもしれないって。


⸻


 思ってしまった。


⸻


 それが。


⸻


 間違いだった。


⸻


「じゃあ来るよー」


⸻


 ユナが、軽く構える。


⸻


 攻撃じゃない。


⸻


 ただの水の流れ。


⸻


 弱い。


⸻


 明らかに。


⸻


 試すためだけの動き。


⸻


 それを見て。


⸻


 私は。


⸻


 集中する。


⸻


 初めて。


⸻


 ちゃんと。


⸻


 逃げじゃなくて。


⸻


 “使うために”。


⸻


 ズレを、意識する。


⸻


 来る。


⸻


 タイミングを読む。


⸻


 遅らせる。


⸻


 順番を、ずらす。


⸻


 できる。


⸻


 いける。


⸻


 そう思った瞬間。


⸻


 崩れた。


⸻


 全部。


⸻


 感覚が、裏返る。


⸻


 遅らせたはずのものが、先に来る。


⸻


 自分の動きが、後から来る。


⸻


 時間が、噛み合わない。


⸻


「ミナ——」


⸻


 ユナの声。


⸻


 その位置が、ズレる。


⸻


 近い。


⸻


 遠い。


⸻


 分からない。


⸻


 そして。


⸻


 手が触れる。


⸻


 ほんの一瞬。


⸻


 ユナの腕に。


⸻


 その瞬間。


⸻


 全部が引きずられる。


⸻


 時間も。


⸻


 位置も。


⸻


 順番も。


⸻


 無理やり。


⸻


 ねじ曲げられる。


⸻


「——っ!!」


⸻


 音が、二重になる。


⸻


 遅れて。


⸻


 先に。


⸻


 同時に。


⸻


 ユナの体が、弾かれる。


⸻


 本来ありえない角度で。


⸻


 本来ありえない速さで。


⸻


 地面に叩きつけられる。


⸻


「……え」


⸻


 理解が追いつかない。


⸻


 でも。


⸻


 分かる。


⸻


 やった。


⸻


 私が。


⸻


 また。


⸻


「ミナ……」


⸻


 声。


⸻


 かすれている。


⸻


 でも。


⸻


 生きてる。


⸻


 動いてる。


⸻


 よかった。


⸻


 そう思った瞬間。


⸻


 次の言葉が来る。


⸻


「……ごめん」


⸻


 ユナが言う。


⸻


 私に向かって。


⸻


「ちょっとだけ……今は……怖い」


⸻


 その一言で。


⸻


 全部、終わった。


⸻


 責めてない。


⸻


 怒ってない。


⸻


 でも。


⸻


 拒絶してる。


⸻


 はっきりと。


⸻


 優しく。


⸻


 確実に。


⸻


 距離を置いている。


⸻


「……あ」


⸻


 声が出る。


⸻


 でも。


⸻


 何も続かない。


⸻


 何も言えない。


⸻


 だって。


⸻


 正しいから。


⸻


 全部。


⸻


 正しい。


⸻


 私が悪い。


⸻


 私が壊した。


⸻


 私が触れた。


⸻


 だから。


⸻


 当然だ。


⸻


「……もう」


⸻


 口が動く。


⸻


 勝手に。


⸻


 でも。


⸻


 止めない。


⸻


 止められない。


⸻


 これが。


⸻


 一番、正しいから。


⸻


「……もう、関わらないで」


⸻


 言った。


⸻


 自分から。


⸻


 はっきりと。


⸻


 切るために。


⸻


 壊さないために。


⸻


 もう。


⸻


 これ以上。


⸻


 誰も。


⸻


 巻き込まないために。


⸻


 ユナが、何か言おうとする。


⸻


 でも。


⸻


 言わない。


⸻


 言えない。


⸻


 そのまま。


⸻


 視線を逸らす。


⸻


 それで。


⸻


 終わりだった。


⸻


 夜。


⸻


 一人。


⸻


 完全に。


⸻


 一人。


⸻


 もう誰も来ない。


⸻


 来させない。


⸻


 手を見る。


⸻


 震えが止まらない。


⸻


 でも。


⸻


 もう分かっている。


⸻


 これは。


⸻


 力じゃない。


⸻


 呪いだ。


⸻


 関われば壊す。


⸻


 触れれば終わる。


⸻


 そんなもの。


⸻


 いらない。


⸻


 いない方がいい。


⸻


 だから。


⸻


 私は。


⸻


 ここで。


⸻


 完全に折れた。


⸻


 戻らない形で。

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