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灰を抱く少女は、何度でも折れる  作者: ニィギンヤ
第3部

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世界が恐れるもの

 目が開く。


⸻


 それだけだった。


⸻


 たったそれだけ。


⸻


 なのに。


⸻


 世界が震えた。


⸻


 学院の空気が凍る。


⸻


 空が悲鳴を上げる。


⸻


 巨大な扉が軋む。


⸻


 白い世界そのものが揺れていた。


⸻


『停止』


⸻


 観測者たちが叫ぶ。


⸻


『停止』


⸻


『停止』


⸻


『停止』


⸻


 初めてだった。


⸻


 あの無機質な存在たちが。


⸻


 恐怖している。


⸻


 本気で。


⸻


 怯えている。


⸻


「……何だ」


⸻


 私が呟く。


⸻


 誰も答えない。


⸻


 いや。


⸻


 答えられない。


⸻


 そんな顔だった。


⸻


 エイルですら。


⸻


 黒髪の存在ですら。


⸻


 顔色を変えている。


⸻


 そして。


⸻


 巨大な扉の奥。


⸻


 白い光の中心。


⸻


 何かが立ち上がった。


⸻


 人の形。


⸻


 でも。


⸻


 人じゃない。


⸻


 老人にも見える。


⸻


 子供にも見える。


⸻


 男にも。


⸻


 女にも。


⸻


 見える。


⸻


 見るたびに姿が変わる。


⸻


 存在そのものが曖昧だった。


⸻


『観測不能』


⸻


 白い少女が震える。


⸻


『認識不能』


⸻


『記録不能』


⸻


 その存在が。


⸻


 ゆっくりこちらを見る。


⸻


 瞬間。


⸻


 学院全員の脳裏に。


⸻


 同じ感覚が走った。


⸻


 懐かしい。


⸻


 知らないのに。


⸻


 懐かしい。


⸻


 初めて見るのに。


⸻


 ずっと前から知っていた気がする。


⸻


『……また』


⸻


 声が響く。


⸻


 静かな声。


⸻


 優しい声。


⸻


 そして。


⸻


 どうしようもなく疲れた声。


⸻


『争っているのか』


⸻


 静寂。


⸻


 観測者たちが動けなくなる。


⸻


 巨大な扉ですら。


⸻


 沈黙する。


⸻


 その存在は。


⸻


 小さくため息をついた。


⸻


『何度繰り返す』


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 誰に向けた言葉なのか。


⸻


 分からない。


⸻


 でも。


⸻


 観測者たちは震えていた。


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『始まりも』


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『終わりも』


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『お前たちは忘れたのか』


⸻


 白い世界が揺れる。


⸻


 エイルが唇を噛む。


⸻


 苦しそうに。


⸻


 悲しそうに。


⸻


 その時。


⸻


 その存在の視線が。


⸻


 私で止まった。


⸻


 長い沈黙。


⸻


 そして。


⸻


 少しだけ笑った。


⸻


『大きくなったな』


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「……え?」


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 理解できない。


⸻


 だって。


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 初対面だ。


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 なのに。


⸻


 その声を聞いた瞬間。


⸻


 涙が出そうになった。


⸻


『ずっと』


⸻


 静かな声。


⸻


『頑張ったな』


⸻


 心臓が跳ねる。


⸻


 何だ。


⸻


 この感覚。


⸻


 その時。


⸻


 頭の奥。


⸻


 封じられていた最後の記憶が。


⸻


 ゆっくり開く。


⸻


 白い部屋。


⸻


 処分室。


⸻


 泣いているエイル。


⸻


 消される直前の私。


⸻


 そして。


⸻


 もう一人。


⸻


 そこにいた。


⸻


 誰よりも古い存在。


⸻


 優しく笑う存在。


⸻


『この子は失敗作じゃない』


⸻


 その声。


⸻


 今。


⸻


 目の前にいる存在と同じ。


⸻


『まだ可能性だ』


⸻


 観測者たちが反論する。


⸻


『危険です』


⸻


『世界を壊します』


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『定着しません』


⸻


 でも。


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 その存在は笑った。


⸻


『ならば見届けよう』


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『それが世界だ』


⸻


 記憶が終わる。


⸻


 私は息を呑む。


⸻


 そして。


⸻


 理解する。


⸻


 目の前の存在は。


⸻


 観測者ではない。


⸻


 管理者でもない。


⸻


 もっと前。


⸻


 もっと古い。


⸻


 世界が生まれる前からいた何か。


⸻


 その存在が。


⸻


 ゆっくり観測者たちを見る。


⸻


『答えを聞こう』


⸻


 静かな声。


⸻


『この子は間違いだったか』


⸻


 誰も答えない。


⸻


 観測者たちは沈黙する。


⸻


 エイルも。


⸻


 黒髪の存在も。


⸻


 私も。


⸻


 みんな黙っている。


⸻


 すると。


⸻


 ユナが前へ出た。


⸻


「いや」


⸻


 全員が振り向く。


⸻


 ユナは少し考えて。


⸻


 そして言った。


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「結構面倒だけど」


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 おい。


⸻


「いると楽しい」


⸻


 学院が静まる。


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 ルナが吹き出した。


⸻


「それでいいの?」


⸻


「いいだろ」


⸻


 ノアも小さく頷く。


⸻


「私もそう思う」


⸻


 監査官は頭を抱えた。


⸻


「評価基準が軽すぎる……」


⸻


 でも。


⸻


 その存在は。


⸻


 楽しそうに笑った。


⸻


 本当に。


⸻


 嬉しそうに。


⸻


『そうか』


⸻


 そして。


⸻


 観測者たちへ振り返る。


⸻


 笑顔のまま。


⸻


『聞こえただろう』


⸻


 その瞬間。


⸻


 白い世界全体が沈黙した。


⸻


 何かが。


⸻


 大きく変わろうとしていた。

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