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灰を抱く少女は、何度でも折れる  作者: ニィギンヤ
第3部

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逃げろ

『逃げろ』


⸻


 黒猫が言った。


⸻


 学院全体が静まる。


⸻


 誰も。


⸻


 聞き間違いだとは思わなかった。


⸻


 だって。


⸻


 今の声は。


⸻


 本気だったから。


⸻


「……お前が?」


⸻


 私は黒猫を見る。


⸻


「逃げろって?」


⸻


 黒猫は空を睨む。


⸻


 白い世界。


⸻


 無数の視線。


⸻


 無数の人影。


⸻


 そして。


⸻


 無数の敵。


⸻


『今すぐだ』


⸻


 低い声。


⸻


『あれはまだ観測段階だ』


⸻


『本格介入が始まれば終わる』


⸻


「何が」


⸻


『全部だ』


⸻


 即答だった。


⸻


 ユナですら笑わない。


⸻


 ルナも。


⸻


 ノアも。


⸻


 監査官も。


⸻


 全員が異変を理解していた。


⸻


 空が軋んでいる。


⸻


 世界そのものが悲鳴を上げている。


⸻


 そんな感覚。


⸻


 その時。


⸻


 白い少女が一歩前へ出た。


⸻


『七番』


⸻


 感情のない声。


⸻


『任務違反を確認』


⸻


 黒猫は鼻で笑う。


⸻


『今さらだ』


⸻


『処分権限を行使します』


⸻


 その瞬間。


⸻


 空から光が落ちた。


⸻


 速い。


⸻


 速すぎる。


⸻


 誰も反応できない。


⸻


 いや。


⸻


 一匹だけ。


⸻


 反応した。


⸻


 黒猫。


⸻


 小さな体が跳ぶ。


⸻


 光と衝突する。


⸻


 轟音。


⸻


 学院が揺れる。


⸻


 地面が砕ける。


⸻


 土煙。


⸻


 衝撃波。


⸻


 生徒たちが悲鳴を上げる。


⸻


「黒猫!」


⸻


 叫ぶ。


⸻


 煙の中。


⸻


 小さな影。


⸻


 立っている。


⸻


 でも。


⸻


 少し違う。


⸻


 輪郭が崩れている。


⸻


 黒猫の体が。


⸻


 光になっていた。


⸻


「……は?」


⸻


 意味が分からない。


⸻


 黒猫が振り返る。


⸻


 その目は。


⸻


 少しだけ困ったようだった。


⸻


『隠していたんだがな』


⸻


 学院が静まる。


⸻


 黒猫の体が崩れる。


⸻


 光へ。


⸻


 人の形へ。


⸻


 猫ではなくなる。


⸻


 長い黒髪。


⸻


 黒い外套。


⸻


 金色の瞳。


⸻


 青年とも。


⸻


 少女とも見える。


⸻


 不思議な姿。


⸻


 誰も声が出ない。


⸻


「……誰」


⸻


 ユナが呟く。


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 その存在は苦笑した。


⸻


『その質問は毎回される』


⸻


 そして。


⸻


 私を見る。


⸻


 長い時間。


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 ずっと見守ってきた目。


⸻


『久しぶりだな』


⸻


 私は固まる。


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 知らない。


⸻


 はずだ。


⸻


 でも。


⸻


 なぜか。


⸻


 懐かしかった。


⸻


『ミナ』


⸻


 その声。


⸻


 胸がざわつく。


⸻


 何かを思い出しそうになる。


⸻


 でも。


⸻


 思い出せない。


⸻


『思い出すな』


⸻


 即座に言われた。


⸻


「は?」


⸻


『今はまだだ』


⸻


 意味が分からない。


⸻


 今日は本当に意味が分からない。


⸻


 その時。


⸻


 白い少女が再び言う。


⸻


『識別完了』


⸻


 初めて。


⸻


 声に感情が混じった。


⸻


 驚き。


⸻


 いや。


⸻


 恐怖。


⸻


『第一観測者』


⸻


 学院が静まる。


⸻


 黒髪の存在がため息を吐く。


⸻


『その名前で呼ばれるのは嫌いなんだが』


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 少女は一歩下がる。


⸻


 本当に。


⸻


 初めて。


⸻


 怯えていた。


⸻


『あり得ない』


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『なぜ生存している』


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『記録では消滅済み』


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 黒髪の存在は笑う。


⸻


 少しだけ。


⸻


 皮肉っぽく。


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『消えたさ』


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 空を見上げる。


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『一度はな』


⸻


 その瞬間。


⸻


 白い世界の奥。


⸻


 無数の人影が動いた。


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 一斉に。


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 こちらへ向く。


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 ぞわり。


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 寒気。


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 学院中の誰もが感じた。


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 まずい。


⸻


 本当にまずい。


⸻


 黒髪の存在も。


⸻


 初めて顔をしかめた。


⸻


『……予定より早い』


⸻


 そして。


⸻


 私へ振り返る。


⸻


『ミナ』


⸻


 真剣な目。


⸻


『お前はまだ知らない』


⸻


 静かな声。


⸻


『自分が何なのかを』


⸻


 空が割れる。


⸻


 白い世界が広がる。


⸻


 そして。


⸻


 その向こうから。


⸻


 巨大な扉が姿を現した。


⸻


 世界よりも大きな。


⸻


 白い扉。


⸻


 誰も見たことがないほど。


⸻


 圧倒的な存在感。


⸻


 黒髪の存在が。


⸻


 珍しく顔色を変えた。


⸻


『……嘘だろ』


⸻


 その声には。


⸻


 はっきりとした焦りが混じっていた。

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