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灰を抱く少女は、何度でも折れる  作者: ニィギンヤ
第3部

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世界の誤差

 静寂。


⸻


 学院中が凍り付く。


⸻


『ミナは世界の誤差です』


⸻


 少女は繰り返した。


⸻


 感情のない声で。


⸻


 まるで。


⸻


 天気予報でも読むみたいに。


⸻


「……は?」


⸻


 私の口から出たのは。


⸻


 それだけだった。


⸻


 いや。


⸻


 普通そうなるだろ。


⸻


 突然来て。


⸻


 存在するなって言われて。


⸻


 誤差扱い。


⸻


 失礼にもほどがある。


⸻


「ミナはミナだろ」


⸻


 ユナが言う。


⸻


 珍しく真顔だった。


⸻


「誤差って何」


⸻


 少女は答える。


⸻


『規定外個体』


⸻


『想定外現象』


⸻


『存在確率ゼロ』


⸻


『本来発生しない生命』


⸻


 言葉が並ぶ。


⸻


 誰も理解できない。


⸻


 でも。


⸻


 一人だけ。


⸻


 顔色を変えた存在がいた。


⸻


 黒猫。


⸻


 今まで見たことがないほど。


⸻


 険しい顔。


⸻


 いや。


⸻


 猫だけど。


⸻


 雰囲気が険しい。


⸻


『黙れ』


⸻


 低い声。


⸻


 少女が初めて黒猫を見る。


⸻


『監視個体七番』


⸻


 学院全体が止まる。


⸻


「監視個体?」


⸻


 ルナが呟く。


⸻


 黒猫が舌打ちした。


⸻


 猫なのに。


⸻


 器用だな。


⸻


『余計なことを話すな』


⸻


『命令権限を失っています』


⸻


 少女が即答する。


⸻


『七番』


⸻


 黒猫の目が細くなる。


⸻


 嫌な空気。


⸻


 ものすごく嫌な空気。


⸻


 その時。


⸻


 ノアが私の服を掴んだ。


⸻


 震えている。


⸻


「……ミナ」


⸻


「大丈夫」


⸻


 反射で言う。


⸻


 根拠はない。


⸻


 でも。


⸻


 言うしかない。


⸻


 その瞬間。


⸻


 少女の視線がノアへ向く。


⸻


 そして。


⸻


 止まった。


⸻


 初めて。


⸻


 少女の無表情が崩れる。


⸻


『識別』


⸻


 小さな声。


⸻


『外界残存個体』


⸻


 ノアが怯える。


⸻


 少女は続ける。


⸻


『処分対象』


⸻


「却下」


⸻


 私は即答した。


⸻


 少女が私を見る。


⸻


「この前も似たような話した」


⸻


 一歩前へ出る。


⸻


「私の知り合いを勝手に処分するな」


⸻


 少女は黙る。


⸻


 理解できないらしい。


⸻


 たぶん。


⸻


 本当に。


⸻


 理解できない。


⸻


『世界の安定を優先します』


⸻


「知らん」


⸻


『必要な措置です』


⸻


「知らん」


⸻


『抵抗は無意味です』


⸻


「知らん」


⸻


 ユナが吹き出した。


⸻


「ミナの語彙死んだ」


⸻


 失礼だな。


⸻


 でも。


⸻


 話が通じない相手に。


⸻


 難しい言葉はいらない。


⸻


 その時。


⸻


 少女が少しだけ首を傾げた。


⸻


 不思議そうに。


⸻


 本当に不思議そうに。


⸻


『なぜ』


⸻


 静かな声。


⸻


『なぜ他者を守るのですか』


⸻


 私は止まる。


⸻


 その質問。


⸻


 どこかで聞いた。


⸻


 そうだ。


⸻


 あの怪物も。


⸻


 同じことを聞いた。


⸻


「守りたいから」


⸻


 少女が固まる。


⸻


『理由になっていません』


⸻


「なるだろ」


⸻


『合理性がありません』


⸻


「別に合理的じゃなくていい」


⸻


 少女が黙る。


⸻


 長い沈黙。


⸻


 そして。


⸻


 空が揺れた。


⸻


 白い世界。


⸻


 その奥。


⸻


 無数の人影。


⸻


 全員がこちらを見ている。


⸻


 いや。


⸻


 違う。


⸻


 全員。


⸻


 ミナを見ている。


⸻


 その光景に。


⸻


 初めて。


⸻


 少しだけ寒気がした。


⸻


 少女は空を見上げる。


⸻


 そして。


⸻


 静かに言った。


⸻


『観測結果を修正』


⸻


 学院全体が息を呑む。


⸻


『対象ミナ』


⸻


『危険度上昇』


⸻


『世界改変能力を確認』


⸻


「待て」


⸻


 嫌な予感しかしない。


⸻


『優先排除対象へ変更』


⸻


 その瞬間。


⸻


 空の向こう。


⸻


 白い世界が開いた。


⸻


 無数の光。


⸻


 無数の影。


⸻


 無数の視線。


⸻


 そして。


⸻


 学院全員が理解する。


⸻


 今までの敵とは違う。


⸻


 これは。


⸻


 世界そのものが敵になった戦いだと。


⸻


 黒猫が前へ出る。


⸻


 そして。


⸻


 初めて。


⸻


 ミナへ向かって言った。


⸻


『逃げろ』


⸻


 それは。


⸻


 今まで一度も聞いたことがない。


⸻


 焦った声だった。

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