世界は優しくない
平和だった。
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少なくとも。
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一週間前までは。
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ノアが入学して。
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ユナが騒いで。
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ルナが呆れて。
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黒猫が昼寝する。
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いつもの学院。
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いつもの日常。
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問題があるとすれば。
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「ミナー!」
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朝からうるさいこと。
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「見て見て!」
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「何」
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「パン三つ買ったら一つ潰れてた!」
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「知らん」
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悲しそうな顔をするな。
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私のせいじゃない。
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ルナがため息をつく。
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「朝から元気だね……」
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「褒め言葉ありがとう!」
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「違うと思う」
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ノアも少し笑っている。
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昔なら考えられなかった。
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あの子は。
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ちゃんと笑うようになった。
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それだけで。
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十分だった。
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そう思っていた。
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その日の昼までは。
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学院中央広場。
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突然。
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空が割れた。
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文字通り。
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割れた。
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青空に。
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巨大な亀裂。
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全員が立ち止まる。
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「え」
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ユナが言う。
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「でっか」
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感想が軽い。
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いや。
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私も同じこと思ったけど。
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亀裂は広がる。
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どんどん。
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どんどん。
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そして。
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空の向こうが見えた。
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黒ではない。
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外界ではない。
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白。
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どこまでも白い世界。
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その中に。
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無数の人影。
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立っていた。
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全員。
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こちらを見ている。
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学院が静まる。
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教師も。
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生徒も。
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監査官も。
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誰も動けない。
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その時。
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黒猫が立ち上がった。
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珍しく。
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毛が逆立っている。
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「……おい」
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私は黒猫を見る。
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「知ってるのか」
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黒猫は答えない。
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ただ。
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空を睨んでいる。
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そして。
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初めて。
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人間の言葉を話した。
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『最悪だ』
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学院全体が固まる。
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「喋った!?」
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ユナが叫ぶ。
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そっちか。
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いや私も驚いたけど。
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『来たか』
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黒猫は空を見る。
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『とうとう』
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白い世界。
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そこから。
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一人の少女が降りてくる。
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ゆっくり。
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羽のように。
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静かに。
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銀色の髪。
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白い服。
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表情のない顔。
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年齢は。
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私たちと同じくらい。
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少女は地面へ降り立つ。
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そして。
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学院全体を見渡した。
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まるで。
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物を確認するみたいに。
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感情のない目。
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その視線が。
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私で止まる。
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長い沈黙。
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そして。
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少女は言った。
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『発見』
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静かな声。
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『観測対象ミナ』
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空気が凍る。
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誰だ。
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こいつ。
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少女は続ける。
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『回収命令を執行します』
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「は?」
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意味が分からない。
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でも。
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次の言葉だけは。
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全員に伝わった。
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『あなたは本来、この世界に存在してはいけません』
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学院が静まり返る。
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ルナが息を呑む。
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ノアが青ざめる。
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ユナが前へ出る。
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「いやちょっと待て」
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珍しく真面目な顔だった。
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「それ、どういう意味?」
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少女は答える。
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感情もなく。
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迷いもなく。
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『ミナは』
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『世界の誤差です』
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その瞬間。
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黒猫が。
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初めて本気の殺気を放った。




