名前を思い出す
黒い世界が崩れていく。
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でも。
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今までとは違った。
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破壊じゃない。
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終わりじゃない。
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もっと穏やかな何か。
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長い夢から覚めるみたいな。
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そんな崩れ方だった。
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怪物は立っている。
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静かに。
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ただ静かに。
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そして。
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その姿が変わり始めていた。
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口だけだった顔。
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歪だった輪郭。
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黒く潰れた形。
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それが。
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少しずつ。
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ほどけていく。
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影たちが見守っている。
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誰も喋らない。
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誰も急かさない。
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怪物自身も。
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戸惑っているみたいだった。
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『……なにが』
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声が揺れる。
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『起きている』
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「たぶん」
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私は答える。
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「思い出してる」
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怪物がこちらを見る。
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私は肩をすくめた。
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「お前、自分のこと忘れてたんだろ」
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沈黙。
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でも。
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否定はない。
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その時。
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世界の奥。
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どこか遠くで。
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小さな光が灯った。
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ひとつ。
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またひとつ。
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またひとつ。
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影たちの中に。
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無数の光。
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まるで。
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星空みたいだった。
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『……あ』
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怪物が呟く。
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その声を聞いて。
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私は気付く。
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思い出している。
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本当に。
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少しずつ。
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忘れていたものを。
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その光の中に。
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映像が浮かぶ。
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昔。
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ずっと昔。
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まだ。
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怪物じゃなかった頃。
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小さな子供。
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笑っている。
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誰かと手を繋いでいる。
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走っている。
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転んでいる。
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泣いている。
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笑っている。
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普通だった。
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本当に。
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普通だった。
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『……ちがう』
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怪物の声。
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『私は』
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震えている。
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『こんな』
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言葉が続かない。
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でも。
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影たちは知っていた。
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誰も驚かない。
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だって。
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みんな同じだから。
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最初から怪物だったわけじゃない。
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誰だって。
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最初は。
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ただの誰かだった。
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その時。
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少女が怪物の服を引っ張る。
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小さな手で。
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『ねえ』
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怪物が見る。
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『名前は?』
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世界が静まる。
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怪物が固まる。
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名前。
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そんな簡単な質問。
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でも。
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答えられない。
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長い。
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本当に長い沈黙。
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そして。
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『……知らない』
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掠れた声。
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『忘れた』
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少女は少し考える。
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それから。
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『そっか』
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あっさり頷いた。
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怪物が戸惑う。
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『怒らないのか』
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『なんで?』
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少女が首を傾げる。
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『じゃあ今から探せばいいじゃん』
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私は吹き出しそうになる。
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ルナと似ている。
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時々。
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とんでもなく単純だ。
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でも。
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だから強い。
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怪物は何も言えない。
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ただ。
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少女を見ている。
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その時。
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黒い世界に。
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最後のヒビが入った。
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バリン。
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今度は。
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綺麗な音だった。
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崩壊ではない。
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解放。
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そんな音。
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光が広がる。
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無数の影たちを包む。
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怪物も。
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少女も。
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私も。
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全部。
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白い光の中へ沈んでいく。
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そして。
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消える直前。
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怪物が。
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初めて。
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私へ向かって言った。
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『……ミナ』
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名前を呼ばれる。
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初めてだった。
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こいつに。
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ちゃんと。
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『ありがとう』
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静かな声。
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その言葉と共に。
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世界は光に溶けた。




