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灰を抱く少女は、何度でも折れる  作者: ニィギンヤ
第2部

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名前を思い出す

 黒い世界が崩れていく。



 でも。



 今までとは違った。



 破壊じゃない。



 終わりじゃない。



 もっと穏やかな何か。



 長い夢から覚めるみたいな。



 そんな崩れ方だった。



 怪物は立っている。



 静かに。



 ただ静かに。



 そして。



 その姿が変わり始めていた。



 口だけだった顔。



 歪だった輪郭。



 黒く潰れた形。



 それが。



 少しずつ。



 ほどけていく。



 影たちが見守っている。



 誰も喋らない。



 誰も急かさない。



 怪物自身も。



 戸惑っているみたいだった。



『……なにが』



 声が揺れる。



『起きている』



「たぶん」



 私は答える。



「思い出してる」



 怪物がこちらを見る。



 私は肩をすくめた。



「お前、自分のこと忘れてたんだろ」



 沈黙。



 でも。



 否定はない。



 その時。



 世界の奥。



 どこか遠くで。



 小さな光が灯った。



 ひとつ。



 またひとつ。



 またひとつ。



 影たちの中に。



 無数の光。



 まるで。



 星空みたいだった。



『……あ』



 怪物が呟く。



 その声を聞いて。



 私は気付く。



 思い出している。



 本当に。



 少しずつ。



 忘れていたものを。



 その光の中に。



 映像が浮かぶ。



 昔。



 ずっと昔。



 まだ。



 怪物じゃなかった頃。



 小さな子供。



 笑っている。



 誰かと手を繋いでいる。



 走っている。



 転んでいる。



 泣いている。



 笑っている。



 普通だった。



 本当に。



 普通だった。



『……ちがう』



 怪物の声。



『私は』



 震えている。



『こんな』



 言葉が続かない。



 でも。



 影たちは知っていた。



 誰も驚かない。



 だって。



 みんな同じだから。



 最初から怪物だったわけじゃない。



 誰だって。



 最初は。



 ただの誰かだった。



 その時。



 少女が怪物の服を引っ張る。



 小さな手で。



『ねえ』



 怪物が見る。



『名前は?』



 世界が静まる。



 怪物が固まる。



 名前。



 そんな簡単な質問。



 でも。



 答えられない。



 長い。



 本当に長い沈黙。



 そして。



『……知らない』



 掠れた声。



『忘れた』



 少女は少し考える。



 それから。



『そっか』



 あっさり頷いた。



 怪物が戸惑う。



『怒らないのか』



『なんで?』



 少女が首を傾げる。



『じゃあ今から探せばいいじゃん』



 私は吹き出しそうになる。



 ルナと似ている。



 時々。



 とんでもなく単純だ。



 でも。



 だから強い。



 怪物は何も言えない。



 ただ。



 少女を見ている。



 その時。



 黒い世界に。



 最後のヒビが入った。



 バリン。



 今度は。



 綺麗な音だった。



 崩壊ではない。



 解放。



 そんな音。



 光が広がる。



 無数の影たちを包む。



 怪物も。



 少女も。



 私も。



 全部。



 白い光の中へ沈んでいく。



 そして。



 消える直前。



 怪物が。



 初めて。



 私へ向かって言った。



『……ミナ』



 名前を呼ばれる。



 初めてだった。



 こいつに。



 ちゃんと。



『ありがとう』



 静かな声。



 その言葉と共に。



 世界は光に溶けた。

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