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灰を抱く少女は、何度でも折れる  作者: ニィギンヤ
第2部

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ひとりだったもの

 黒い世界が崩れていく。


⸻


 音もなく。


⸻


 静かに。


⸻


 ゆっくりと。


⸻


 怪物は動かない。


⸻


 口だけの顔。


⸻


 歪な姿。


⸻


 でも。


⸻


 今だけは。


⸻


 ただの迷子に見えた。


⸻


『……わからない』


⸻


 もう一度。


⸻


 怪物が呟く。


⸻


『私は』


⸻


 影たちを見る。


⸻


『何をしていた』


⸻


 誰も答えない。


⸻


 答えられない。


⸻


 だって。


⸻


 その答えを持っているのは。


⸻


 怪物自身だから。


⸻


『守ろうとした』


⸻


 声。


⸻


 震えている。


⸻


『傷付かないように』


⸻


 黒い空間が揺れる。


⸻


『捨てられないように』


⸻


 影たちが静かに聞いている。


⸻


『なのに』


⸻


 怪物の声が掠れる。


⸻


『なぜ』


⸻


『こんなに苦しい』


⸻


 私は少し考える。


⸻


 難しい話じゃない。


⸻


 でも。


⸻


 本人には。


⸻


 一番難しい。


⸻


「それ」


⸻


 私は言う。


⸻


「守ってなかったからじゃないか」


⸻


 怪物がこちらを見る。


⸻


 初めて。


⸻


 怒りもなく。


⸻


 憎しみもなく。


⸻


 ただ。


⸻


 答えを探す目で。


⸻


「閉じ込めてただけだろ」


⸻


 静寂。


⸻


「怖いから」


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「傷付くから」


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「捨てられるから」


⸻


 一歩前へ出る。


⸻


「だから全部捨てた」


⸻


 怪物は何も言わない。


⸻


「でも」


⸻


 私は笑う。


⸻


「それって結局」


⸻


 少し肩をすくめる。


⸻


「自分も捨ててるじゃん」


⸻


 世界が止まる。


⸻


 怪物も。


⸻


 完全に止まった。


⸻


 たぶん。


⸻


 初めて聞いたんだろう。


⸻


 そんな言葉。


⸻


『……自分を』


⸻


 掠れた声。


⸻


「うん」


⸻


 頷く。


⸻


「だって」


⸻


 周囲を見る。


⸻


 誰も笑っていない。


⸻


 誰も責めていない。


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 影たちも。


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 ただ見ている。


⸻


「お前」


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 少しだけ笑った。


⸻


「自分のこと大嫌いだろ」


⸻


 怪物が息を止める。


⸻


 その瞬間。


⸻


 黒い世界へ。


⸻


 大きなヒビが入った。


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 バキッ。


⸻


 初めて音が鳴る。


⸻


 世界そのものが。


⸻


 耐えきれなくなったみたいに。


⸻


『……ああ』


⸻


 怪物が俯く。


⸻


『そうか』


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 長い。


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 本当に長い年月。


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 誰にも言えなかった言葉。


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 それが。


⸻


 ようやく出てきた。


⸻


『嫌いだった』


⸻


 静かな声。


⸻


『ずっと』


⸻


 ヒビが広がる。


⸻


『弱い自分が』


⸻


『期待する自分が』


⸻


『待っている自分が』


⸻


『苦しい自分が』


⸻


 世界が崩れる。


⸻


 影たちは逃げない。


⸻


 誰も逃げない。


⸻


 ただ。


⸻


 聞いている。


⸻


『だから』


⸻


 怪物が震える。


⸻


『消そうとした』


⸻


『全部』


⸻


 涙はない。


⸻


 でも。


⸻


 泣いているように見えた。


⸻


 その時。


⸻


 小さな影が近付く。


⸻


 あの少女だった。


⸻


 医務室にいた。


⸻


 名前のない子。


⸻


 影の姿で。


⸻


 怪物の前へ歩いていく。


⸻


『ねえ』


⸻


 小さな声。


⸻


『じゃあ』


⸻


 怪物が見る。


⸻


 少女を見る。


⸻


『いっしょじゃん』


⸻


 世界が静まる。


⸻


『わたしも』


⸻


『じぶん、きらいだった』


⸻


 怪物が言葉を失う。


⸻


『でも』


⸻


 少女が少し笑う。


⸻


『いまは、ちょっとだけ好き』


⸻


 私は思わず笑った。


⸻


 そう。


⸻


 その程度でいい。


⸻


 いきなり全部なんて無理だ。


⸻


 好きになれなくてもいい。


⸻


 許せなくてもいい。


⸻


 でも。


⸻


 少しだけ。


⸻


 前より嫌いじゃない。


⸻


 それだけで。


⸻


 十分だ。


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 怪物が。


⸻


 ゆっくり顔を上げる。


⸻


 口だけの顔。


⸻


 でも。


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 その輪郭が。


⸻


 少しずつ変わり始めていた。


⸻


 崩れるのではない。


⸻


 戻るように。


⸻


 忘れていた姿を。


⸻


 思い出すように。


⸻


 そして。


⸻


 怪物は初めて。


⸻


 小さく。


⸻


 本当に小さく笑った。


⸻


 誰かを傷付ける笑みじゃない。


⸻


 ただ。


⸻


 少しだけ救われた人の笑みだった。

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