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灰を抱く少女は、何度でも折れる  作者: ニィギンヤ
第1部

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優しいズレ

 静かだった。



 本当に。



 気味が悪いくらい。



 静か。



 学院上空。



 さっきまであったはずの巨大術式は。



 綺麗に消えていた。



 跡形もなく。



 まるで。



 最初から存在しなかったみたいに。



「……は?」



 誰かの声。



 たぶん。



 監査官。



 でも。



 それくらいしか聞こえない。



 全員。



 理解が追いついていなかった。



 当然だ。



 中央直属部隊の最上位術式。



 国一つ消せるレベルの魔法を。



 私は。



 “ズラした”。



 ただそれだけで。



 壊したわけじゃない。



 防いだわけでもない。



 少しだけ。



 世界から外した。



 それだけ。



「ミナ……」



 ユナの声。



 震えていた。



 怖がっている。



 でも。



 逃げていない。



 私は少し安心する。



 もし。



 ここでユナまで私を怪物を見る目で見たら。



 たぶん。



 結構傷ついてた。



「……大丈夫?」



 ユナが聞く。



 その言葉で。



 少しだけ笑いそうになる。



 普通。



 今の状況で心配するの。



 世界の方だろ。



「たぶん」



 そう答える。



 でも。



 本当は。



 少し危なかった。



 今。



 ほんの一瞬だけ。



 “向こう側”へ落ちかけた。



 分かる。



 裂け目の感覚が。



 やけに近かったから。



 その時。



 黒猫が。



 ぺしっ。



 前足で頬を叩いてきた。



「痛」



 地味に痛いな。



 黒猫はじっとこっちを見る。



 金色の目。



 まるで。



 “戻ってこい”と言うみたいに。



「……ありがと」



 自然に口から出る。



 黒猫が満足そうに目を細めた。



 なんなんだこいつ。



 その時。



 空の裂け目が揺れる。



 巨大な影。



 向こう側の存在。



 でも。



 最初ほど苦しそうじゃなかった。



『あたたかい』



 声が響く。



 優しい声だった。



『ここ』



 黒い世界の向こう。



 無数のズレた存在たちが。



 静かにこちらを見ている。



 誰も暴れていない。



 ただ。



 戸惑っている。



 たぶん。



 初めてなんだ。



 拒絶されなかったの。



「……帰れそう?」



 私は聞く。



 自分でも不思議だった。



 巨大な異形へ。



 普通に会話してる。



『わからない』



 影が揺れる。



『でも』



 一瞬。



 静かになる。



『もう、こわくない』



 その言葉で。



 胸が少し痛くなる。



 ああ。



 やっぱり。



 この存在たち。



 怪物じゃない。



 ただ。



 ずっと怖かっただけなんだ。



 世界に拒絶され続けて。



 居場所がなくて。



 だから壊れた。



 それだけ。



 その時。



 銀髪の監査官が前へ出る。



 武器は下がっていた。



 でも。



 顔はかなり複雑だった。



「……お前は」



 少し止まる。



「何なんだ」



 私を見る。



 怖がるみたいに。



 理解したいみたいに。



 私は少し考える。



 それから。



 小さく息を吐いた。



「分かりません」



 本当に。



 分からない。



 怪物なのか。



 人間なのか。



 外れてるのか。



 壊れてるのか。



 でも。



 一つだけ。



 前より分かることがある。



「でも」



 空を見る。



 裂け目。



 向こう側。



 居場所のないものたち。



「居場所がないのは、苦しいです」



 静かな声。



 誰も喋らない。



「だから」



 少しだけ笑う。



「出来れば、追い出さないであげたい」



 風が吹く。



 裂け目が揺れる。



 巨大な影が。



 静かに目を閉じる。



『やさしいな』



 その言葉が。



 なぜか。



 少しだけ悲しく聞こえた。



 次の瞬間。



 裂け目が縮み始める。



 ゆっくり。



 少しずつ。



 向こう側が遠ざかる。



 巨大な影も。



 無数のズレた存在たちも。



 黒い空間も。



 全部。



 ゆっくり閉じていく。



『またね』



 最後に。



 その声だけが残った。



 そして。



 裂け目は消えた。



 静寂。



 学院へ。



 普通の空が戻る。



 誰も。



 すぐには喋れなかった。



 私は。



 空を見上げたまま。



 少しだけ思う。



 ああ。



 もしかしたら。



 世界って。



 思ったより。



 少しだけ狭いのかもしれない。



 居場所のないものが。



 こんなに簡単に溢れるくらいには。

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