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灰を抱く少女は、何度でも折れる  作者: ニィギンヤ
第1部

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23/47

ここにいていい

 その言葉が。


⸻


 世界へ落ちた。


⸻


「ここにいていい」


⸻


 一瞬。


⸻


 本当に一瞬だけ。


⸻


 全部が止まる。


⸻


 空の裂け目。


⸻


 崩れかけた結界。


⸻


 展開されていた巨大魔法陣。


⸻


 悲鳴。


⸻


 風。


⸻


 全部。


⸻


 静止したみたいだった。


⸻


 巨大な“手”が止まる。


⸻


 空へ伸ばしたまま。


⸻


 まるで。


⸻


 信じられないものを聞いたみたいに。


⸻


『……いい?』


⸻


 頭へ響く声。


⸻


 掠れている。


⸻


 壊れそうなくらい弱い。


⸻


 私は頷く。


⸻


「うん」


⸻


 自然だった。


⸻


 もう。


⸻


 怖くなかった。


⸻


『わたし』


⸻


 巨大な影が揺れる。


⸻


『いても』


⸻


 裂け目の向こう。


⸻


 黒い世界が軋む。


⸻


 無数の“ズレたものたち”が。


⸻


 こちらを見ている。


⸻


 息を呑むみたいに。


⸻


 信じられないものを見るみたいに。


⸻


「ミナ!!離れろ!!」


⸻


 教師の叫び。


⸻


「外界と同期する気か!?」


⸻


 監査官たちも動く。


⸻


 巨大魔法陣が発光する。


⸻


 消滅術式。


⸻


 撃たれる。


⸻


 そう思った瞬間。


⸻


 黒猫が鳴いた。


⸻


「――ァ゛」


⸻


 初めて聞く声だった。


⸻


 猫の声じゃない。


⸻


 もっと古い。


⸻


 もっと深い何か。


⸻


 その瞬間。


⸻


 空間がズレる。


⸻


 術式が止まる。


⸻


 監査官たちが硬直する。


⸻


「なっ……!?」


⸻


 同期が外れている。


⸻


 私と同じ。


⸻


 いや。


⸻


 もっと上手く。


⸻


 もっと自然に。


⸻


 黒猫が。


⸻


 静かに前へ出る。


⸻


 そして。


⸻


 裂け目を見上げた。


⸻


 巨大な影も。


⸻


 黒猫を見る。


⸻


 長い沈黙。


⸻


 その後。


⸻


『……きみも』


⸻


 声が震える。


⸻


『おちたの?』


⸻


 黒猫は答えない。


⸻


 でも。


⸻


 ゆっくり座る。


⸻


 まるで。


⸻


 “もう大丈夫”と伝えるみたいに。


⸻


 その姿を見て。


⸻


 私は少しだけ理解する。


⸻


 ああ。


⸻


 この猫。


⸻


 元々。


⸻


 向こう側の存在なんだ。


⸻


 だから分かる。


⸻


 だから。


⸻


 ずっと寄り添っていた。


⸻


 ルナにも。


⸻


 私にも。


⸻


 居場所のないものへ。


⸻


 その時。


⸻


 巨大な影が。


⸻


 少しだけ崩れる。


⸻


 怖かった。


⸻


 でも。


⸻


 壊れる崩れ方じゃない。


⸻


 泣くみたいな。


⸻


 力が抜けるみたいな。


⸻


『……ああ』


⸻


 声。


⸻


『そっか』


⸻


 裂け目の向こうで。


⸻


 無数のズレた存在たちが。


⸻


 少しずつ静かになる。


⸻


 暴れていない。


⸻


 叫んでいない。


⸻


 ただ。


⸻


 見ている。


⸻


 まるで。


⸻


 初めて光を見たみたいに。


⸻


 その時。


⸻


 学院上空の術式が。


⸻


 再び起動する。


⸻


 監査官たちが強制復帰した。


⸻


「撃て!!」


⸻


 銀髪の監査官が叫ぶ。


⸻


 苦しそうな顔で。


⸻


 それでも。


⸻


 命令を優先して。


⸻


 巨大術式が降ってくる。


⸻


 世界ごと焼き切る光。


⸻


 ユナが悲鳴を上げる。


⸻


 ルナが震える。


⸻


 教師たちも止められない。


⸻


 でも。


⸻


 私は。


⸻


 前へ出た。


⸻


 自然に。


⸻


 何も考えず。


⸻


「ミナ!!」


⸻


 叫び。


⸻


 光。


⸻


 崩壊。


⸻


 全部が迫る。


⸻


 その瞬間。


⸻


 私は初めて。


⸻


 “自分の力”を理解した。


⸻


 合わせる必要なんて。


⸻


 最初から。


⸻


 なかった。


⸻


 世界が合わないなら。


⸻


 世界の方を。


⸻


 少しだけ優しくすればいい。


⸻


 私は手を伸ばす。


⸻


 巨大術式へ。


⸻


 そして。


⸻


 静かに。


⸻


 “ズラした”。


⸻


 瞬間。


⸻


 世界が鳴る。


⸻


 巨大術式が。


⸻


 砕けた。


⸻


 音もなく。


⸻


 綺麗に。


⸻


 まるで。


⸻


 最初から。


⸻


 存在しなかったみたいに。


⸻


 静寂。


⸻


 誰も動けない。


⸻


 監査官も。


⸻


 教師も。


⸻


 ユナも。


⸻


 ルナも。


⸻


 全部。


⸻


 止まっている。


⸻


 私は。


⸻


 自分の手を見る。


⸻


 少しだけ。


⸻


 震えていた。


⸻


 怖かった。


⸻


 でも。


⸻


 それ以上に。


⸻


 少しだけ。


⸻


 嬉しかった。


⸻


 初めて。


⸻


 この力を。


⸻


 “誰かを守るため”に使えたから。


⸻


 その時。


⸻


 裂け目の向こうから。


⸻


 小さな声が響く。


⸻


『……ありがとう』


⸻


 巨大な影が。


⸻


 少しだけ笑った気がした。

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