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灰を抱く少女は、何度でも折れる  作者: ニィギンヤ
第1部

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20/47

優しい世界は、少し怖い

 ルナは。


⸻


 少しずつ喋るようになった。


⸻


 本当に少しずつ。


⸻


 最初は。


⸻


「……うん」


⸻


「やだ」


⸻


「こわい」


⸻


 それだけ。


⸻


 単語みたいな会話。


⸻


 でも。


⸻


 日が経つたび。


⸻


 少しずつ増えていった。


⸻


「それ、なに」


⸻


「……おいしい」


⸻


「ユナ、うるさい」


⸻


「ちょっと!?なんでルナまで!?」


⸻


 医務室が。


⸻


 最近やたら騒がしい。


⸻


 たぶん。


⸻


 大体ユナのせい。


⸻


「でもさー!」


⸻


 今日もうるさい。


⸻


「ルナが喋るようになったの、かなり進歩じゃない!?」


⸻


「声量を下げろ」


⸻


「ミナ最近ちょっと冷たいよね?」


⸻


「元から」


⸻


「それはそう」


⸻


 即答するな。


⸻


 ルナが小さく笑う。


⸻


 最近。


⸻


 よく笑うようになった。


⸻


 まだぎこちないけど。


⸻


 ちゃんと。


⸻


 感情が見える笑い方。


⸻


 その変化を見るたび。


⸻


 胸の奥が少しだけ温かくなる。


⸻


 でも。


⸻


 同時に。


⸻


 少し怖かった。


⸻


 優しい時間は。


⸻


 壊れる前触れみたいだから。


⸻


 私は知っている。


⸻


 こういう時ほど。


⸻


 世界は簡単に壊れる。


⸻


「ミナ?」


⸻


 ユナの声。


⸻


「また難しい顔してる」


⸻


「してない」


⸻


「してる」


⸻


 ルナまで頷く。


⸻


 なんなんだ。


⸻


 最近この二人。


⸻


 妙に連携がいい。


⸻


 その時。


⸻


 コンコン。


⸻


 扉が鳴る。


⸻


 珍しい。


⸻


 ユナじゃない。


⸻


「入れ」


⸻


 扉が開く。


⸻


 教師だった。


⸻


 表情が硬い。


⸻


 嫌な予感。


⸻


「……中央から正式通知が来た」


⸻


 空気が止まる。


⸻


 ルナの肩が震える。


⸻


「安心しろ」


⸻


 教師が続ける。


⸻


「今回は回収命令じゃない」


⸻


 少しだけ。


⸻


 空気が緩む。


⸻


 でも。


⸻


 教師の顔は晴れない。


⸻


「代わりに、“観察対象”へ変更された」


⸻


「観察……」


⸻


 ユナが嫌そうな顔をする。


⸻


「結局監視じゃん」


⸻


「そうだ」


⸻


 教師も否定しない。


⸻


「中央はお前たちを危険視している」


⸻


 お前たち。


⸻


 つまり。


⸻


 私も。


⸻


 ルナも。


⸻


 黒猫も。


⸻


 全部まとめて。


⸻


 異物。


⸻


 教師がこっちを見る。


⸻


「特にミナ」


⸻


 予想通り。


⸻


「お前の能力は、既存理論と噛み合わない」


⸻


「またその話」


⸻


「重要だ」


⸻


 教師が静かに言う。


⸻


「お前は“同期を外せる”」


⸻


 医務室が静かになる。


⸻


「それはつまり」


⸻


 少し間を置いて。


⸻


「世界そのものを壊しかねない能力だ」


⸻


 ユナが息を呑む。


⸻


 ルナが不安そうにこっちを見る。


⸻


 でも。


⸻


 私は。


⸻


 そこまで驚かなかった。


⸻


 なんとなく。


⸻


 分かっていたから。


⸻


 私の力は。


⸻


 普通じゃない。


⸻


 “合わせる”んじゃなく。


⸻


 “ズラす”。


⸻


 だから。


⸻


 噛み合ってる世界を。


⸻


 簡単に壊せる。


⸻


「怖いですか」


⸻


 自然に聞いていた。


⸻


 教師は止まる。


⸻


 少し考えて。


⸻


「……正直、怖い」


⸻


 ちゃんと言った。


⸻


 誤魔化さずに。


⸻


 だから。


⸻


 少しだけ安心する。


⸻


「でも」


⸻


 教師が続ける。


⸻


「今のお前は、昔より人間らしい」


⸻


 一瞬。


⸻


 意味が分からなかった。


⸻


「褒めてるんですか」


⸻


「たぶんな」


⸻


 曖昧だな。


⸻


 でも。


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 悪い気はしなかった。


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 その時。


⸻


 ルナが。


⸻


 そっと服を掴む。


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 小さい手。


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 震えている。


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「ミナ」


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「ん」


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「……こわれない?」


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 静かな声。


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 怖がっている。


⸻


 この時間を。


⸻


 この場所を。


⸻


 また失うことを。


⸻


 私は少しだけ考える。


⸻


 それから。


⸻


 ルナの頭を軽く撫でた。


⸻


「壊れても」


⸻


 自然に言葉が出る。


⸻


「また作ればいい」


⸻


 ユナが目を丸くする。


⸻


 教師も少し驚いていた。


⸻


 でも。


⸻


 私は本気だった。


⸻


 世界に居場所がないなら。


⸻


 作ればいい。


⸻


 合わないなら。


⸻


 無理に合わせなくていい。


⸻


 そのための力なら。


⸻


 少しくらい。


⸻


 嫌いじゃないかもしれない。


⸻


 その瞬間。


⸻


 黒猫が。


⸻


 急に窓の外を見る。


⸻


 金色の目が細くなる。


⸻


 空。


⸻


 遠く。


⸻


 また。


⸻


 黒いヒビ。


⸻


 今度は。


⸻


 前より大きい。


⸻


 そして。


⸻


 その向こう側で。


⸻


 “何か”が。


⸻


 こっちを見ていた。

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