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灰を抱く少女は、何度でも折れる  作者: ニィギンヤ
第1部

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名前をくれる人

 その場は、一旦止まった。



 中央直属部隊も。



 教師たちも。



 監査官も。



 誰も。



 すぐには動けなかった。



 理解できなかったから。



 “危険存在”が。



 誰かの言葉一つで落ち着くなんて。



 今までの理論が。



 全部。



 崩れる。



「……一時撤収する」



 先頭の男が言う。



 低い声。



 でも。



 さっきより少しだけ人間っぽかった。



「中央への再報告が必要だ」



 部隊が後退する。



 規律正しく。



 乱れなく。



 それでも。



 最初より。



 ほんの少しだけ。



 足取りが迷っていた。



 転移光。



 黒い装甲たちが消える。



 静寂。



 長い沈黙。



 そして。



「……はぁぁぁぁぁぁ……」



 ユナが崩れ落ちる。



「寿命縮んだ……」



「元気そうでよかった」



「どこが!?」



 うるさい。



 でも。



 少し安心する。



 銀髪の監査官が壁にもたれる。



 珍しく。



 かなり疲れた顔だった。



「お前、本当に規格外だな……」



「褒めてます?」



「半分は」



 半分は何だ。



 聞かないけど。



 私は少女を見る。



 まだ少し震えている。



 でも。



 さっきよりはマシだった。



 黒猫が隣にいるからかもしれない。



 ずっと寄り添っている。



「……ねえ」



 ユナが言う。



「今のうちに名前決めよ」



 空気が少し止まる。



 少女がこっちを見る。



 不安そうに。



 でも。



 少し期待するみたいに。



「名前」



 小さく繰り返す。



 まだ。



 自分のものとして馴染んでいない声。



「うん」



 ユナが笑う。



「番号じゃなくてさ」



「ちゃんと、“あなた”になるやつ」



 少女の目が揺れる。



 その言葉は。



 たぶん。



 この子にとって。



 想像以上に重い。



 私は少し考える。



 名前。



 人間なら。



 当たり前に持ってるもの。



 でも。



 この子は。



 一度も貰えなかった。



 誰にも。



 存在を認めてもらえなかったから。



「……ルナ」



 ぽつりとユナが言う。



「やっぱこれ、似合うと思う」



「安直」



「でもかわいいじゃん!」



 少女が小さく呟く。



「……るな」



 自分で口にする。



 確かめるみたいに。



「ルナ」



 もう一度。



 今度は少しだけ。



 音が柔らかい。



 ユナが嬉しそうに笑う。



「ほら!絶対似合う!」



「……嫌じゃ、ない」



 その瞬間。



 空気が変わる。



 ほんの少しだけ。



 でも確かに。



 “誰でもなかった子”が。



 “ルナ”になった。



 私は。



 なぜか少しだけ安心する。



 名前って。



 たぶん。



 居場所そのものなんだ。



 誰かに呼ばれることで。



 ここにいていいって。



 証明されるもの。



「よろしくね、ルナ!」



 ユナが手を差し出す。



 ルナが止まる。



 怖がっている。



 でも。



 逃げない。



 ゆっくり。



 本当にゆっくり。



 その手に触れる。



 小さく。



 震えながら。



「……よろしく」



 掠れた声。



 でも。



 ちゃんと。



 “人間の声”だった。



 その時。



 黒猫が突然。



 私の膝へ飛び乗る。



「うわっ」



 重いな。



 こいつ。



 黒猫は。



 じっとこっちを見る。



 金色の目。



 それから。



 当然みたいに鳴く。



「にゃ」



「……お前も名前欲しいの?」



 聞いた瞬間。



 黒猫がドヤ顔みたいな顔をした。



 腹立つな。



 ユナが吹き出す。



「絶対欲しいって顔してる!」



「猫の顔でそこまで分かる?」



「分かる!」



 ルナが。



 小さく笑った。



 本当に。



 少しだけ。



 でも。



 今までで一番自然に。



 その笑顔を見て。



 私は思う。



 ああ。



 もしかしたら。



 これが。



 “居場所”なんだ。



 完璧じゃなくても。



 壊れていても。



 名前を呼んでくれる誰かがいる。



 それだけで。



 人は。



 ちゃんと存在できるんだ。



 その時。



 窓の外。



 遠くの空に。



 また小さく。



 黒いヒビが走った。



 誰にも気づかれないくらい。



 静かに。



 まるで。



 次の“居場所のないもの”が。



 迷い込もうとしているみたいに。

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