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灰を抱く少女は、何度でも折れる  作者: ニィギンヤ
第1部

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17/47

世界にとっての異物

 回収命令。


⸻


 その言葉が。


⸻


 医務室に残り続けていた。


⸻


 少女は震えている。


⸻


 黒猫は低く唸っている。


⸻


 ユナは露骨に怒っている。


⸻


 そして。


⸻


 銀髪の監査官だけが。


⸻


 静かだった。


⸻


「……本気ですか」


⸻


 私が聞く。


⸻


「この子を戻したら、また壊れる」


⸻


「理解している」


⸻


 即答。


⸻


 でも。


⸻


 声は少しだけ重い。


⸻


「なら」


⸻


「命令だ」


⸻


 切るみたいに言う。


⸻


 感情を挟まないように。


⸻


 そうしないと。


⸻


 揺らぐから。


⸻


 たぶん。


⸻


 この人も。


⸻


 分かっている。


⸻


 間違っているって。


⸻


「最低」


⸻


 ユナが吐き捨てる。


⸻


 監査官は反応しない。


⸻


 怒鳴り返さない。


⸻


 否定もしない。


⸻


 その態度が。


⸻


 逆に苦しかった。


⸻


「……ミナ」


⸻


 少女の声。


⸻


 細い。


⸻


 壊れそうな声。


⸻


「わたし、また」


⸻


 言葉が続かない。


⸻


 でも。


⸻


 分かる。


⸻


 また閉じ込められる。


⸻


 また番号で呼ばれる。


⸻


 また。


⸻


 人間じゃなくなる。


⸻


 そう思ってる。


⸻


 私は少女の前にしゃがむ。


⸻


 目線を合わせる。


⸻


「大丈夫」


⸻


 またその言葉だった。


⸻


 でも。


⸻


 今度は。


⸻


 ただ慰めるためじゃない。


⸻


「今度は、ちゃんと止める」


⸻


 少女の目が揺れる。


⸻


 信じたい。


⸻


 でも。


⸻


 信じるのが怖い。


⸻


 そんな目。


⸻


 昔の私と同じだった。


⸻


 その時。


⸻


 警報が鳴る。


⸻


 学院中に響く。


⸻


 全員が止まる。


⸻


 監査官が通信端末を見る。


⸻


 顔色が変わる。


⸻


「……最悪だ」


⸻


 初めてだった。


⸻


 この人が。


⸻


 感情を露骨に出したの。


⸻


「中央直属部隊が到着する」


⸻


 空気が凍る。


⸻


「早すぎるだろ……」


⸻


 教師が呟く。


⸻


 つまり。


⸻


 最初から。


⸻


 話し合う気なんてない。


⸻


 力ずくで回収するつもりだった。


⸻


 窓の外。


⸻


 空に光が走る。


⸻


 転移陣。


⸻


 巨大。


⸻


 学院全体を覆うくらい。


⸻


「うわ……趣味悪……」


⸻


 ユナが引いている。


⸻


 同感だった。


⸻


 空から。


⸻


 黒い装甲の人間たちが降りてくる。


⸻


 統一された動き。


⸻


 無駄がない。


⸻


 強い。


⸻


 たぶん。


⸻


 今まで見た誰より。


⸻


「対象保護を優先」


⸻


「抵抗勢力は制圧」


⸻


 機械みたいな声。


⸻


 学院中がざわつく。


⸻


 生徒たちが怯える。


⸻


 教師たちも警戒している。


⸻


 でも。


⸻


 私は。


⸻


 少しだけ違和感を覚える。


⸻


 “ズレてない”。


⸻


 こいつら。


⸻


 綺麗すぎる。


⸻


 同期しすぎている。


⸻


 まるで。


⸻


 全員。


⸻


 一つの部品みたいに。


⸻


「……気持ち悪い」


⸻


 自然に口から出る。


⸻


 監査官がこっちを見る。


⸻


「分かるのか」


⸻


「はい」


⸻


 あれは。


⸻


 世界に合わせすぎた人間だ。


⸻


 自分を削って。


⸻


 噛み合わせて。


⸻


 壊れない代わりに。


⸻


 空っぽになった。


⸻


 たぶん。


⸻


 昔の研究の“成功作”。


⸻


 だから。


⸻


 こんなに綺麗なんだ。


⸻


 異常なくらい。


⸻


「対象確認」


⸻


 部隊の一人が前に出る。


⸻


 目だけが冷たい。


⸻


「実験体No.47を回収する」


⸻


 番号。


⸻


 その呼び方だけで。


⸻


 少女の顔から血の気が引く。


⸻


 呼吸が乱れる。


⸻


 空間が揺れる。


⸻


 ズレ始める。


⸻


 私は。


⸻


 一歩前に出る。


⸻


「その子には名前があります」


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 部隊が止まる。


⸻


 視線が集まる。


⸻


 でも。


⸻


 私はまだ。


⸻


 名前を聞いていない。


⸻


 それでも。


⸻


 番号じゃない。


⸻


 それだけは。


⸻


 はっきり分かる。


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「対象は危険存在だ」


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「違う」


⸻


 静かに返す。


⸻


「居場所がなかっただけです」


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 一瞬。


⸻


 沈黙。


⸻


 それから。


⸻


 部隊の一人が。


⸻


 少しだけ首を傾げる。


⸻


 理解できないものを見る動き。


⸻


 ああ。


⸻


 やっぱり。


⸻


 この人たち。


⸻


 もう。


⸻


 “分からなく”なってる。


⸻


 人間のこと。


⸻


「排除対象追加」


⸻


 その言葉で。


⸻


 空気が変わる。


⸻


 殺気。


⸻


 学院全体が軋む。


⸻


 ユナが息を呑む。


⸻


 教師たちが構える。


⸻


 黒猫の毛が逆立つ。


⸻


 そして。


⸻


 私は。


⸻


 初めて。


⸻


 少しだけ笑った。


⸻


 怖くない。


⸻


 今は。


⸻


 一人じゃないから。

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