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灰を抱く少女は、何度でも折れる  作者: ニィギンヤ
第1部

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名前のない子

 少女は、あまり喋らなかった。


⸻


 というより。


⸻


 喋れなかった。


⸻


 言葉を忘れているみたいだった。


⸻


 人を見るたびに怯える。


⸻


 扉の音で震える。


⸻


 白衣を見ると、呼吸が乱れる。


⸻


 たぶん。


⸻


 全部。


⸻


 刷り込まれている。


⸻


 痛みと一緒に。


⸻


「……」


⸻


 私は医務室に通っていた。


⸻


 理由はよく分からない。


⸻


 でも。


⸻


 放っておけなかった。


⸻


 放っておくと。


⸻


 昔の自分を見ているみたいで。


⸻


 少し。


⸻


 苦しかった。


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「ミナって意外と面倒見いいよね」


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 ユナが言う。


⸻


 窓際。


⸻


 果物を勝手に食べている。


⸻


「それ私の」


⸻


「細かいこと気にするとハゲるよ」


⸻


「お前が言うと妙に腹立つな」


⸻


 少女が。


⸻


 少しだけこっちを見る。


⸻


 会話を聞いている。


⸻


 でも。


⸻


 まだ混ざれない。


⸻


 どう入ればいいか。


⸻


 分からない顔をしている。


⸻


「名前、どうする?」


⸻


 ユナが急に言う。


⸻


「番号じゃ不便じゃん」


⸻


 少女の肩が揺れる。


⸻


 番号。


⸻


 その単語だけで。


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 体が強張る。


⸻


「……やめろ」


⸻


 少し強めに言う。


⸻


 ユナが止まる。


⸻


「あ、ごめん」


⸻


 悪気はない。


⸻


 分かってる。


⸻


 でも。


⸻


 少女は俯いたままだった。


⸻


 沈黙。


⸻


 重い。


⸻


 その時。


⸻


 黒猫が。


⸻


 少女の膝へ飛び乗る。


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「にゃ」


⸻


 短く鳴く。


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 少女が固まる。


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 それから。


⸻


 恐る恐る。


⸻


 黒猫へ触れる。


⸻


 ぎこちない。


⸻


 でも。


⸻


 優しい触り方だった。


⸻


「……あったかい」


⸻


 初めて。


⸻


 少しだけ。


⸻


 柔らかい声だった。


⸻


 ユナが笑う。


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「でしょー?」


⸻


「お前の猫じゃないだろ」


⸻


「もう私たちの猫ってことでよくない?」


⸻


 勝手だな。


⸻


 でも。


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 否定する気にもならなかった。


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 少女が。


⸻


 小さく口を開く。


⸻


「……名前」


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 私とユナが見る。


⸻


「ほしい」


⸻


 その言葉だけで。


⸻


 胸が少し詰まる。


⸻


 ああ。


⸻


 この子。


⸻


 今まで。


⸻


 一度も。


⸻


 “誰か”として扱われなかったんだ。


⸻


「じゃあ考えよう!」


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 ユナが急に張り切る。


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「ルナとか!どう!?かわいくない!?」


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「軽い」


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「えぇ……」


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「もっとちゃんと考えろ」


⸻


「ミナに言われたくない」


⸻


 失礼だな。


⸻


 でも。


⸻


 少女が少しだけ笑った。


⸻


 本当に。


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 一瞬だけ。


⸻


 壊れそうなくらい小さく。


⸻


 でも。


⸻


 確かに。


⸻


 笑った。


⸻


 その瞬間。


⸻


 医務室の空気が。


⸻


 少しだけ変わる。


⸻


 柔らかくなる。


⸻


 たぶん。


⸻


 初めて。


⸻


 この部屋が。


⸻


 “監禁場所”じゃなくなった。


⸻


 その時。


⸻


 扉が開く。


⸻


 監査官。


⸻


 銀髪の女。


⸻


 表情が硬い。


⸻


 嫌な予感。


⸻


「中央から正式通達が来た」


⸻


 空気が冷える。


⸻


 少女が震える。


⸻


 すぐ分かる。


⸻


 過去を思い出している。


⸻


「対象の回収命令だ」


⸻


 やっぱり。


⸻


 ユナが立ち上がる。


⸻


「は!?ちょっと待ってよ!」


⸻


「決定事項だ」


⸻


 女の声は冷たい。


⸻


 でも。


⸻


 少しだけ。


⸻


 苦しそうだった。


⸻


「明日、移送される」


⸻


 少女の顔色が消える。


⸻


 完全に。


⸻


 呼吸が浅くなる。


⸻


 黒猫が唸る。


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 空気が揺れる。


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 ズレ始める。


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 また。


⸻


 壊れかけている。


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「……やだ」


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 少女が震える声で言う。


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「やだ……っ」


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 小さい。


⸻


 でも。


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 はっきりした拒絶。


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 私は。


⸻


 立ち上がる。


⸻


 自然に。


⸻


「行かせません」


⸻


 銀髪の女が目を細める。


⸻


「ミナ」


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「また壊す気ですか」


⸻


 静かに言う。


⸻


「世界に合わせるために」


⸻


 沈黙。


⸻


 長い。


⸻


 女は答えない。


⸻


 でも。


⸻


 その沈黙だけで。


⸻


 十分だった。


⸻


 私は少女を見る。


⸻


 怯えている。


⸻


 でも。


⸻


 少しだけ。


⸻


 こっちを見ている。


⸻


 縋るみたいに。


⸻


 信じたいみたいに。


⸻


 だから。


⸻


 私は。


⸻


 初めて。


⸻


 ちゃんと決める。


⸻


 守ろう、と。


⸻


 自分と同じものを。

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