世界に合わせるために
少女は、眠っていた。
⸻
学院の医務室。
⸻
白いベッド。
⸻
白い天井。
⸻
その中で。
⸻
少女だけが。
⸻
妙に壊れて見えた。
⸻
細い腕。
⸻
傷跡。
⸻
首元に刻まれた番号。
⸻
名前じゃない。
⸻
数字。
⸻
人間じゃなくて。
⸻
“管理物”みたいに。
⸻
「……」
⸻
私は椅子に座っている。
⸻
隣。
⸻
いつの間にか。
⸻
ずっと。
⸻
黒猫もいた。
⸻
ベッドの上。
⸻
少女の足元で丸くなっている。
⸻
たぶん。
⸻
こいつも分かるんだろう。
⸻
同じだから。
⸻
扉が開く。
⸻
監査官。
⸻
銀髪の女。
⸻
いつもの無表情。
⸻
でも。
⸻
今日は少しだけ疲れて見えた。
⸻
「話がある」
⸻
短い。
⸻
「聞きます」
⸻
立たない。
⸻
向こうも気にしない。
⸻
「……あの存在について、中央は回収を要求している」
⸻
予想通り。
⸻
「処分じゃなくて?」
⸻
「現時点では“保留”」
⸻
つまり。
⸻
状況次第。
⸻
価値がなければ。
⸻
終わる。
⸻
「実験体、ですか」
⸻
銀髪の女が黙る。
⸻
否定しない。
⸻
それだけで十分だった。
⸻
「お前はどこまで見た」
⸻
「記憶を少し」
⸻
研究室。
⸻
鎖。
⸻
廃棄対象。
⸻
思い出すだけで。
⸻
少し気分が悪い。
⸻
「……やっぱりか」
⸻
女が小さく息を吐く。
⸻
知っていた顔だった。
⸻
「知ってたんですね」
⸻
「一部は」
⸻
窓の方を見る。
⸻
その横顔が。
⸻
少しだけ。
⸻
嫌そうだった。
⸻
「中央は昔から、“適応できない能力者”を研究していた」
⸻
淡々と。
⸻
でも。
⸻
声は少し硬い。
⸻
「世界との同期に異常を起こした者。魔力構造が既存理論と噛み合わない者」
⸻
そこで。
⸻
一瞬だけ。
⸻
こっちを見る。
⸻
「……お前みたいな存在だ」
⸻
静かだった。
⸻
でも。
⸻
不思議と嫌じゃなかった。
⸻
否定じゃなかったから。
⸻
「適応できなかった者は、暴走する」
⸻
「だから矯正した」
⸻
「世界に合わせるために」
⸻
私は。
⸻
少し笑う。
⸻
乾いた笑い。
⸻
「それで壊したんだ」
⸻
女は答えない。
⸻
でも。
⸻
沈黙が答えだった。
⸻
「成功例は?」
⸻
「ない」
⸻
即答。
⸻
「全員崩壊した」
⸻
やっぱり。
⸻
そんな気がしていた。
⸻
世界に合わせ続ければ。
⸻
いずれ。
⸻
自分が消える。
⸻
私は。
⸻
それを知っている。
⸻
誰より。
⸻
「……じゃあなんで続けたんですか」
⸻
その質問だけ。
⸻
少し感情が混じった。
⸻
女が目を閉じる。
⸻
「恐れていたからだ」
⸻
短い。
⸻
「理解できないものを」
⸻
前にも聞いた言葉だった。
⸻
でも。
⸻
今は少し違って聞こえる。
⸻
これは。
⸻
言い訳じゃない。
⸻
後悔だ。
⸻
その時。
⸻
ベッドが軋む。
⸻
少女。
⸻
目が開いている。
⸻
薄い。
⸻
壊れそうな目。
⸻
でも。
⸻
ちゃんとこっちを見ている。
⸻
瞬間。
⸻
監査官が警戒する。
⸻
でも。
⸻
少女は暴れない。
⸻
ただ。
⸻
怯えている。
⸻
人間に。
⸻
世界に。
⸻
全部に。
⸻
「……ここ」
⸻
掠れた声。
⸻
「どこ」
⸻
「学院」
⸻
私が答える。
⸻
「もう鎖はないよ」
⸻
少女の肩が震える。
⸻
信じていない。
⸻
当然だ。
⸻
そんな簡単に。
⸻
信じられるわけがない。
⸻
「名前は」
⸻
聞く。
⸻
少女が止まる。
⸻
長い沈黙。
⸻
それから。
⸻
「……ない」
⸻
小さく言う。
⸻
「番号しか、ない」
⸻
胸が少し痛む。
⸻
隣で。
⸻
黒猫が起き上がる。
⸻
ゆっくり。
⸻
少女の方へ近づく。
⸻
少女が怯える。
⸻
でも。
⸻
黒猫は。
⸻
そのまま少女の膝に頭を乗せた。
⸻
静かに。
⸻
当然みたいに。
⸻
「……ぁ」
⸻
少女の目が揺れる。
⸻
泣きそうに。
⸻
壊れそうに。
⸻
でも。
⸻
少しだけ。
⸻
温度を思い出したみたいに。
⸻
私はその光景を見ながら。
⸻
ふと思う。
⸻
もしかしたら。
⸻
この世界で。
⸻
一番最初に。
⸻
“居場所”を見つけたのは。
⸻
私じゃなくて。
⸻
この子たちなのかもしれない。




