怪物は、増える
黒猫は、ついてきた。
⸻
当然みたいに。
⸻
気づけば。
⸻
寮の前。
⸻
気づけば。
⸻
部屋の中。
⸻
気づけば。
⸻
ベッドの上。
⸻
「……なんで」
⸻
問いかける。
⸻
返事はない。
⸻
黒猫は丸くなったまま。
⸻
しっぽだけ揺らしている。
⸻
図々しい。
⸻
でも。
⸻
追い出す気にもならなかった。
⸻
「ミナーー!!」
⸻
翌朝。
⸻
扉が勢いよく開く。
⸻
ユナ。
⸻
ノックくらいしろ。
⸻
「聞いた!?あの黒いやつ猫になったって!」
⸻
「うるさい」
⸻
「え、いる!!」
⸻
黒猫を見つける。
⸻
目が輝く。
⸻
「かわい——」
⸻
シャーッ!!
⸻
「痛っ!?なんで!?」
⸻
引っかかれていた。
⸻
早いな。
⸻
ユナが涙目になる。
⸻
「ミナこいつ絶対性格悪いって!」
⸻
「似たんじゃない」
⸻
「否定してよ!!」
⸻
騒がしい。
⸻
でも。
⸻
少しだけ。
⸻
懐かしい。
⸻
その時。
⸻
黒猫が突然、顔を上げる。
⸻
耳が動く。
⸻
空気が変わる。
⸻
「……?」
⸻
私も気づく。
⸻
ズレ。
⸻
遠く。
⸻
学院の外。
⸻
微かに。
⸻
でも確実に。
⸻
“同じ感覚”。
⸻
黒猫が立ち上がる。
⸻
低く唸る。
⸻
毛が逆立っている。
⸻
「なに?」
⸻
ユナはまだ気づいていない。
⸻
でも。
⸻
次の瞬間。
⸻
警報が鳴る。
⸻
学院中に響く。
⸻
重い音。
⸻
「全生徒、直ちに避難——」
⸻
放送。
⸻
途中でノイズが走る。
⸻
嫌な感覚。
⸻
ズレている。
⸻
空間が。
⸻
学院そのものが。
⸻
「……増えてる」
⸻
自然に言葉が漏れる。
⸻
黒猫が私を見る。
⸻
まるで。
⸻
“分かるだろ”って顔で。
⸻
外へ出る。
⸻
廊下が騒然としている。
⸻
生徒たちが走る。
⸻
教師が叫ぶ。
⸻
監査官たちが展開している。
⸻
そして。
⸻
空が。
⸻
歪んでいた。
⸻
「は……?」
⸻
誰かが呆然と呟く。
⸻
空間が裂けている。
⸻
黒いヒビ。
⸻
そこから。
⸻
“落ちてくる”。
⸻
獣。
⸻
人型。
⸻
輪郭の崩れた何か。
⸻
全部。
⸻
ズレている。
⸻
世界に。
⸻
「なんだよあれ……!」
⸻
上級生が魔法を放つ。
⸻
でも。
⸻
当たらない。
⸻
ズレる。
⸻
噛み合わない。
⸻
前と同じ。
⸻
いや。
⸻
もっと酷い。
⸻
「ミナ!!」
⸻
教師がこっちを見る。
⸻
その顔で分かる。
⸻
頼ろうとしている。
⸻
つい昨日まで。
⸻
危険物扱いしていたくせに。
⸻
少しだけ。
⸻
笑いそうになる。
⸻
でも。
⸻
責める気にはならなかった。
⸻
怖いんだろう。
⸻
みんな。
⸻
分からないから。
⸻
私は空を見る。
⸻
ヒビ。
⸻
そこから落ちる“ズレ”。
⸻
そして。
⸻
気づく。
⸻
「……違う」
⸻
小さく呟く。
⸻
これは。
⸻
侵略じゃない。
⸻
もっと。
⸻
嫌なものだ。
⸻
“排出”。
⸻
世界が。
⸻
弾き出している。
⸻
合わないものを。
⸻
失敗したものを。
⸻
異物を。
⸻
だから。
⸻
こいつらは。
⸻
壊れている。
⸻
居場所がなくて。
⸻
存在が安定しなくて。
⸻
だから。
⸻
暴れるしかない。
⸻
「ミナ!」
⸻
ユナの声。
⸻
「どうすればいいの!?」
⸻
その瞬間。
⸻
全員がこっちを見る。
⸻
教師。
⸻
監査官。
⸻
生徒。
⸻
みんな。
⸻
“怪物”を見る目で。
⸻
でも。
⸻
今は。
⸻
少し違う。
⸻
恐怖だけじゃない。
⸻
期待。
⸻
理解。
⸻
縋るみたいな目。
⸻
私は。
⸻
少しだけ考える。
⸻
そして。
⸻
黒猫を見る。
⸻
黒猫は静かに座っている。
⸻
まるで。
⸻
最初から知っていたみたいに。
⸻
「……たぶん」
⸻
息を吐く。
⸻
「壊すんじゃダメなんだと思う」
⸻
沈黙。
⸻
「え?」
⸻
ユナが聞き返す。
⸻
「合わせる」
⸻
空を見る。
⸻
裂けた世界を。
⸻
「居場所を作る」
⸻
自分でも。
⸻
少し不思議だった。
⸻
こんなことを言うなんて。
⸻
少し前の私は。
⸻
自分の居場所すら分からなかったのに。
⸻
その時。
⸻
空の裂け目が。
⸻
さらに大きく開いた。
⸻
黒い何かが。
⸻
ゆっくり降りてくる。
⸻
今までより。
⸻
圧倒的に巨大。
⸻
空気が震える。
⸻
生徒たちが後ずさる。
⸻
教師すら。
⸻
顔色が変わる。
⸻
でも。
⸻
私は。
⸻
なぜか。
⸻
少しだけ思った。
⸻
ああ。
⸻
たぶん。
⸻
あれ。
⸻
泣いてる。




